第11話


「……あれェ~こんなところで逢引きか?」


 なんだか薄気味悪いというか、嫌悪感を抱く喋り方で近づいてくる男たち。三人の薄汚れたおじさんは、さっと顔を隠した皇子を見て鼻で笑う。


「随分小奇麗な兄ちゃんだな。姉ちゃんもえらく着飾って」

 私の頬へ手を伸ばした男に顔を顰めて避けようとする。すると男の動きがピタリと止まった。



「おいおい、おめえ……人間か?」

 そう言われて、咄嗟に答えられなかった。きっと否定すべきだったのに。


「おもしれぇ。俺、人間の女に興味あったんだよな」

 ニヤリと笑う男に鳥肌が立つ。そして動きを再開した指先が、あと数センチで肌に触れる──



「──悪いが、これは私のものだ」


 ひやりと冷たい声が男が触れるのを阻止した。


「兄ちゃん、あんたこの人間は王宮から許可されてんのかい?」

 そう問われて皇子は黙り込む。下手なことを言えば皇子の正体がバレてしまう。


「この男は関係ないわ」

「おい、サラ」


 はやく、大騒ぎになる前に皇子をここから逃がさなくては。王宮のことなんて私にはわからないけれど、きっと皇子が人間を連れて出歩いているのはマズい。そう私の勘が言っていた。



「ダメだよ、ノア」

 そっと彼に囁く。

「私なら平気だから」

 安心させるように「私、走るの速いんだから」と言えば、皇子は私の腕を掴んで自分の背に隠した。



「馬鹿を言うな」

 少しだけ、怒っているのが背中から伝わってくる。鋭く放った言葉に男たちが表情を変えた。


「おい、お前みたいな坊ちゃんが俺たちに勝てるとでも思ってんのか」


“坊ちゃん”ねえ……。思わず噴き出しそうになるのを堪えて、皇子の背中からちらりと様子を窺った。



「──もう一度言うぞ」

 低い、その声色は皇子と出会ってから初めて聞いたもの。いつだって優しい声で私に語りかけてくれていたのだから。



「この娘は、私のものだ。手を出すのであれば命はないと思え」


 きっぱりと言い切ったと同時に、深く被っていたマントのフードを取り払う。



「──私はノア。この国の皇子だ」


 皇子の顔を見れば、みるみるうちに男たちの顔が青ざめていく。それはもう、面白いほどに。


「私の愛する姫君を、薄汚い手で触らせはしない」

 そう言って私の肩を抱き寄せた皇子。



「ノア様……っ、ですが“それ”は──」

 彼らの言う“それ”は、私が人間であることを言いたいのだろう。何も言い返すことのできない私はぐっと押し黙る。けれど皇子は顔色一つ変えずに、ただ私の髪を撫でた。


「ああ……、人間だからどうした?今までも、人間の女性を寵姫として迎え入れた皇帝は何人もいる。正室にするわけではないのだから、問題はないだろう」


 そう堂々と言い放った皇子になんだか胸がもやっとしたけれど、彼が私を守ろうとしてくれていることだけは分かっている。



「し、失礼しました……っ」

 皇子の言葉に深々と頭を下げて私たちの視界から消えていった男たち。



「……もう、平気だな」

 ふっと一つ息を吐いてふわりと微笑んだ皇子は、先ほどの圧迫感なんてもう微塵も感じさせなかった。

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