第12話


「──ですから、あれほど!」

「すまない、すまない」

 謝罪の言葉を述べながらも飄々としている皇子。隣で歩くエヴァンは、それはもう鬼のような顔をしている。


「それが悪いと思っている方のお顔ですか!」

「これは生まれつきのものでな」

「ノア様!」

 顔を真っ赤にしてそう声を荒げる彼は相当お怒りらしい。


 その理由は私にも分かっている。皇子が先ほど民に私のことを“自分のものだ”と告げたからだ。


「だから、別に問題はないはずだろう」

 うんざりしたように皇子はため息をつく。エヴァンはとても皇子に信頼されているらしい。こんな風に言い合えるのはエヴァンくらいなんじゃないだろうか。


 それは昨日から会ってきた従者たちの誰もが、皇子に肯定の言葉以外発さなかったのを見て思った。



「……もう、お好きになさいませ。私には手に負えませぬ」

 唇を噛みしめて、怒りを通り越し呆れを見せるエヴァン。マントを翻して皇子に背を向けた。


「……ああ、お前に言われずとも」

 皇子も拗ねたようにふいと顔を背けた。まるで叱られた子どものように。



 カツカツと靴底を鳴らして去っていくエヴァン。このままではいけないと思って、彼の後を追った。


 正直に言うと、とても怖いけれど。


「おい、サラ──」

 皇子の声を背に受けて、申し訳ないと思いつつエヴァンに駆け寄る。


「あの……っ」

 私が追いかけてきたのが意外だったのか、ピタリと足を止め、怪訝そうな顔をして振り返った彼。


「……」

 冷ややかな瞳に見下ろされて、無言の圧力に負けそうになるけれど。やっと発した声は少し震えていたかもしれない。


「わ、私を庇ってくれたの、皇子は……。だからそんなに怒らないであげて……」


 くいっとエヴァンの服の裾を引っ張ってそう弁解する。きっと彼なら訳を話せば分かってくれる。多分、その怒りは丸ごと私に投げられるのだろうけど。


「……そんなことは、分かっている」


「離せ」と言われるかもしれないと思った。それくらいの罵倒は覚悟していた。

 けれど、彼から落ちてきた言葉は冷たいけれどどこか柔らかくて、泳いでいた目をじっと彼に向ける。



「──あなたは、皇子がとっても好きなんだね」


 ぽろっと出た言葉に、自分でも驚いた。エヴァンも同じように目を丸くしている。


 慌てて手で口を押えれば、目の前の男の指が私の前髪を掠めた。

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