第13話


「──お前は、不思議な人間だな」

 私の目を見下ろしたその視線はさっきと変わっていないのに、もう冷たくなんて感じなかった。


「人間が、嫌いですか……」

 私の問いかけに微かに頷く。


「厄介だ。面倒でひどく扱いづらい」

 特に、人間の女はな。と付け足したエヴァンは意地悪く笑った──様な気がした。



「……だが、ノア様がお前を可愛がる理由が、少しだけ分かる気がする」


 先ほど私の前髪を払いのけた指先が、今度は頬をするりと撫でる。


 ……あれ、私この人に嫌われているんじゃなかったの?


「腹は立つが、ノア様があんなに楽しそうに笑うのを久しぶりに見た。お前が原因だろう」


 ああ、本当に。この人は皇子のことが大好きなんだ。ただ、心配だから。だから怒っただけで、本当は誰よりも皇子に幸せでいてほしいんだ。笑っていてほしいんだね。



「エヴァンさん、私とお友だちになってください」


 もう、怖くない。私の言葉に呆気にとられて、調子に乗るなと頭を小突かれても。


「……エヴァン、でいい」

 それだけを言い残して、今度こそ、去っていく後姿。ちらりと見えた耳が真っ赤になっていたのに私は思わず笑みがこぼれた。






「──まったく」

 宮殿の白く丈夫そうな柱に背を預けて、事の成り行きを見守っていたノア。


 二人が何を話していたのかまでは聞き取れなかったが、ノアは危機感など少しも感じることはなかった。

 エヴァンがサラに向ける表情が思ったよりも柔らかかったことと、話が終わって踵を返した際に見えた顔がひどく真っ赤になっていたことが何よりの証拠。一触即発だった空気なんてどこへやら、あの堅物な従者の懐をいとも簡単に開いてしまった。



「──サラ」

「なあに?皇子」

 自分のもとへと戻ってきたサラをじっと見つめる。


 先ほどエヴァンが触れた前髪に、同じように触れた。それはもう、無意識だった。


「あれは、いただけないな」

 頭に疑問符を浮かべるサラ。ノアは怒っているわけではないが、黙っておくのは我慢ならないようだ。



「服の裾を引っ張り、上目遣い……男を操るのが上手いな、お前は」


 皮肉交じりにそう言えば、少し考えて

「え、そういうつもりじゃ……」

 慌てて言い訳をする。そんな彼女がどうにも可笑しくて、その肩を抱き寄せるとふわりと抱きしめた。


 くっくっと喉を鳴らして笑うノアに、サラは彼の腕の中から抗議の声をあげたのだった。

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