第28話

 ──ノアは自室で大きなため息をついていた。それは先程、従者の一人からの報告が原因である。


「とうとう、見つかってしまったか……」

 自虐的に笑うノア。自分が命じたにも関わらず、どうしてこうも絶望を感じるのか。それは聡明なアトレア国の皇子にも分からないことであった。


 従者に内密に探らせていた要件。それは己が拾った一人の少女を元いた世界へ帰すためのものだった。

「……サラ」

 少女の名前を呼んだ声は掠れる。思い浮かべたのは愛らしい笑顔。



 彼女に呼ばれるのが好きだった。頼られると嬉しかった。


 忙しくて構ってやれないと、寂しそうにするのが可愛かった。


 誰より信頼しているはずのエヴァンでも、彼女に触れるのは許せなかった。



 彼女がこの国を知って、好きになってくれることはこれ以上にない喜びだったはずなのに──いつの間にか、彼女を閉じ込めてしまいたいような欲望に駆られたりもして。


 抱きしめたときの柔らかさが心地よかった。彼女のそばで眠ると安心できた。




 ──温かな感情は、今まで生きてきて感じたことのないものだ。





「ノア様」

 近くでエヴァンの声がしてらしくもなく驚いた。いつも他人の気配には敏感だというのに。


「どうした」

 何食わぬ顔で返せば、エヴァンは全て見透かしたようにノアを見つめる。



「サラ様を、送り出すのですか」


 わかりきったことを聞く臣下にノアは怪訝な顔をした。


「あいつにはあいつの世界がある。いつまでもここに縛り付けておく理由はあるまい」


 ペラペラと舌が動く。ノアは平常心を保つのに精一杯だった。



「──お気持ちは、伝えずに?」

 ああ、この男には全てお見通しなのだ。ノアは諦めたようにため息をつく。


「……ああ、サラに重荷を背負わせるわけにはいかないよ」

 ひどく優しいこの国の皇子が、その愛情をたった一人の人間へと向けていること。


「あの子は罪悪感を抱くだろうからな」

 彼女のためになら、言葉通りなんだってしてしまいそうなこと。



 今まで決して皇子としての理想像を崩すことなく公務をこなしてきた。誰よりも近しい臣下には手に取るように分かる。そんなノアが人間の少女に見せる顔が、一体どんな意味を持っているのか。その瞳に浮かぶのが、どんな感情なのか。


 エヴァンは複雑な表情でノアを見つめている。

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