第39話


「──ノア様ッ」


 サラが目を閉じて体の力が抜けた瞬間、扉を壊す勢いで入ってきたエヴァン。その後ろからは続々と従者が入室し、サラが与えきれなかった血を次々と飲ませていく。


 みるみるうちに落ち着いていく男たちに、それを見て安堵した女性たち。エヴァンも、後から追いついたエリンも険しかった表情を緩めたのだった。



「……もう、大丈夫ですね」

 エヴァンがそう告げると、先程サラの言葉に涙をこぼした男性がゆっくりと声をあげた。



「ノア様……っ、申し訳ありま……」


 再び涙を浮かべて、頭を地面につけ土下座の姿勢をとった。他の男たちも、ノアが溺愛するサラを傷つけてしまったという罪悪感に駆られた表情を浮かべ、同じように膝を床につける。



「……顔をあげなさい」


 静かに、しかしよく通る声で告げたノア。その言葉に、男性たちは困惑したように互いを見つめた。



「……お前たちは、嫌がるサラから無理やり血を吸ったのか?」

 そう問いかけたノアに「まさか!」と否定する民。


「では、お前たちは喜んでサラの提案を受け入れたか?」

 そう尋ねれば、言葉に詰まって男たちはゆっくりと首を横に振った。


「……それでも、私たちがサラ様を傷つけてしまったことに変わりはありません」


 彼の瞳に映るのは、ノアの腕に抱かれたサラの力なく垂れた手の平。血が滲み、傷だらけだった。

 そんな彼女の手を取って、ノアは優しい眼差しで男たちを見つめる。


「──サラの我儘を聞いてくれたのだろう?礼を言う」

 彼らがサラの提案をたやすく飲まなかったこと、それでも彼女が意見を押し通したこと。全てノアには分かっていた。


「サラが決めたことだろう?こう見えて頑固な娘だからな。私がその場にいたとしても、止められなかっただろう」

 そう苦笑したノア。



「だから私はいつもこの娘が心配でたまらないのだよ」


 愛おしそうに眠る少女の頬を撫でるこの国の皇子は、そのままサラを抱き上げる。


「しばらくは安静にさせるからな。心配であれば城に見舞いにでも来るといい」


 ノアの腕の中にいる小さな少女。彼女を心配そうに見つめる瞳は、エリンやエヴァン、城の従者たちだけではなかった。サラが血を分け与えた男性たちやこの施設で働く女性たち。そして診療所の外ではこの騒ぎを聞きつけてやって来ていた街の住人たちが。まるで自分のことのように涙を浮かべ、悲痛な表情でサラの身を案じている。


 それを察したノアは安心させるように、誰に告げるわけでもなく、しかし呟くにしては大きな声でそう言ったのだった。



「……それに、サラはもうすぐ自分の国へ帰る。もう会えなくなってしまうからね」



 すやすやと眠るサラを見つめるノアの瞳は、その場にいた誰が見てもが分かるほどに憂いを帯びていた。

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