第41話


 私は皇子の腕の中で、一つの決心をした。



「皇子……あなたが前に私の望みを叶えてくれるって言ったの、覚えてる?」


 迷いがないと言ったら嘘になる。だけどこの提案は、決して思いつきなんかじゃない。気の迷いでもない。


「ああ。お前の望みは何でも叶えてやりたいよ」


 どこかでそうなればいいと思っていた。自分を誤魔化してここまできたけれど、私にとって何が幸せなのか。それを知ってしまったから。



「じゃあ……私が、この国に残りたいって言ったら──どうする?」



 私の言葉に、肩を掴み引き剥がす皇子。その瞳は驚きで見開かれている。


「なんだと……?」

「私がここで、あなたと生きたいって願ったら……叶えてくれる?」

 一瞬、固まった皇子。それから目を泳がせて、唇を噛んで、眉を寄せた。困ったような、苛立ったような、どうしようもなく切ないような表情。


「……それは」

 皇子の目を見つめれば、その瞳には私の顔が映っている。それはここに来た時のような怯えたような表情じゃなくて、強かなものだった。



 なんと言葉を紡ぐのがいいのか、悩んでいる様子だった皇子が、やがてゆっくりと首を横に振る。


「……っ、お前は、自分が何を言っているのか分かっているのか?お前は自分の国を捨てて、この国で……ヴァンパイアの帝国で、生きていくんだぞ?」


「わかって──」

「何もわかっていない!」


 ……どこかで、喜んでくれると思っていた。


 だけど返ってきたのは荒げた声。びくりと肩が震えた。


「お前は人間だ。ここには戦もある。お前のいた何不自由ない平和な世の中とはまるで違うんだ」

 いつもの冷静な皇子じゃない。一気にまくし立てた後、大きく息を吸って──。


「……お前は、ここにいるべき者ではない」


 一番、言われたくない言葉を告げた。


 ……分かってる。皇子の本音はここにはないことは。苦しそうに告げるその一言は、彼が苦渋の決断をして吐き出したもの。


「お前は、帰るんだ。自分が居るべき場所へ」

 だって──。



「そして、幸せに……っ」


 その綺麗な紺碧の瞳から、涙が一粒──零れ落ちたのだ。


 誰よりも私の幸せを願ってくれるあなただから。苦難の道を歩かせたくはないと思っているのでしょう?



 いつも冷静な人が涙まで流すのに、決して引き止めようとはしないあなたの想いを──踏みにじることなんて、私にはできなかった。


 私だって半端な思いでここに残ることを決心したわけじゃない。それでも、皇子には敵わない。いつだってそうだ。



 だからせめて──「いつも笑顔でいてくれ」という彼の願いを、私は叶えよう。元いた場所で。私のいるべき場所で。 



 ちゃんと、さよならをしよう。


 元の世界へ戻ればきっと忘れられる。すぐに笑顔になれるから。

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