第42話
「──ノア様」
目を覚ましたサラがエリンに連れられて、湯浴みへと向かった後。うな垂れるように額に手を当てて、目を閉じる男の姿があった。そしてその男の従者は全てを見透かしたいつかのように声をかける。
「──私は、サラ様に残って欲しいと思っています」
「エヴァン……?」
長く骨張った指の間からのぞいた目は、揺れている。
「あの診療所をきっかけに、アトレアは活気付いています。その理由をノア様は知っておられますよね」
毎日サラの身を案じて代わる代わる国民が様子を尋ねにやってくる。サラが目覚めたと知れば、歓喜に沸くだろう。
「──サラ様が、笑っておられるからです」
彼女の笑顔は伝染していく。老若男女問わず、いつしか大きな笑い声となってアトレアを包む。
「サラ様が傷ついた民のために治療していることは、今やアトレア国民全員が知っていることです」
「そしてサラ様のために……たった一人の人間の少女の手によって、アトレアは変わりつつあります」
優しい民たちだと自負している。それでも、どこか覇気がなく、弱々しいと指摘されたら否定はできない。
しかしサラに血を貰った者たちがノアを見て謝罪したとき、彼らの強い瞳を見た。気弱だった国民は、いつからか守りたいもののために強い意志を見せた。好ましくなかったはずの人間のために、涙を流した。
「私は、サラ様が望まれるのであれば、アトレアに残って欲しいと思います」
「そしてそれはきっと、アトレア国民全員の願いでもあります」
……分かっているよ、と頷くノア。
煮え切らないその態度に、少しばかり苛立ったエヴァンはある一つの爆弾を落とした。
「……お慕いしている女性の望みは叶えてやりたいものだと、あなたが教えてくださったのではありませんか、皇子」
頭を抱えていたノアは、そこで初めて顔をあげて真正面からエヴァンを見た。
「お前……っ」
「……冗談ですよ」
してやったり、と口角を上げるエヴァン。しかしノアは眉間に皺を寄せたまま。
「……冗談、だと?真面目なお前が冗談など言ったことがあったか?」
そんなノアの言葉にエヴァンから答えが返ってくることはなかった。
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