第49話


「ノア様、サラ様」

 城を出る少し手前で、エヴァンに呼び止められた。振り返ると彼の腕の中には例の子犬。名前ぐらい、つけてあげたらよかったね。


「……帰ろう、一緒に」

 初めて来たときのように、小さな体を抱きしめた。

「サラ様…」

 納得のいかないような表情のエヴァンは私の意思に不服らしい。だけどこれ以上引き留めることはできないってところかな。


 真っ直ぐエヴァンの目を見る。彼の強い瞳はいつだって真っ直ぐだったから。


「……いつも守ってくれてありがとう」

「……はい」

 あなたの強く優しい心が、私まで強くしてくれた。


 診療所で血に飢えた民に立ち向かう勇気をくれたのは、あなたが守ってきたあの場所を壊したくなかったから。


 婚約者のふりをして、皇子に怒られたことはもう許してあげる。


「たくさん助けてくれてありがとう」

「……はい」

 意地悪で、強引で、ノアや私の気持ちに敏感で、世話焼きな……少しおせっかいな人。


「私とは正反対の人を見つけて、幸せになってね?」

 あなたがいつか言ってたでしょ?そうふざけて笑ってみた。

「……っ」

 彼は、その言葉に返事はしなかった。


 最初は怖くて話もできなかった。私を敵視していたエヴァン。だけどあなたの皇子への忠誠心と愛情が強く伝わってきて、皇子を叱るあなたがなんだかとても可愛らしく見えた。そんなこと、口が裂けても言えやしないけれど。


「ばいばい」

 どうか、あなたも幸せになって。

 いつも誰かを守っているあなたが……心安らげる居場所が早く見つかりますように。


 広い心で包み込んでくれる温かな女性が、きっと今度はあなたを守ってくれるはず。そんな大切な人と出会えますように。


 いつも私の相談に乗ってくれたあなただから。

 きっと大丈夫だよ。「次は私が話聞くからね」とは、言えないから……今、私が保証する。


「大好きよ、エヴァン」

 そう言って、彼にもまた背を向ける。


 見慣れた全身真っ黒な姿も、もう見れないのか。

 目の前には馬に跨って私を待つ男。そして皇子の乗る馬にエヴァンの手を借りて乗りあげた。

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