第15話


「──はやく、エヴァン!」


 無表情のエヴァンの少し前を歩く。振り向いて手招きすると彼は苦笑している。


「城下へ来てどうしたかったんだ?」

 一応私にも関心を持ってくれているらしい。何気なく聞かれたけれど、特に理由はない。



「皇子ばっかりに頼ってたらダメかなって」

 少しは一人でも行動できるようにならないと、と思ったことは本当だ。


 皇子の話によれば、この国に人間が出入りすることは許可さえあれば問題はないらしい。珍しいことではあるそうだけれど。


 それに、私が皇子の女──であることは多くの民に伝わっているようで、顔も割れているそう。危害を加えてくる命知らずはそうそういないだろうが、王室に対して何かしら嫌悪感を抱いているような連中に捕まってしまう可能性もあり、そうなれば非常に危険だと皇子は言った。


 それでも私が黙って守られているような可愛らしい女の子ではいられない。……まあ、要するにただ宮殿でいてもすることがなく暇なだけなのだ。



「皇子がいなきゃ何もできないような女じゃないもの」

 そう意気込んでいると、エヴァンはジトッとした目で見ていた。


「じゃじゃ馬め」

 彼がポツリと呟いた言葉は聞き逃さず。


「……プリコンめ」

“プリンス・コンプレックス”略して“プリコン”。“マザコン”とか“ブラコン”みたいなもの。たった今私が作った造語だ。


「意味が分からないが、俺に喧嘩を売っていることだけは理解した」


 ボキボキと指を鳴らすエヴァンに、成す術などない私は

「暴力反対!」

 と口撃するしかない。


 くそう、在り来たりな言葉しか出てこない自分が憎らしい!



「──要するに、具体的に何かがしたいというわけではないんだな?」


 呆れたようにそう言ったエヴァン。悔しいけれど図星で、頷くしかなかった。


「誰かの役に立てたらいいんだけど、皇子の仕事は手伝えないしエリンの手伝いをしようとしたら怒られるし……」

 チラリとエヴァンを見れば何か思案顔だった。



「──ならば私俺の手伝いをするか?」

 そう問いかけて暮れるエヴァン。でも彼の仕事は皇子の護衛のはず。


「私、戦えないよ?」

 そう笑えば「違う」と即答。


「俺がノア様に内緒でしていることがある。その人手が欲しい」


 皇子に内緒って……まさかヤバいことじゃ──。


 青ざめた顔で良からぬことを考える私に気が付いたのか、エヴァンは怪訝そうな顔をした。



「……何か誤解していないか?」


「皇子に内緒で薬の売買とか?人身売買とか?臓器売買とか!?」


 そう捲し立てる私に口元をピクピクと引き攣らせた彼が、今にも殴りかかってきそうだ。



「お前は俺をなんだと思っている」


 舌打ちをしたかと思うと手首を掴まれて強引に連れて行かれるから、冗談じゃなく命の危険を感じた。

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