第31話

 

 伝えようか、もうすぐ覚める夢なのだから。


 私がこの世界へ来て、絶望しなかったのは。まるでおとぎ話のお姫様のように、甘やかしてくれたのは。たった一人、あなただったでしょう?


「……この世界で、一番大好きなのは皇子だよ」


 私が素直に言ったことが予想外だったのか、皇子の目が見開かれた。


「誰よりも大切で、有り難くて、安心できる──私にとっての“王子様”だから」


 皇子はひどく辛そうな顔をした──けれど、それはほんの一瞬で。


「……ならばお前は私にとって、女神だよ」

「そこは“お姫様”って言ってよ!」


 照れ隠しに反論してみれば、勝てるはずもない相手がニヤリと笑う。


「では、“お姫様”は“王子様”と一生添い遂げねばならないな。それがハッピーエンドだ」


 ……これはきっと、冗談だ。冗談なのだけれど、その表情はどこか切なくて──それが、私がいなくなることに対して、だと嬉しい──なんて。とてもじゃないけれど、今の皇子には言えない。それくらい、暗い瞳をしている。



「……あのね」

 結局、なんて返すのが正解なのかわからなくて話題を変える。エリンは私の身支度や片付けを終えると気配を消していなくなっていた。


「なんだ?」

 皇子は話を変えられたことに対して全く気に留めず、首を傾げる。帰る方法が見つかってから、ずっと悩んできたことだけれど……やっぱり思いつかないから本人に聞くことにする。


「皇子、あなたにお礼がしたいの」

 そう言えば目の前の彼は意表を突かれたような顔をした。

「あなたの望みを教えて?」

 私にできることで──と付け足して問いかければ、困ったように目を伏せる。そして顎に手を添えて考えた。



「私の望み、は──」

 視線を上げた皇子は、私を見つめて──ふわりと優しく笑った。


「──サラが、ずっと笑っていられますように」


 ドクン、と心臓の鼓動が聞こえる。


「いつでも、笑っていろ」


 よく耳をすましていなければ聞き取れないほどに小さな声。


「誰よりも、幸せでいろ」


 だけどそれは──いつもと同じ、優しさと甘さとがたっぷり詰まった、私を大切にしてくれる声。


「……それが私の望みだ」


 鼻の奥がツンとして、目頭が熱くなる。

「そ、んな……」

 上手く笑えないよ。返す言葉も、見つからない。


 この世界で絶望しなかったのは、あなたが笑ってくれたから。



 あの日、月明かりに照らされた皇子が、本当に綺麗で──。


 あの時、この世界には私たち二人だけなんじゃないかと。そう思ってしまうほどに、私はあなたに見惚れていた。


 胸が痛い。苦しくて泣いてしまいそうだ。

 それほどに、私は。


 きっともう、皇子が好きだった。

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