第25話
「サラ様!シーツが乾きましたよ」
「ありがとう!」
今日も変わらず、この診療所へと足を運ぶ。人の噂はあっという間に広がるけれど、それはヴァンパイアも同じらしい。
民の間で少しずつ広がっていた評判のおかげで患者も増えたが、それ以上に手伝ってくれる人も増えた。
「──これでは、俺の出番がないな」
そうため息を吐くエヴァン。それは少し残念そうな、だけどとても嬉しそうな声色で。
「力仕事はたくさんあるよ」
ポン、と肩をたたくと「人使いの荒い奴め」と呆れていた。
「ノア様には、ここのことはバレたのか?」
昨日、エヴァンと偽の婚約者だと言っていたことがバレた。それを皇子から解放されてからすぐにエヴァンへと報告しに行ったのだ。
「ううん、バレてないよ」
結局、私の帰り方の話をしたおかげで話が逸れ、婚約者を名乗る羽目になった原因は追及されることもなく話を終えた。
「ノア様なら、詳細を確認しそうなものだが」
「……それ以上に、大事な話があったから」
それだけを告げれば、重苦しい私の表情に気がついたのか──「そうか」とだけ返事をする。
「まあ、怒ってたけどね」
「そうだろうな」
ひくっと口の端を痙攣らせて、自分にもとばっちりがくるのではないかと思案しているのが分かる。
……とばっちり、というかあなたのせいなんですけどね。
「サラ様」
不意に呼びかけられて、振り向けばとても挙動不審な女性が困惑顔で私を見つめる。
「どうしたの?」
おずおずと……女性が私を勝手口の扉へと誘導する。
「サラ様をお呼びしてほしいと……」
その言葉にエヴァンは少し警戒を強めた。
「客は誰だ?」
そう問いかけた相手の顔がみるみるうちに青ざめる。さらにエヴァンの眉間にシワが刻まれたところで──。
「私を仲間外れにするとはいい度胸だな、エヴァン」
ゆっくりと扉が開いた。
「お、皇子……!?」
扉の隙間から見える金髪。3人ほどの護衛を従えた皇子がしてやったり、という笑みでそこに立っていた。
「……ノア様」
エヴァンは安堵したような、気不味いような複雑な表情だ。
「病人や怪我人をここで治療しているのか」
「……はい」
室内をぐるりと見渡し、皇子はふわっと笑った。
「とても良いところだ。温かい」
エヴァンはもっと叱られると思っていたのか、拍子抜けしたようだ。
「……私の処分は」
「処分?なぜ私がお前を罰する必要がある?」
今度は皇子が不思議そうな顔をする。
「このようなことを思い付く者がいて嬉しいよ。私では立場上、上がうるさくて実行することが難しいからな」
皇子の言葉に感激した様子のエヴァンは唇を噛み締めた。
「私の助けを必要としなかったところが、お前らしいがな」
クスリと笑った皇子。結果として宮殿から食材を拝借したものの、それ以外は全てエヴァンが手配したものだ。皇子は臣下から頼りにされなかったことを少しだけ拗ねているのかもしれない。そんな気がした。
「……まあ、サラを婚約者呼ばわりしたことはまた別の話だぞ」
そんな彼の言葉に、私とエヴァンは顔を見合わせる。皇子はだんだん青ざめていく私たちの表情に満足したように肩を揺らして笑っていた。
周りは突然の皇子の登場に困惑状態で、騒然としている。最近手伝い始めた人の中にはエヴァンが皇子の護衛担当だと知らなかった人もいるようだ。
「……私も手伝っても良いか?」
皇子の申し出に顔を真っ赤にした女性たち。慌てて遠慮の言葉を発するけれど、皇子はすでに洗濯物が入ったカゴを持ち上げていた。
「サラ、どうすればいい?」
ウキウキと胸躍らせている様子の皇子。好奇心をたっぷり含んだ目がキラキラと輝いている。
「……一緒に、行こうか」
そう言うと無邪気な子どものように、嬉しそうに笑った。
「ノア様は、サラ様にはあのように無防備な顔をお見せになるのか」
「ノア様は随分と穏やかな雰囲気になったのだな」
「サラ様がお側にいるんだ、それもそうなるか」
二人が仲睦まじく出て行った扉を見て、民がそう囁き合っていたのはエヴァンしか知らない。
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