第27話

 

「サラ、サラ!これは何だ?」

 人参をサクサク切っている横から輝く瞳で覗き込んでいるのはこの国の皇子だ。


「これはイチョウ切りっていうの」

 切り終えた人参を一つ摘むと不思議そうに見つめている。


「ほう。いちょうぎり、か。器用なものだな」

 私が料理をしているのをぴったりと横について眺めているのだけれど──なんとも作業しづらい。初めてのものを見た子どものようなはしゃぎようだ。


「サラ!これは?」

「それは肉じゃがっていうの。私の世界の料理だよ」

「うまそうだな。食べてもいいか?」

「だめ。まだできてないよ」


 つまみ食いしそうな彼を制止している私は母親か?可愛いんだけどね。



「私が食べるぞ。私が一番最初だからな!」

 そう熱心に念押ししてくる。初めて目にする料理を前に、ウキウキしているのが丸わかりだ。


「……これが一国の皇子なのか、本当に」

 エヴァンがショックで崩れ落ちているのが分かる。尊敬して付き従っている皇子がこんなに子どもだったなんて。そりゃあ目も疑うよ。



「ノア様、本当に変わられたな。いつもどこか冷めた目をしておられたのに」


「昔からお優しかったけれど……。威厳に満ちたお姿とは全く違っている」


 そんな言葉があちらこちらから聞こえてギクッとした。


 だって彼はこの国の皇子。いずれはこの国のトップとして君臨することになる。そんな皇子が、こんなに威厳も尊厳もない姿を見せて良いものなのか?民に呆れられてしまったら、国をまとめにくくなってしまうのではないかと不安に思った。



 ──だけど。


「……俺は、こちらのノア様の方が好きだな」


「俺もだ。サラ様と一緒におられるノア様の方が良い」


 ここの人たちは、本当に温かい。私の心配なんて、一瞬で吹き飛ばす。思わずクスッと笑みを漏らしてしまった。



「サラ?」

 隣でまだか、まだかと料理の完成を心待ちにしていた皇子。民の声を聞いて統治していかなければいけない人なのに、今は全く彼らの話は耳に入っていないみたいだ。それも可笑しくて。


「皇子は人気者なんだね」

 そう言って誤魔化せば、目の前の綺麗な顔をした男は首を傾げていた。






「サラ様と並んでおられると──まるで若い夫婦のようではないか」


 付け足されるように放たれた言葉だけは、皇子の耳にしっかりと入ったらしく。


「聞いたか、サラ?夫婦だそうだぞ」

 嬉しそうに笑う。非常に都合のいい耳をしているものだ。


「私も手伝う。夫婦は協力していくものだからな」


 調子に乗ったそのテンションで包丁を持とうとするのはやめてほしい。エヴァンと私で必死になって止めた。

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