第1章12 王都アルテナ
「ムスクーリ枢機卿様、お初にお目にかかります」
「君がハワードだね? 歳の割にしっかりしているのだね」
僕は今、どういう訳か、ダーレン王国首都アルテナにいるわけで、辺境伯様と共に、目の前のムスクーリ枢機卿と対面している。
この方は、簡単に言えば教会の偉い人。隣には大司教と言われている方がおり、僕達4人は重苦しい雰囲気の中、対談を始めた。
時は遡り――
「ウィリアム。私とエルリーネと君と。あと、ブリジットもいるが、王都へ行く事になった。アルフレッドと、ミレーユ。昨日も確認したが、再度聞く。問題無いね?」
「はい……」
「それと、無いとは思いたいが、陛下からの召喚があるかもしれない。今のところ、ウィリアムに接触を求めてきたのは教会からだけだが、覚えておいてくれ」
「理由をお聞きしても?」
「予想通りだ。あの日の豊穣際について、意見を聞きたいとの事だ」
「断れないのでしょうか?」
「何度か私の方で断りを入れていたが、これ以上難しくなった。教会を、完全に敵に回す事は出来ないんだよ。しつこさを見るに、暫くは戻れないかもしれない」
どうやら、以前から言われていたように、農作物の収穫量が、例年の6割程となってしまったそうだ。去年エレシス村付近一帯の麦は、かなりの豊作だったのだが、そのたまたま僕の光景を見た神父が、誇張したのか分からないけれど、僕の発光現象と豊作を関連付けたようだ。
とは言っても、今年はエレシス村も酷いらしい。
――時は戻る
あの日の状況の説明を求められている。説明も何も、デメテル様の事を言う訳にもいけないし……。
「当日は、君も件の祭の際は、祈りを捧げたのかね?」
「今もですが、まだ幼かったので、祝詞はわかりませんでしたので……」
「ふむ、そうか。報告とは食い違うようだ。ゼクス大司教殿はどう聞いている?」
「特には」
……あれ?
「枢機卿。わざわざそんな事を聞くために?」
「いや、申し訳なかった。1つ頼まれて貰いたい。各地の被害が大きい町村で、その子に直接、祝詞を捧げて貰いたい。ああ、先に言っておくと、陛下の命と受け取って貰って構わない」
「直接確認しても?」
「構いませんよ?」
それから、辺境伯様は日程や行先を確認し、帰る頃には、苦虫を噛み潰したような表情をしながら、その場を後にした。
どんどん勝手に話が進むものだから、僕は辺境伯様にお任せして、僕の行動を決めてもらうしかなかったのだ……。トホホ。
王都アルテナにも、辺境伯様の屋敷がある為、そこで、再度、何をすれば良いのか、確認することになる。
簡単に言うと、ゼクス大司教と、護衛には聖騎士を伴い、国内を回ってこい、という命令らしいのだ。
辺境伯様とエルリーネ様は、毎年恒例の、王都でのお仕事だそうで、僕の身の回りのお世話は、ブリジット先生が、自ら買って出てくれたらしい。
先生、辺境伯様夫妻に弱みでも握られてるんですか?
ジト目で睨まれてしまった。
しかしまぁ。なんと言えばいいのか、僕は、あの豊穣祭から、ずっと振り回されっぱなしだ。父様母様ごめんなさい。
その晩、与えられた部屋で、そろそろ寝ようかと、横になった僕の元へ、ブリジット先生がやってきた。随分と遅くまで、辺境伯様とエルリーネ様と話し込んでた様子だ。
僕は、その場から起き上がり、先生は隣に座る。
「どうしましたか? 先生」
「学園は休職してきたから、今は先生じゃない」
「僕にとっては、ブリジット先生は先生ですよ。それにしても、ずっとお話してたんですか?」
「そう。キミの話。ボクの予想だと、国王陛下からの召喚だと思ってた。何故か教会。アーノルドもエルリーネも教えてくれない」
「そう……ですか」
「キミから見て、ボクは信用出来ない?」
「そんな事ないですよ? 頼りにしておりますし、最初の頃から比べたら、物凄く優しくしてくれますし」
「ねえ、キミは誰?」
「え?」
「明らかに人族の成長速度を超えている。長耳族ならまだしも、正直に言えば、キミの頭と魔力と、聞いたこともない異能の力は……」
「…………」
「これ、見てみて」
手渡されたのは、約1年に及ぶ、僕のレポート記録だった。ブリジット先生曰く、こんな事したくないが、辺境伯様の頼みでやっているとの事。
護衛対象だから、諦めた方が良いとのことだった。
はぁ……。僕は小さな溜息を漏らした。
「ええと……。唐突ですが、ブリジット先生は、神の存在を信じてますか?」
「え。十二神の話?」
「そうですね。学園の講義にも出てくる、神話とか創成の話です」
「聖職者なの? キミ」
「いえ、そうではないですけど、仮に目の前に出てきて、私がポセイドンだ! ガハハー! って現れたら信じます?」
「流石に信じないだろ」
「まぁ、そうゆうことです」
「は?」
「いや、だから、それが答えなんですって」
「つまり、キミがオリュンポス十二神?」
「いえ、そこに立ってる少女ですよ。豊穣神デメテルです」
「はぁ……って、えぇ!?」
「そんな可愛い顔もするんですね! せんせい?」
「いてっ……」
ブリジット先生得意の、デコピンを撃ち抜かれ、言ってしまったなぁ。と、考えながら僕は俯く。今までの、ブリジット先生との距離感は気に入ってたのだけれど、壊れる気がして、暗い気持ちになる。
途中でデメテル様に止められると思ってだけれど、黙っている所を見ると、見逃してくれるみたいだ。内心考えていることまで分からないけれど。
「続きは明日にしませんか?」
「ダメ。出発は明後日。夜更かししても問題ない」
「えぇ……」
逃がしてくれる気は全く無いらしい。それからは、初めてゴーレムを作った日のことから語り始める。
って、あれ? いつからゴーレム創り始めたんだっけ? 思い出せない……。
淡々と話していると、眠気に負けそうになり、何度か、ガクンっと、頭から倒れそうになる。
すると、ブリジット先生は、僕の頭にそっと手を回し、先生自らの膝に、僕の頭を乗せる。
そっか……。色々背負わされたんだ。大変だったね。
先生は独り言を呟き、僕の横腹をぽんぽんと、一定のリズムで叩いてくる。なんか、昔、母様にしてもらった気がするな……と、そのまま眠りに落ちた。
翌朝。
目を覚ますと、ジト目がそこにいた。そこと言うよりも、目の前で、同じベッドで、ジト目が寝ていた。
僕は咄嗟に飛び起き、壁に向かって後ずさる。
「ちょちょちょちょ、先生! 何してるんですか! って。なんでここにいるんですか?」
「んー。……うるさいなぁ」
「五月蝿いじゃないですよ! こんなとこ辺境伯様達に見られたら、とんでもない事になりますって!」
「あー、だから、うるさい。5歳の子供と寝て何が悪い」
「そういう問題じゃないでしょ!」
「あぁ、昨日言ってた成長てのがこれか。思春期かキミ」
「はぁっ!? そんなわけないじゃないですか!」
「はいはい。ボクに欲情したってこと。認めろ」
僕は真っ赤になり怒り心頭。散々、僕が騒いだせいなのかはわからないけれど、目が冴えたらしいジト目は、あまり豊満とは言えない双丘に、僕の顔を埋めさせようと、力いっぱい抱きしめてくる。
認めて楽になれと言われ、暫く抵抗しても離してくれなかったので、抵抗を辞めて身を任せてしまう。
(朝から何をしとるんじゃ、おぬしは)
久しぶりに口を聞いたデメテル様に言われ、僕は魔力をデメテル様に流し込む。濃青ドレスのデメテル様を操作し、ジト目の脇腹を掴み、ベットから引きずり出した。
(今まで見てきた限りは、この娘なら問題なかろう)
そっか。デメテル様からしたら、年齢不詳な魔人族も幼い娘みたいなものなのか……。
一先ず認めて貰い、僕はホッと安堵する
「そういえば、キミ。少女神に下着を買って興奮してたそうじゃないか。エルリーネが溜息着いてたぞ」
「ぐぬぬっ……」
多分シュトレーゼ様の密告だ。あの日の最高神への祈りは誰にも聞かれて無いはず……?いや、待て待て。あれだけ大きな声で部屋で叫んだのだから、たまたま来たシャルに聞かれてたかもしれない……。でも、大声で祈ってたくらいなら、関連付けまでは出来ない。はず……。
「まあ、いい。朝食でもとるか。そのあとは出掛けるから付き合え」
「は、はい……」
まだ早い時間だというにも関わらず、辺境伯夫妻は既に出掛けていた。何をするにも、根回し手回しが必要な貴族は大変だ……。
そういえば、暫くかかりそうって、シャルから父様母様に伝えて貰いたい。
が、念話魔導具は光らなかった。ブリジット先生に故障ですか? と尋ねると、距離の問題だろうと言われてしまった。
それもそうか、オオカミの遠吠えのような能力だろう。そこまで届かないのかもしれない。夜にでも手紙を書くとしましょう。
屋敷使えの方達に、朝食を用意してもらい、のんびり食事を済ませ、僕とブリジット先生は、出掛ける準備をする。
1人の護衛騎士と、天下無敵なデメテル様を引き連れ、王都アルテナへ繰り出していった。
――ダーレン王国・アルテナ
ダーレン王国の王都であり、全てにおける中心となる存在である。現国王陛下はマクベス3世にて統治を行っており、王国全体で見ると、近年の主産業は専ら食料輸出と魔素材輸出に頼ってきた。と言うのも、魔導具含めた工業化が進んでおらず、金属も殆ど存在しない。強いて言えば、近隣国よりも広い土地を有し、食料生産や家畜、狩猟も適している。気候も農業に適した場所であることも強い。尤も、魔法大国としては絶対的地位を得ており、クリスタルの保有率も近隣国の中では断トツである。但し、クリスタルが多く含まれた土地であるが故に魔物も多い。自虐的に言えば魔法に頼りすぎたとも言えるかもしれない。通常、魔法の使い方も、軍備や狩猟、土木作業が中心で、工業に向かない側面も指摘される。アルテナには王立銀行という機関が有り、国内通貨も金貨から、いち早く紙幣に切りかえた、珍しい成長の仕方を遂げていると、他国専門家も述べるほどだ。その主産業である、食料事情が危機に瀕しているのだから、王宮は混乱の最中であろう予想は容易である。
――――
「キミ王都は、初めてだろ」
「ええ、何処か案内してくれるんですか?」
「魔導具屋と、鍛冶屋、あとは魔素材屋でもいく」
「ええ……」
ブリジット研究室と変わらないじゃないですか、僕は、ブツブツと不貞腐れる。
ブリジット先生は、僕が作製の依頼をしていた魔導具を、いくつかアルテナに持ってきているらしく、あとは、素材が少し足りない物で今日中に完成させたいらしい。
僕がお願いしていたのは、障壁魔導具と、魔法阻害魔導具、加速魔導具。他にも色々あるが、どれも普段の生活便利道具ばかり。
「そういえば、ブリジット先生。サウザンピークに帰ったら、お金を稼ぎたいです。出来ればたくさん。方法を教えてくれませんか? 女神知識にないんですよ、こういうの……」
「そう。キミが出来る事で考えるなら、沢山ある」
「例えば?」
「魔導具製作、鉱石掘り、クリスタル掘り、魔素材集め……。土木作業なんかもいける」
「土木作業ですか……」
「そう。木を売り、土地を整地し、領地を拡げる。全てゴーレムで可能」
「おお! 先生流石です!」
「あ、あとは、執事君の量産。あれは多分高く売れる
」
「執事君の金属探しも良さそうですね。帝国なら、いっぱい掘れるんですかね」
「多分。キミの父親は、アーノルドから提供してもらったんじゃないか。多分、帝国産の金属」
そんなやり取りをしながら、次々と買い物を続けるブリジット先生。脇目も振らず、寄り道をしようともしない。
性格なんだろうなぁ、とジト目で僕はブリジット先生を眺めていた。
僕はまたしても、ジト目で睨み返されてしまった。
サウザンピークもそうだけれど、飲食店はほとんど開いていない。折角王都に居るのに……。
最近の僕はたんぱく質な肉と魚を使った料理が大半で、パンやパスタ、野菜も暫く食べていないかもしれない。
本当に酷い状況なんだろうと考える。農作物が無くなると、いよいよ獣がいなくなるのだろうと、誰かが言っていたような。
屋敷に戻った僕達だったが、ブリジット先生は、早速製作に取り掛かり、僕は1人ぼっちだ。
デメテル様は王都に来てからは、ほとんど無口を貫いていて、不機嫌な様子。
触らぬ神に祟りなしって言いますしね、放っておくのもひとつでしょう。
時間を持て余してるので、父様母様と、シャルに手紙を書いていく。いつ頃戻れるんだろうか。
辺境伯様とエルリーネ様が戻り、4人で夕食を取る。辺境伯様夫妻は、明日からの旅を、相当心配してくれている。何人かの護衛諜報員を、後ろから潜ませてくれるとの事だけれども、1番心配しているのが、食料が不足している地域だと、農民の暴動であったり、領地同士の内乱であっり、山賊であったり、兎に角危険になると言う。
大人数との戦闘行為に巻き込まれたら、とてもじゃないが護衛では役に立たないらしい。
それもそうですよね……。
「本当に済まない。陛下にも確認してみたが、やはり命令に間違いなかったよ……。クソっ! 教会の連中めっ! 何考えてやがる!」
「アーノルド、冷静に。ウィリアム、危なくなったら、私達のところへ逃げてくるのよ? 帰ってくるまで、待っているからね?」
僕としてみれば、言葉としては理解出来るけれど、いまいちピンと来ない。
ブリジット先生が終わったー。と呟きながら魔導具を渡してくれた。
手渡された3つは、以前の、クリス先輩とローリーとの決闘の際に感じた、僕の弱点を補うものである。
突然の戦闘となると、真っ先に僕は身を守る必要が有る。ゴーレム以外は、基本的には僕個人はただの一般人なのだ。
障壁魔導具。
対人用に、魔法障壁を展開する為の魔導具。ブリジット先生が作ってくれた障壁魔導具は、学園所有の物よりも性能が高く、前方障壁じゃなく、円で囲む仕様になってるとの事。勿論、攻撃を受け続けると、障壁は崩れてしまう。
阻害魔導具。
魔法使いの詠唱そのものを阻害し、魔力放出を止めてしまう画期的な魔導具。どうやら、帝国技術のものらしい。何処で知識を仕入れてきてくれたんでしょう。これは、再稼働に相当時間がかかるらしい。
加速魔導具。
足首に装着し、無理矢理足を早くさせてくれるもの。使い続けると、負荷に耐えきれず骨折か脱臼、肉離れの、どれかは起こるだろうとのこと。いざと言う時くらいしか使えない代物……。
とは言っても、あの時感じた弱点の克服は、今後必要だと思う。
「先生、僕が一生かかっても、返せない金額になりそうですね……。」
「キミ、お金稼ぐんだろ? これは未来への投資」
明日は早くから出発なので、話もそこそこに部屋へと戻る。
本当に、早く終わらせて帰りたいです。そう、願わずにはいられなかった。
(ウィリアム……)
どうしましたか?
(…………いや、すまぬ、何でもない。はよ寝るのじゃよ)
そう言い残し、それ以降は相変わらず無言のデメテル様だった。
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