第2章5 神に奪われた

 暗闇から現れたそれは、今まで感じたことも無い、大きな獣や魔物にでも押さえつけられてるような程の、錯覚を起こすほどの威圧だった。


 咄嗟にデメテル様へ魔力を流し、臨戦態勢を取る。


「あらまぁ。これはデメテルさんじゃありませんか。本当に、ね。久しぶりですこと。その姿は貴女の趣味で? 見た目が幼すぎて……ふふ」


 月明かりでもわかる、長い黒髪を、指でくるくるしながら、デメテル様の存在を、軽く挑発でもするような言い回しで、瞬時に正体を見破る1人の女性。


「突然済まないね。お邪魔するよ? 君だろ? 無駄に大量の祈りを捧げたの。やっぱり面白いね。からくり君」


 黒髪の女性が話し終わるや、少し回りくどい言い方が特徴の、金色の短髪男性が話しかけてくる。その男が僕の事を、からくり君と呼称する所を見ると、ゼウス神の手先か何かか? と僕は予測をしていく。


「…………」


 僕は身体中に緊張が走り、ボタボタと冷や汗を流す。突如の襲来に、すぐ様目を覚ました、隣にいるブリジット先生も同様の様子だ。


「あら? あらあらまぁ。そうなのね。折角なのに残念ね、デメテルさんは、話すことが出来ないのね。いいわ、これは、再開を祝して、貴女へのプレゼント……ふふ」


 黒髪は自らの親指の付け根をひと噛みし、ほんのりと血を垂らし始める。其れをうっとりする様な目で眺めながら、今度は逆の手で指をパチンっと鳴らした。


「なっ!?」


 僕はその光景に思わず声が漏れる。その黒髪が指を鳴らした瞬間、彼女の手から滴っていた血がデメテル様へ向かって飛んできたのだ。


 其れを目で追う僕とブリジット先生。僕は、咄嗟の事で操作が遅れ、その彼女の血をデメテル様の口の中へ吸い込ませてしまったのだ。


「な、何をしたんですかっ!?」


 僕は、黒髪に問う。


「……ウィリアム。少し妾に任せてくれぬか」

「「!?」」


 今まで頭の中に響いていた、デメテル様の声が、耳から聞こえて来た事に気付き、僕達は驚きを隠せない。


「姿形は人の也をしておるが、その言い回し。『ヘカテー』に『ヘルメス』じゃな?」


「あらあら、覚えてくれてたのね。嬉しい」

「そうだよ。デメテルちゃん」


「して、一体何の目的でこの世におるのか、教えて貰えるのじゃろうな」


 と、ヘカテーとヘルメスに歩み寄るデメテル様。え? なぜ歩ける? もしかして先程の血の影響か? と咄嗟に思考を回す。


 3人の威圧感で満ち溢れ、空気でも揺れそうな雰囲気の中、僕は固唾を呑んで話を聞くことしか出来ない。


「それは、さっき伝えたつもりだよ? からくり君が祈ったんだ。だから、ヘカテーちゃんの扉で来たんだよ。ヘカテーちゃんだけは、自分の扉であちこち行き来する事は出来るけど、僕達は無理だからね」


「まぁ、こんなに早く来れると思って無かったけれど、折角この世に来たんだし、本来の目的を済ませようかな。ヘカテーちゃん、先に僕から失礼するよ?」


「あらあら、まぁ。仕方ないわね、でも、もう暫くは待って欲しいなあ、せーっかくデメテルさんに会えたのに、このままドピュ〜って終わるのは可哀想じゃない?」


「……、兎に角やるべき事だけはやらないとね。最高神ゼウスから、からくり君への伝言だ。『やってくれるな君は』だってさ」

「…………」


 僕は何を言われたのか、瞬間でわかってしまった。と、同時に、ヘルメスは先程の位置からふっと消え、その瞬間には僕の目の前にいた。僕は、逃げることなど出来ず、そのヘルメスなる男に、片手で首を握りつぶされるほどの力で、締められていく。


 グッ……カハッ……


「別に君を助けようって訳じゃないんだよ? 本当なら、此処で今、消すべきなんだろうけどね。少し面白そうだからね、君。とは言っても、最高神からのお仕置だけは、君にプレゼントしなきゃいけないんだ。それは決まった事で、決められた事で、覆ることが決して無い事なんだ。わかるかい? そうじゃなきゃ、僕が叱られるからね。ただ、このままだと、面白みの無い世界になりそうだってだけだよ。デメテルちゃんなら、少しくらいは僕の性格がわかるんじゃないかな?」


 何をされた!? 痛い、声が出ない、息が苦しい……


「君は、どちらにしたって、割と近いうちに、消される予定調和らしいけれどね。まあ、そのうちいい事もあるさ。ちなみに今、君にしたことは、それとは別の、最高神からのお仕置だからね。その為に一応、此処に来たわけだし」


 なんだ、現実で起きていることなのか? 今、死の宣告をされているはずなのに、この空間が現実味が無さすぎて、自分事じゃない感覚だ。


「どういう事じゃ!? こやつに何をしたんじゃ!」

 

 やっとの事で、首の力を離され、僕は尻もちを着いてしまう。


「どういう事ねー。僕達が帰ったら試すといいさ。ところで、ねぇ、デメテルちゃん。何故この世に降りてきたんだい?」


「あらまぁ。知らなかったの? ヘルメス。あたくしから説明してあげるわ。良いでしょ? デメテルさん」


「おぬし……、何か知っておるのか……?」


「あらまぁ。あたくしにかかればそのくらい、ねぇ。ふふ」


「――セポネを諦めるの?」

「ま、まさか!? おぬしが!」


「早とちりはいけないわよ? 最後まで聞きたいでしょ? ふふ……」


「あの子、誘拐されたのよ? びっくりでしょ? あたくしもびっくりしたんだから。ただ、そうねえ、誰が、まではわからないのよ。ごめんなさいね?」


「誘拐……じゃと……?」


 デメテル様は、先程から明らかに動揺した様子を見せる。僕は……。


「おや? 随分な話じゃないか。じゃあデメテルちゃんは、この世にペルセポネちゃんが、もしかしたら、いるかもしれない。ってだけで探しに来たってことかい? また、難儀な話だね。こんな僕でも同情するよ、デメテルちゃん……」


 ヘルメスは何も知らなかった、といった様子で肩を竦める。


「そうなのよぉ。だから、あたくし、前々からデメテルさんに『なんで探さないの?』って手紙をだしたり、からくり君だっけ? 何か役立つかな? と思って、その子のガールフレンドに、特別なクリスタルをあげたりしたんだから。ちゃんと動くようにもしてあげたから、安心してね。あたくし『魔女』なんて言われてるけど、優しいのよ?」


「クリスタル……? 何の話じゃ……?」


「だから言ってるじゃないの、あたくし、こう見えて優しいのよ?」


「それでは答えになっとらん!」


「いつかわかるわよ。少し位はイタズラもしたいじゃない。勿論、悪いようにはならないわ! ふふ」


 頭の中が真っ白で。そしてぐちゃぐちゃだ。ガールフレンド? クリスタル? でも、僕、もう死ぬんですよね?


「ウィリアム。妾も戻る訳にはいかぬ。必ずおぬしを生かすから、安心するのじゃ」


「うーん。少し考えを変えたよ。少しだけ君達に手を貸してあげる、デメテルちゃん。あくまで個人的な興味だけれど。ペルセポネちゃんについても、僕も調べてみるよ。何、対価は要らないよ? さっき、からくり君から奪ったしね。案外、僕もヘカテーちゃんと同じ事、考えてるかもしれないかよ。よし、ヘカテーちゃん、一応僕は僕の役割を終えたけれど、君はどうだい?」


「今のところは問題ないかな? また何処かで合うことになるけれどね。なら、扉だすわよ?」


「じゃあ、まただね。あまり神々に挑発しちゃダメだよ? 基本的にはみーんな、身勝手だし、均衡こそが大切なんだから。隣にいるそこの可愛い魔人ちゃんも、そう思うだろ? じゃ!」


 そう言い残して、ヘカテーとヘルメスは、黒の大きな扉から消えていき、同時に、扉は元から存在してなかったかのように消えていった。


「何、今の……、声すら、出せなかった……」


「魔人娘、巻き込んですまぬの、ゆっくり話すから、1度落ち着こう……、ぬしも良いか?」


「そうですね、腰が抜けそうです」


 大司教だったゼウスと比較にならなかった、物凄い圧力だった……。もしかしたら、最初は殺す気満々だったのかもしれない。


 それとも唯の脅しや気まぐれなのか。


 暫く無言のまま、焚き火を囲む3人。それぞれが落ち着きを取り戻した頃に、デメテル様が語り始めた。


「先ずは、妾も話せることに驚いておるが、ヘカテーが、プレゼントと言っておった物じゃろう。あやつは魔女と言われる者じゃ。魔法と言うより魔術じゃな、呪いなんかの邪なものが多いのと、儀式とか生贄を必要にする事も多いものじゃな」


 ヘカテーとヘルメスは、また会おうと言ってた。ということは、明日明後日すぐに死ぬってことでもないのか……


「次に、ヘルメス。十二神なのはおぬしらも知っておろう。して、あやつが言っておった、祈りじゃ」


「妾への魔力を切らした時に、何かあったのか?」


 露天風呂の時の記憶があまり無いけど、何かしたのでしょうか……?


「ウィリアムが、全神々に祈りを……。あれは、どう考えてもボクが悪い」


 えっ!? なになにそれ、知らないんですけど。


「はぁ……。という事はあれじゃ、おぬしが妾の下着で壊れた日と同じじゃな。ゼウスが顕現された理由がやっとわかったわ。何故、妾も含めて、ウィリアムが神々を呼び出せるかは、調べてみないことにはわからんの」


「全て、僕のせいだったんですね……」


 デメテル様の下着を買った時に、最高神ゼウスに祈りを捧げてしまったせい。でも、エレシス村では僕は祈ったりしてなかったと思うけれど。


「わかるまでは、自重して貰わぬといかぬか。とは言っても、欲情するなと言ってものぉ……。祈りさえしなければ良いのだろうが、おぬし無意識じゃったか?」


「ボクもウィリアムで遊ぶの辞める」


「我慢させすぎるのも、反動が恐ろしいからの。難儀な事じゃ。本来なら、男も女も、雄も雌も。適度に欲求を満たさなければならないのは、生物の性といのか、本能じゃから、どうにも……」


 何とも情けないお話で、はい、すみません……。


「んー。なら。スキンシップを増やす?」


「そもそも精通もしとらん身体じゃ。まぁ……、この事はあとで考えるとしようか」


「ちょちょっ、まったまった! 精通とかスキンシップとか、僕抜きで進めないでください!」


「仕方ない諦めて」

「そういう事じゃ」


「はい。すみません。出来るだけ欲に負けない様にします……」


 どうやら、この先僕は、聖人君子を目指す旅になりそう。


「あとは、なんじゃだったか、ウィリアムの力を奪った。とかぬかしておったか。どれ、ゴーレムや魔法試してみよ。あと妾もか」


 僕は先ずゴーレムを作り出し、詠唱を試みる。

 ってあれ、声が出ない……?一通り、確認してみてもやっぱり言葉に出せないし、勿論デメテル様の掌からも何も出ない。


「ゴーレム製作や操作は大丈夫ですね。魔法はどれも無理のようです。言葉にしようとしただけで、何かに止められる感覚といったところでしょうか。次は、デメテル様を操作しますね、急に動き出したらすみません」


 デメテル様を飛んだり跳ねたり、走らせたりしていく。どうやらこの魔力操作は問題ないみたい。


「出来ましたね、人形として捉えれる物は可能っぽいです。デメテル様本人の意思で、魔法は撃てますか?」


火下級火弾術フォティア。んー、無理じゃの。言葉を出すことは出来ても、何も出てこんわ」


「となると、自我を持ったオートマタのような感じでしょうか、執事君みたいな。オートマタは魔力持ってないですし」


「ん。わかりやすい」


「ゼウスのやつめ、子供みたいな事しくさりおって。あとは、操作というのか、歩行等におぬしの魔力は消費するようじゃの、魔力総量も変わっておらぬようじゃし、詠唱を止められてると言ったところかの」


 つまりは、本人も動かせるし、僕も動かせると言ったことか。


「デメテル様、動き続けてもらえますか?」

「ぬはっ! 急にへんな方向に飛ばすでないわ!」


 ということは、僕の操作が上位の命令みたいなものか。それをデメテル様に伝え、感謝を述べる。


「ペルセポネは、昨日話した通りじゃな。妾は家出か何かかと思っておったんじゃが、昨日は言わなんだが、ペルセポネとは、妾の娘なのじゃよ」


 でた、後出し情報。デメテル様は、これがなければなぁ……。


「クリスタルはわからんが、あの言い方だと、シャルロッテがそうなのかの、魔人娘ではないのじゃろ?」


「違う。ただ、指揮棒の事かもしれない。あと、生徒会長が指輪を填めているはず。クリスタルを預かって、両方私が作った」


 ん? これの事? 特に変わった様子も無さそうですが……。


 シャルも同じクリスタルで、指輪作ったのですか。


「して、1番厄介なのが、おぬしの死についてじゃ。あやつは予定調和と言っておったが、神が決めたという事になるんじゃろう、ちと困った事になってしもうた」


「そうなんですよね、さっきは、現実味が無い状況だったので、特に焦りなど無かったのですけれど……。とは言っても、僕も殺めてしまってますし、自業自得ですよね」


「そんな事ない。ボクを守ってくれた。それに、忘れないで、少女神もボクもゴーレムもいる」


「そうじゃぞ、そもそもけしかけたのは妾じゃ。自分を責めるでない。しかし……。魔法が使えないのは、ちと厳しいかもしれぬが、おぬしのゴーレムも、完全に異質な力じゃし、そこまで不安要素も少いと妾は思うのじゃが。あるとすると神からの攻撃とか、物量による戦争、あとは病気や寿命と言ったものか」


「えーと……、例えばですけど、この辺りって、村も何もないじゃないですか、大人しくしてたら、ダメ……ですかね……」


「このまま、拠点を構える?」


「何とも言えませんが……、やはり死ぬと言われると、流石に来るものが……自分勝手すぎなんですけど……」

「…………よせ、ウィリアム」


「はい……。では、例えば、デメテル様が、何処まで行けるか分かりませんが、辺境伯様に会いに行って頂くとか……、声だって出るようになりましたし……」


「そうじゃのー……。まぁ、明日明後日の話でもあるまい、それに奴らも、また会いに来るとも言うておったし、一先ず続きは、明日にせぬか? 気分も変わろうて」


「賛成。それがいい。もうすぐ朝だし」


「分かりました……。昨日、決めたばかりなのに、すみません……」


「大丈夫。気にしないで」


 そうして、真夜中の襲撃者からの予告を突きつけられ、再度僕の頭はぐちゃぐちゃになるのだった……。


――――


「ちょ、ちょ、さっきの、なんだったのです? 驚きのあまり、動けなかったのです!」


「はぁ……。着いてきちゃダメって伝えた。助けには感謝してる。でも、ダメ。帰って」


「せめて、ひと休みさせて欲しいのですー!」

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