第2章4 思春期の少年

 あの日、洞窟で一夜を明かし、改めて見る惨状の中、キラキラの妖精アーニャが、お待たせしましたー! と、昨日とは違ったノリで登場した。


 元から連れていく気が無かった僕達は、頑なに、連れて行けませんので、諦めてください。と説明していた。


 僕といえば、少し眠れたおかげなのか、性格なのか、少しすっきりしている事に気が付いていた。


「わかりました……。残念ですが仕方ありません。また何処かで……。ゥ、ヒック」


 アーニャは泣きながら洞窟から飛び去っていった。また、何処かでね……。


 其の姿を見送り、先ずはこの国境沿いを北に歩みを進める。途中村とかあると良いのだけれど。


 左手に大小様々な山脈を眺めながら進む。遠くからでは有るけれど、僕は初めて雪の積もる頂きを目に入れていた。


「この辺は、魔物なんかはいるのでしょうか?」


 僕としては、先に進む必要せいもわかってはいるのだけれど、金属や魔素材も探しながら行けたら良いなと、考えています。


「ん。どうだろ? この辺はボクも詳しくないから」


「そうですよね、数日は野宿になると思いますし、その間にデメテル様で探索してみますね」


 それと、今までは、村や集落からその村へと、馬車を使った近場の移動だったので、野宿はブリジット先生には厳しいかもしれない。僕なんかは男だし、そんなに気にならないのだけれど……。


 あとは、身体を何処で洗うかだ。村があっても、教会団じゃないから、自分達で交渉していかないと……。考えること多いなぁ。


 2時間に1度休憩を挟む。山の麓なだけあってか、木が多く、稀に川も見つかる。川がある時は休憩を早め、なるべく負担をかけないようにしていく。


「ブリジット先生は、狩りとか得意なんですか? 確か魔人族って、狩猟民族でしたよね?」


「んー。得意じゃない。魔法も得意じゃないから、先ず使わない」


「あっ、そうだったんですね、得意なものだとばかり……はは」


「食べるのは好き」


 それは僕も好きですよ!


 一日目の、もうすぐ夕方といったところ。もう少し歩けるといった体力ではあったが、ポツンと一軒だけ建つ石家を見つける。


 周りには、全くと言っていい程何も無くて、草も生い茂ってぼうぼうだ。


「なんか、不気味ですね。今まで、村もなかったですし、人の気配も無かったのに……」


「確かに不気味。キミ見てきたら?」


「あれ? 先生もしかして、オバケとか怖いんですか?ニヤニヤ」

「は? そんな訳ない」


「といっても、そうですね。もうすぐ日も落ちてきますし、僕見てきますよ。使えそうなら泊まらせて貰いましょう」


 え、ホントに? と、顔を青くしていく、ちんちくりん先生。いぇぇい! ブリジット先生の苦手な物見つけた!


 僕は、デメテル様を引き連れて、先ずは石家の周りをグルっと一周していく。窓は木で打ち付けられていて、中の様子は見えない。


 すみませーん! と声をかける。


 反応が無い。やはり無人の様だ。反応は無かったが、更に、おじゃましまーす! と声を出しながら戸を引く。


 ギーーーーっ……


 相当古いであろう、木の扉。開けると、中は物凄い埃の臭いと、砂埃? いや、埃か?


 窓も打ち付けられているため、かなりくらい様子。うーん。ちょっと寝るのは難しいだろうか。仕方ないので、窓の木をデメテル様で外していく。


 なんで、こーゆー時だけ妾に……。と女神様はぼやく。


「どうー? 使えるー?」


 家から少し離れた所から、珍しく大きな声で聞いてくるブリジット先生。


 僕は、もう少し待っててくださいねー! と返事をする。かなり狭い部屋ではあるけれど、一応台所と古いテーブルセット、ベッドは……無理かな。


 一通り見終えたところで、地下への階段を見つけた。残しておいてくのも可哀想ではあるけれど、冒険心に火がついた僕は調べずにはいられない。


 ギィギィギィと、階段を軋ませながら進む。やはりと言うべきか、真っ暗で全く見えない。


 僕は一度戻り、ベッドにかけられている、カビが生えてるシーツをとり、辺りに落ちてた木の棒に巻き付け、火魔法をギリギリに、かすめる程度に火をつける。


 早速、地下に戻ると、どうやら、古い魔導具らしきものが置かれている。ほほーと声を出し、研究熱心な先生へお土産を持って戻ることにした。


「地下にこんなものがありました、でも、寝るのは難しいかもです。何より埃とか酷かったので」


「ふーん。見せて」


「とりあえず、今日はついさっき通り過ぎた、川辺で野宿にしましょう」


 僕達は、川辺へ戻り、ブリジット先生は魔導具をくるくる回しながら調べている様子。何か食料探しますねー。と伝え、ここからはデメテル様の出番である。


 川沿いを上流の山側へ進む。


 なんだありゃ? 小さな豚のようなイノシシのような、四足の獣か? 魔物なのか、切ってみたらわかるかな。と考え、素材狩りではお馴染みの、真空刃で獣の頭を落とす。


――シュパッ――シュパッ――


 魔石も出ないので、獣なんでしょう。一先ずは持ち帰ることに。


「先生、料理お願いしても良いです? 変わった獣がいました」

「あ、んー。わかった」


 ジト目で、露骨に嫌な顔をするブリジット先生。嫌な顔されても、食事は取らないといけないことは、猿でもわかる。仕方ない。と呟き獣に近づいていくブリジット先生。其れを眺めながら、沢山作り出した、ゴーレムに簡易キャンプ地を作る操作をしていく。


 焚き火や、簡単な木の寝床。勿論、藁などある訳もなく、枯葉を集めてクッション材にしていく。


 次に僕はゴーレムを使い、大量の岩を掻き集め、川の端に流れている水辺を囲んでいく。更に小石や泥や砂で周りを固め、隙間をどんどん埋めていく作業。多少水が漏れるのはご愛嬌で、魔法で一気に水面を燃やしていく。いくら強力な魔法でも、もちろん水は燃えないのだけれど、ゴーレムに木の棒を持たせて、グルグルグルグル。グルグルグル。


 暫く燃やし続けると、結構暖かくなるもので、湯気が出始めてくれたのだ。思わず、いいね! と両手を天高く突き上げ、ガッツポーズを取ってしまう。


「ブリジット先生ー! 先入って良いですよ! ぬるくなるのでー!」


 遠くにいるブリジット先生は、土魔法で僕が出した尖った石ナイフで、獣を切り終えた所だったようだ。僕の言っている事がわからなかったらしく、首を傾げながら、僕が作った露天風呂に近づいてくる。


「わざわざ作ったの? 凄いね。料理終わってないけど」


 ブリジット先生は、ホカホカの湯気を出している、川辺の露天風呂を見ながら褒めてくれた。


「大丈夫ですよ、ずっと身体洗えてなかったですし、先にどーぞ」


「わかった。ありがとう」


 ブリジット先生と僕は、簡易キャンプ地に戻る。先生は着替え等を手に取り、露天風呂へと足を進める。僕は行ってらっしゃい! と、元気よく見送り、先に作っておいた焚き火の辺りに腰をかけた。そこからは、再度、デメテル様の出番ですよ!


 (全くおぬしというやつは……。殴られても知らぬぞ……)


 きっと、中身だけ成長しすぎた僕は、前にブリジット先生に言われた通り、思春期真っ只中なのでしょう。生きている女性の身体に、興味が尽きないのだ。


 ……ドゥフ。


 それにしても、普段は女性風の身体を操作しても何も感じないのは、やはり人形だとわかるからであろうか。


 今、僕のデメテル視界は、月明かりに照らされた先生が、上着から順番に脱いでいく姿を凝視している最中だ。


 思わず、おぉぉぉー! と本体の声が小さく漏れる。普段感じている映像が、2分の1の速度に見えてくる。人間の脳とは偉大なものです。錯覚だとわかってはいるが、布地の細な汚れや、旅で傷んだほつれもくっきりと見えるのだ。


 水色のレースの糸の編み込みを。糸の繊維さえも見逃さないように瞬きを止める。


 暫くそのゆっくりの映像美を楽しむ僕。そして遂に、僕は人類初の月面着陸に成功する。いや、決してデメテル先生の胸板がペタンとしている、等と表現している訳では無い。が、興奮は正に先程のそれ。その慎ましやかな形をしたソレを先生が片手で隠しながら、もう片方の手で肩紐を降ろしていく……。


 おっと、いけないいけない。これでは凝視しているのがバレてしまう。僕は、ハッと我に帰り、デメテル様(僕)を使って、もっと自然に、もっと近くで映像美を楽しむために、露天風呂を作ったのだ。僕はデメテルドレスを脱がせようと、ドレスの背中の縛り紐に手をかける……。


 と、そこに、ブリジット先生はデメテル様の目を見ながら、語り掛けてきたのだ。


「ねえ、キミ。そんなに見たいの?」

 

 ビクッ!


 なんだ……? 今、何か言われたような。咄嗟の出来事で、思考か追いつかないが、本体の身体が海老反りの如く、跳ね上がる。


「少女神で見えること、ボクも知ってるの、わかってて、ここに来たんでしょ?」


 声が出ない。どうする? 逃げるか? 謝るか?

 思考を巡らせ、コンマ1秒……


 いや否!


「ボク、別に恥ずかしいとかないから、素直に本体できたら?」


 えぇえぇえっっええ!!


 それは、僕の少年姿のウィリアム・ハワードに対して言ったのか?! わからない……、だけれど、もしそうなのだとすると、望むべきもないが、だが同時に考える。勘違いで、わぁーい! おじゃましまーす! と向かった先で、ジト目のフルスイングボディブローが飛んでくるのでは無いだろうか……?


 だけれど、本当に、単純に、素直に、そう言われているのだとすると、僕は逆に、壮大な羞恥心に襲われる。それとも、このまま破廉恥として突き進むのが男なのだろうか……


 ゴクリッ……


 固唾を飲み込む。


 でも謝るなら今しか無い。

 でも、デメテル様は声を出せない。


 はぁ、はぁ、はぁ……。息が荒くなる。

 ふぅ、ふぅ、ふぅ……。呼吸が苦しい。


 と、そこへ、更に追い打ちでもかけるつもりなのか? デメテル先生が笑いはじめる。


「ふふ……アハハ!」


 え?


「良いから早くおいで。ぬるくなるんでしょ? 子供の癖に遠慮して。この、ませガキめっ」


 は、はい……。


 脱衣途中の半裸の魔人娘兼ジト目先生が、ウィリアム本体の所までやって来て、おいで。と言いながら僕の手を引いていく。僕はされるがままに露天風呂に連れられる。


 そこには罪を認めた子供が、大人に抗えず、ただ歩かされる姿の少年を、デメテル視界が捉えていたのだった。


 折角だからと、デメテル様も一緒に洗ってあげようと言われ、僕は余計な事を考えないように、普段滅多にしないような、本体と人形の、同時脱ぎの高難易度技を行使する。


 僕は、あまりの恥ずかしさで、既に夜になっている、月のでた空を見上げながら、暖かなお湯にゆっくりと浸かっていった。


 僕は視界を、遠くの三日月山脈や、ほぼ満月の真ん丸を見て誤魔化している。が、僕の心臓がバクンバクンと物凄い速度で悲鳴を上げていく。


「キミの中身、何歳くらいなんだろーね」


 そう言いながら、僕の背中に、柔らかな感触を持った、彼女の背中を合わせて座ってきた。僕は、ブリジット先生の背中の、柔らかく優しさを感じる体温を受け、先程よりも、心臓がこれでもかと言うほど大きな鼓動を鳴らし続ける。


 きっと振り向けば、恐らくは、アラレもない姿の、全裸姿で青緑色の髪を解いているであろう、そのブリジット先生がいるはずだ。


 流石に、これ以上は気絶でもしてしまいそう。決して高音のお湯でもないけれど、僕は茹で蟹のようにのぼせてく。


 視界を使えるデメテル人形の魔力は、既に止めてしまっている。


「ど、ど、ど、どうなんでしょう……」


 まともな声すら、とうの昔に置き去りにした僕は、どもりにどもって返事をした。


「恥ずかしがりすぎ。笑える。キミが見たがってたのに」


 ブリジット先生は、ケラケラと、その笑いを止めない様子。


「た、た、た、多分10歳、くくらいかと思いますっ」


「ふーん。手握ってあげようか?」


 えっ!? と声に出す間もなく、僕の両手は後ろから、僕より少し大きめの、先生の柔らかな手に握られてしまった。


 瞬間。またしても完全に壊れてしまったのだ……。


「だああああっっっつ!!!!」

「うわ、なに」


「…………」


「おぉ、おぉ……」


 既に頭は真っ白パンク状態で、過呼吸となる……


「あぁ……」


「おぉ……! 神よ……! 全ての万物の神々よ! 我、神の奇跡に祈らん! 主達よ、我にこの美しき奇跡を与え給ええええっっ!」


「は、はあ?」


 そのまま、僕はのぼせて気を失った……。


 気がつけば、恐らく真夜中の時間になっており、僕とデメテル様は服を着せられ、焚き火の前で寝かさせられていた……。


 そこへ、月明かりの中、何処からともなく2つの影が忍び寄る。

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