第1章11 おお、神よ!
講義を取り終えている僕は、以前から比べると、誰かしらと街へ出掛ける回数は増えてはいる。とは言え、1人で出歩いてはいけないと、辺境伯様や両親に言われているので、今この瞬間は、正に至福の時間であった。
(一先ず、商店の方へでも行こうかの)
僕は、自室から少女姿のデメテル様を操り、彼女の意識を楽しんでいる最中だ。
以前、シャルに、人形やゴーレムの視界はどのように見えるのですか? と、尋ねられたことがあったが、こればかりは、言葉にする事が難しく、感覚としか言えず、なんとも形容し難い。
(この前も感じたのじゃが、前と比べると、言い争ってる人間が増えたかの?)
それは確かに僕も感じていた。特に商店や飲食店が並ぶ通りは、雰囲気が悪くなったと思う。
その為か、通りを見回る兵士の数も、どことなく多い気がする。
(まぁ、気にする程の事でもあるまい。カカッ! ところでじゃ、妾はこの制服しか持っておらぬ。言いたい事、わかるじゃろ?)
どうやら、デメテル様は衣服店に連れて行けといいたいようだ。
でも、お金持ってませんし、買ってあげられませんよ?
(細かい事を気にするでないわ。とりあえず連れていくのじゃ)
「あら、可愛らしいお嬢様だこと、お独りかしら?」
デメテル様が指定したお店は、見るからに高級そうな、ドレスや靴が展示されているお店。1つのお店で頭から足まで、全身が揃えれる店であった。僕の知る限り、シャルやエルリーネ様の様な、高貴な位の女性へ向けたお店なのだろうと察し、部屋の本体(僕)は、執事君の横で冷や汗を流している。
(困ったの……。この人間に返事が出来ぬわ)
店へ突撃して数秒、店員から声をかけられるも、返事のしようが無い僕達は、入口で固まってしまった。
「どうしたのかしら? 学園の生徒さんのようだし、迷子という訳でもないのだろうけれど……」
(おぬし、字を書くことは出来るじゃろ? その為に、そなたの側仕えの様な真似事等させてたのであろうし。先ずは試着をさせるのじゃ)
それなら会話が成立するかな? 僕は困っている様子の店員へ向けて、身振り素振りで、字を描きたい事を伝える。
「あら、そうだったのね。ごめんなさい。これ使って良いわよ」
僕は紙とペンを受け取り、試着をしたい事を伝える。すると、店員はそれぞれのドレスの大きさは、あくまでも目安なので、試着しても良いが、ぶかぶかだろうと答える。なので、気に入ったデザインのドレスがあれば、採寸しないといけないと教えてくれた。
お礼に会釈をし店内を回る。デメテル様は、ぐるっと店内を周り吟味していく。
(これに決めたのじゃ!)
いや、ですからお金ありませんって! と、デメテル様に理解をさせようと伝えるが、聞く耳持たず。ひたすら駄々をこねる女神……。
兎に角煩い。散々悩み、僕はエルリーネ様へ相談する事に。
・・・という訳で、お恥ずかしいのですが、お金を貸して頂けないでしょうか?
エルリーネ様は、随分と人間味のある女神なのね、と答えながら、クスクス笑いが止まらない。
一頻り笑い続けたエルリーネ様は、返さなくて良いから買ってあげなさい、と仰ってくれる。どうやらこのお店は、エルリーネ様も、邸に呼び付ける間柄のお店だったらしく、私の名前を伝えれば、問題無いと仰ってくれた。
何度もお礼を伝え、デメテル様へも許可を出す。後は、採寸で身体の仕掛けがバレない事を祈るのみ。
デメテル様が選んだデザインのドレスは、深い青色を更に濃くしたような色で、僕や母様の髪色に似た色をしている。それに装飾品として、いくつもの薔薇と思われる花があしらわれ、胸から腰にかけては軽く細身になっており、スカート部分は、腰から膝下までの丈が、広がっていく仕様のようだ。
平民の僕には、良さが分からないんですけれどね。
(この色なら、おぬしとミレーユと妾で、お揃いではないか! カカッ)
確かに似た色だけれども……。と思いながら、何故か分からないが、足の大きさまでの採寸を終える。採寸しているのはデメテル様の筈なのに、自分がされているような錯覚に囚われる。
目の前の店員は、不思議がっている様子だが、繋ぎ目は、時折シャルが化粧をしてくれている為、目立ちはしないはず。
そんな中、デメテル様は良い機会だ、と言いながら、別の展示スペースへ行かせろと言う。
たどり着いた先は、小さな布が沢山置かれてい棚であった……。
改めて考えると、本当に今更の話なのだけれど、今まで気が付かなかった僕も悪いのだけれど、デメテル様がこの姿になった時に、必要無いと伝えたにも関わらず、無理矢理母様が用意してくれた、あの時以来、すっかり忘れていたのだ。
デメテル様を操作している時も身に付けていることを。
それは、今も大胸筋と大臀筋を締め付けている。
僕は固唾を飲む。そして、女神が望む、其れを。
手に取った……。
まさにこの世の最高神が与え給うたのだと僕は悟る。
黒の細い糸を使い、1本1本、丁寧に編み込みながら、その最高神たる職人は、極上とも言える、その柔らかな双丘の桃を包む大きさに仕上げ、小さなへその窪みのその下に、丁度よく位置取る様に、白の小さなリボンがさりげなく飾られている。レースの細かな網目模様の中には、いくつもの花の形を作り上げ、職人は最後の力を振り絞り、最高の造形美へと整えていったのだ。
と、僕は想像する。
更に僕は手を伸ばす。先程のレースの神の遺物。それと同じ模様で、肩紐から繋がった胸の双丘を隠す様な形をした布地。同じく双丘の中央に白のリボンが飾られた、その遺物に。
「おぉ……! 神よ……! 最高神たるゼウスよ! 我、神の奇跡に祈らん! 主よ、我にこの美しき奇跡を与え給え!」
祈った。心の底から、寮部屋が揺れるほど、声を大にして祈りを捧げた。理性等、この出会いの瞬間に壊れていた……。
「えぇと、その2つもお買い上げで良いの?」
これは持って帰ります! と、店員のメモに走り書いた。店員はなんだか苦笑いをしながら包んでくれ、僕は店を後にする。
……僕は走る。ひたすら走る。脇目も振らずに。
(――アム!)
(ウィリアム!)
……!?
(やっと気が付きおってからに、壊れるにも程があるわ! しかもじゃ、妾では無く別の神に祈りおうて! 天罰を与えるのじゃ!)
僕は何が起こったのかわからない。いや、思い出さなければいけない気がする。
あぁ。主よ! 僕はなんてことをしてしまったのでしょう。
(おぬし、確かに中身は成長しておるのじゃが、どうにも、必要な経験を飛ばしすぎたせいか、反動が大きすぎるわ!)
デメテル様のせいじゃないですか!
(おぬしには、もう少し歳相応で、純粋な経験が必要そうじゃな……。何がきっかけで壊れるか、妾にも分からぬわ)
兎に角、少し落ち着こう。走っていた途中に公園があったとデメテル様が教えてくれたので引き返すことに。
公園ですか? 何も見えなくなる程飛んでしまってたのですね……。
自分で歩いているわけでもなく、僅かな魔力しか使っていないので、そこまで疲れている訳でもないけれど、心の疲労感が凄かった。
勿論、デメテル様は疲れという感覚すらないので、僕が落ち着くのを待っていてくれるだけ。
(にしても、声が出ないのも不便じゃの)
まあ、仕方ないんじゃないですか? そのうち当たりの素材が見つかるかもしれませんし、今のところ、低位の魔物は論外ですけれど、2回も変化出来たのですし、また見つかりますよ!
あれから、何度か少女人形に、融合と言えばいいのか、合成とでも言えばいいのか、を行ってはいるけれど、何れも失敗で終わってたわけだ。
それから、30分程心の安らぎを求めて公園の光景を眺める。
公園の人通りは多く、様々な人々の会話が楽しめる。子供の泣き声や、愛を囁く、クリス先輩の様な、ナルシスト風の人だったり、兵士と揉めている荒くれ者までいる。
やっぱり、治安悪くなったのかなと呟く。
ところで、デメテル様、この後は行きたい所はありますか? と尋ねると、本当は行きたい所があったそうだけれど、先程の僕の様子を見て、諦めるとの事だ。デメテル様曰く、身体は割と整ってきたが、また、精神が壊れるかもしれぬ。と言っている。
意味深な気もしなくもないですが、どゆことでしょう。
性的興奮するような所ではない、とだけ教えてくれたデメテル様。なんだか煙に巻かれたようだ。
そんなやり取りをしている時、人影に囲まれている事に気が付き、上を見上げる。
「やぁ、嬢ちゃん、独りでなにしてんの?」
「わるいんだけどさー、俺達と来て欲しいとこ、あんだよ」
「ちょっとつきあってねー」
僕は、急に大男の4人に囲まれる。いや、デメテル様が囲まれる。片腕を急に捕まれ、無理矢理歩かされるように、連れていかれる。
付近にいた兵士達は、どういう訳か、いつの間にか消え去っており、声も出せない少女デメテルは、僕が動かさなければ、そのまま連れていかれることになる。
(おぬしよ、妾に、少しだけ付き合って貰いたいのじゃが良いかの? 今後、おぬしを魔法抜きで、守れるか試してみたいのじゃよ)
人の形になったデメテル様は、簡単に言えば、物理的に身体が耐えれるのか? というのを試してみたいようだ。とは言え、動かすのは僕なので、悩んでしまう。
(長耳娘の動き位なら、まだ覚えておろう? ちょっと真似るだけで良い。酷い事になりそうなら、直ぐにでも、逃げ出して構わぬよ)
確かに、移動の速さは、とてつもない速度を出せるので、逃げ出すことは簡単だ。でも、上手くいくのだろうか。
なるべく使いたくないけれど、危険になったら、魔法使うしかないかな。考え覚悟を決める。
なんとしても、件のあの下着だけは守らないと!
(カカッ! 其れだけ余裕なら大丈夫そうじゃ)
連れて来られたのは、貧民層が住んで居るであろう、貧祖な建物が多い一角の、空き家のような建物。
中には、10人位の男と、3人の女がおり、奥から複数の、すすり泣く声も聞こえる。
何人か……、公園か商店街で見たような気が。
「嬢ちゃん、悲鳴とかあげないけど、肝座ってんのな」
「その箱。なにはいってんのー?」
「…………」
答えようもないというか、伝える手段が無い……。
「なにかしゃべったら? いーよー、俺達そこそこ優しいからさー」
「おーい」
無視している訳ではないのだけれど、そう感じたようで、数人の男が段々とイライラしている様子だ。
「まあ、いーや。この街って奴隷禁止なの知ってる? でも、悪い人って何処にでもいるんだよ」
「嬢ちゃん、全く抵抗しないから楽だわーって、下着じゃん、これ。クハハッ!」
(奥にいる、泣き声、見に行っても良いかの? 多分誘拐か何かで、連れてこられてるんじゃろ)
「これから、嬢ちゃんを買ってくれる、豚の土産にはいーのかもしれねーな! ククク」
「明日、王都まで連れてくけど、それまで、大人しくしててくれば、俺達は何もしねーよ。値段下がるからな」
男たち女たちは、下卑た目で大笑いをしている。僕は、目の前の豚さんに苛立ちを覚えてしまった。
デメテル様、ここにいる人達が豚に見えてきました。様子を見てからというより、さっさとやってしまいましょう。あと、思い出しましたよ、街の兵士が数人混ざってます。
(ふむ、そうか。ならそうしようかの。とは言っても、屠るのはおぬしじゃがの! カカッ)
と、デメテル様と微笑しあいながら確認をとる。
「じゃ、奥までついてこ――」
ローリーの回し蹴りを真似て、溝落ちに1蹴り。
「おま――」
「ガキが……舐めてると潰すぞ――」
悪党らしい台詞を吐く2人の大男へ、顬への肘鉄からのかかと落とし。
コノヤロー! 等と叫びながら、飛びかかってくる大男たち。自慢の超速度で急所へ次々に当てていく。
うーん。弱い? と言うより、デメテル様が強すぎるのか? と、あっという間に気絶していく悪党共。一応、女悪党は、首を叩き気絶させとく。
呆気ない。味気ないと言った方がいいのだろうか。
声をかけるが無反応なデメテル様。一先ず奥のすすり泣く声を確認しにいくと、数人の少年少女、長耳族に、恐らく魔人族。犬? ぽい人種まで捉えられており、多種にわたっていた。可哀想に……。
驚いたのは、小さな箱に入れられていた、空飛ぶ人間? キラキラした羽が生えている存在が居た。
(……いる訳も無しか)
何か探してたんですか? と尋ねるもやはり返事をしないデメテル様。先程から何かあるのだろうか……。
(其れよりも、こやつらをどうしたいとかあるか?)
兵士が混ざってるので、困りましたね。とりあえず、エルリーネ様に相談してみます。と伝え、攫われたと思われる子供達には、声を掛けられないので、可哀想ですが、一先ずそのままにしておく事にする。
本日2度目のエルリーネ様。
・・・また女神様が何か欲しがってるの?
あ、いえ。と言いながら、事の顛末を説明していく。兵士が混ざっていた為、エルリーネ様へと連絡したことを伝えると、正しい判断と褒めてくれました。
現場には、少女姿のデメテル様しかいないので、会話は成立しない事を説明しておく。
暫くして、騎士を大勢引き連れて、シュトレーゼ様が来てくれた。犯罪者と監禁されていた人達全員が、一旦、辺境伯家預かりとなり、事情聴取等、大忙しになりそうだと、シュトレーゼ様が呟いていた。
「聞こえてると思うけれど、その大切そうに握っている、女性ものパンティーとブラジャーはなんだい? ねぇ、ウィリアム? くく」
僕達は、目にも止まらぬ速さで、現場から逃げ出した。でも、シユトレーゼ様、何か企んでた目だよなぁ。
数日後、僕達は、辺境伯邸へ強制召喚されたのであった。
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