第1章7 2人にとっての決闘

 魔法学園闘技場は、騎士学科が主に使っているが、僕達のように、条件付きだが、決闘場所としても使用許可が降りるみたいだ。例えば講師が見届け人にならなければいけなかったり、安全性に問題がないかなど。


 先程の様子を見ていた生徒達は、瞬く間に話を広め、あっという間に講義の予定がない、暇な生徒達を集めてきた。何故か忙しいはずの生徒会メンバー達もいるが……。


 先に勝負を行うのは、シャルとローリー。2人のルールは木剣勝負となった。


 シャルの体質からすれば魔法勝負が良さそうなんですけどね。何か策でもあるのでしょうか?


 ブリジット先生がルール確認を行う。


「どちらかが降参するか、私が止めるまで。魔法を相手にぶつけてはいけない。殺してはいけない」


「「問題ありません」」

「では、はじめ」


 互いに睨み合うシャルとローリー。円形闘技場をグルグルと回りながら隙を狙っているのだろうか……。


 先に飛び出したのはローリーだ。


 おー、はやい! そんな声が聞こえる。基本的にはほとんどの生徒から愛されている、シャルロッテ会長への声援が多い。


 シャルの人気が凄い。日頃から愛嬌が良いですしね。何よりも可愛いのだ。


 ローリーは、かなりの速さでシャルを追い詰め、シャルは防戦一方。常に後方へ下がりながら、すれすれでローリーの剣技を躱す。防具は付けているものの、当たりどころが悪ければ、骨折も必至であろう。それほどローリーの攻撃は凄まじい。


 講義で学んだ内容ではあるが、聖系魔法で身体強化があるのだけれど、もしかして、ローリーはそれを使っているのでは無いだろうか? と、思えるほど人間離れというか、長耳族の特徴なのだろうか……。


 会場の声援は、次第に悲鳴へと変えて、シャルの息も切れ切れのようだ。


「なー、会長さんよ、弱すぎるし飽きてきた。負けを認めた方がいいんじゃねーの?」

「……ふんっ」


 防戦が続き、かなり不利な状況ではあるが、それでもシャルは諦めない様子。それが癇に障ったのか、さらにローリーの速度が上がる。


 と、そこで……


「ごふっ!」


 ローリーからの木剣による薙ぎ払いを、すんでで躱したシャル。だが、ローリーは体勢を翻しシャルの溝落ちに足蹴りをめり込ませた。其れをもろに受けてしまったシャルは、宙に吹き飛ばされ地面を転がされる。


「シャル!」


 これ以上は無理だと感じた僕は、ブリジット先生に直ぐに試合を止めるよう目を向けるも、首を振られてしまった。


 なんで……!?


「あらら? まだ止めねーの? 仕方ねーな」


 トドメを刺しに歩きよるローリー。うつ伏せのシャルの背中目掛けて木剣を振りかぶる。


――闇上級闇縛術スキアガーディオ


 そして、ローリーの時が止まった……。


「おい、何しやがった、テメー」


「ふふっ。お忘れですか? 『魔法をぶつけてはいけない』というルール」

「見届け人! ルール違反だろ!」


「油断のし過ぎでしたわね? ざんねん」


 なんだ?どーした?という場外のどよめきが起こり、ローリーはブリジットへ怒鳴り散らす。


「終わりですわ? さようなら」


 シャルはローリーの影を踏みながら、小さな身体で、ローリーと同じように木剣を大きく振りかぶる。


「そこまで。勝者。シャルロッテ・ウィンチェスター」


 暫しの沈黙。シャル様ー!シャルロッテ姫ー!大きな歓声が沸き起こる。ローリーは、理由が分からずブリジット先生へ詰め寄るが、先生は相手にしていない様子。それでも尚、食い下がる為、大きく溜息をつきながら説明した。


「あの子は君の影を縛った。だから君は動けない。だから負けた。終わり」


 (あの娘もやりおるわ! カカッ! 娘の父親と同じ闇特化の素質のようじゃわ)


 要はそういう事だ。恐らくシャルは『魔法をぶつけてはいけない』に拘ったのだろう。ローリーの影を踏むまで我慢してたのだ。捉え方いうか、解釈の仕方は色々あるだろうが、ぶつけてはいない。ただ影を踏んだだけ。其れを言われたローリーは、木剣を投げ飛ばし、怒りの形相をしながら闘技場を出ていった。


「シャルっ!!」


 僕はローリーからシャルへ向き直すと、シャルはその場で倒れ込んでおり、すぐ様駆け付ける。


 彼女は、青ざめた顔色で、大丈夫ですわ。少し無茶をしてしまいました。と呟き目を閉じた。


 (大丈夫じゃ、寝ているだけじゃ)


 闘技場の壁に立てかけている、女神デメテルが語りかけてくる。僕はシャルを担ぎあげようとするも、非力な僕では動かない。其れを見た生徒会メンバー達が駆け寄ってきて、僕達が運びます! とシャルを医務室へ連れていってくれた。


 僕もついて行こうとするが、ブリジット先生に止めらる。あの子は君を守った。君も守るべき。と。


 其れを見ていた1人が、キザったらしい1人が、拍手をしながら寄ってきた。


「いやいや、素晴らしい。ハワード君は随分と会長に大切にされているようだ」


「貴方には関係のない事です」


「いやいや、何を言うのかね? 私の婚約者の友人なのであろう? 君は。なら私の友人でもある。そうだろ?」


 怒りが湧き起こる。こんなことは初めてだ。勝手に決闘を申し込んできておいて。


 一瞬で終わらせます。容赦しません。


「ウィリアムの体質上、人形を使わないと魔法が使えない。問題ない?」


「えぇえぇ、問題ありませんとも」


「そう。どちらかが降参するか、私が止めるまで。殺してはいけない。魔法は中級まで。魔導具の装着に問題は?」


「「問題ありません」」


「障壁があるから問題無いと思うけど、多少の痛みはある。無茶はしないように。では、はじめ」


 マリオネットを前方に展開し、瞬時に魔力を込める。


――風中級……


――水中級水泡術アフロース


 今回、障壁魔導具がある為、効果を確認してから決闘に挑みたかったが、痛みの軽減という能力を信じるしかない僕は先手を取りに行く。


 兎に角クリストファーより速く詠唱を行う。


 下級魔法だと高速弾の様な、直線的な攻撃になってしまうので、障壁に防がれることを考えると使えない。なので今回の作戦は防御で使うことが多いが、水泡で身動きを止める作戦だ。


 クリストファーを、水泡で包みながら大きさを増していく。一秒もかからず直径はゆうに10メートル程に膨れ上がり、クリストファーの前方に展開された障壁ごと飲み込んでいく。クリストファーは息が出来ずにもがき始める。粘性の強い水泡がクリストファーの身動きを封じ……


「それまで。勝者。ウィリアム・ハワード」


 僕は魔法を止めれない。


「おい! ウィリアム!」


 ブリジット先生に腕を強引に捕まれ僕は、はっ! と、正気に戻り魔法を止めた。僕はクリストファーを見るや、息切れ切れで顔は真っ青になっていた。


「すみません。やりすぎました」


「君、ボクを学園から追い出したいの?」


 観客席は静まり返っており、やりすぎた事を再度実感する。僕はブリジット先生に謝り、クリストファーへと歩みを進めた。


「先輩。大丈夫ですか?」

「…………」

「すみませんが、シャルについては諦めてください」

「…………」

「僕が勝ったので、契約? の話ですが……」


「あぁ、出来ることは何でもしよう……」


「そうですか。ちなみに、先輩はローリーさんとお友達なんですよね?」


「あ、あぁ。そうだが」


「では、来週2日間で良いので、2人を拘束させてください。それだけで結構です。あ、あと決闘はもう仕掛けてこないでくださいね」


「……わかった。約束する。2日間は何をするんだ?」


「僕とシャルの課外授業に付き合って貰います。ローリーさんにも伝えておいてください」


 そう告げた僕は、クリストファーを横目に、ブリジット先生に付き添ってもらい、シャルのいる医務室へと向かった。


「君はホント問題児だ。疲れるよ」


「えぇ!? 僕は勝手に決闘を挑まれただけですよっ?」


「……それでもだ。キミのおかげで、生徒会長までボクに頼み事してくる。面倒臭い……」


「なんか、すみません……」


 医務室へ着いた僕達だが、生徒会メンバーが入口を塞ぎ、通さないつもりのようだ。シャルの状態を確認すると、医務室担当医は問題無いと言っていたそうなので、生徒会メンバーに、シャルが起きたら念話してと伝えて欲しい、とお願いしその場を後にした。


 今回の騒動で、課外授業のチームメイトを得ることになったけれど、無理やり友達を作ってチームを作ったり、シャルロッテ親衛隊や、生徒会メンバーを入れて気まずい思いをするより、2日間は勝者として接することが出来る方が、何となく気が楽だ。


 きっとシャルも理解してくれるでしょう。


 その夜シャルから念話が飛んできた。


・・・ご迷惑お掛けしました。

・・・何言っているんですか? 僕の為に怒ってくれたんですよね?


 少しの沈黙の後。とりあえず勝てて良かったです! と、喜んだシャルの声を聞き僕は安堵する。その後はシャルに、あの後クリストファーに提示した契約の内容を伝え、それをシャルも了承してくれた。ローリーは少し心配だけれど、万が一襲ってこようものなら、容赦無く魔法をぶっぱなしますよ! とシャルに言うと、クスクス笑っていた。


・・・ところで、課外授業の前に、1日お付き合いして頂けませんか? アメリアに付き合って頂く事になるとは思いますが。


 勿論ですよ! と答え、何をするんですか? と尋ねても、当日までの秘密です。と返答され念話を終えた。


 アメリアさんか、となると学園外ということでしょうか。よく考えたら、バター焼きの日以来になるんですね。時間早いなぁ……。


 週が変わり、シャルとの約束の日。学園までアメリアさんと、なんとシュトレーゼ様が迎えに来てくれた。今回は見えない護衛では無く、ちゃんとした護衛騎士達です。何だか緊張します。


「やぁ、シャル。ウィリアム。元気そうだね。くく」


 シュトレーゼ様は相変わらずの調子である。今回は2台の馬車で移動するが、回りを護衛が囲んでいる為か、住民達は横へ横へと移動し、此方に会釈をしている様子が見える。


「ごめんなさい、ウィル。こんな事になるとは」


「ちょっと驚きましたけれど、改めてお二人は偉い方なんだと実感致しました」


「…………」

「ウィリアム? そうやって突き放すのは辞めてくれないか? 未来の義兄なのだよ?」

「お兄様つ!!」


「はぁ……。やれやれ……」



 シュトレーゼ様は両手を上げ肩を竦め、アメリアさんも大きく溜息も漏らす。


「……ははは」


 僕は苦笑いをするしかなかった。


「それで、何処へ向かっているんですか?」


「なんだ、シャルは伝えてないのかい?」


「……はい」


「なら、付いてからのお楽しみということなんだろう、街でも眺めてるといい」


 シャルは行き先を教えてくれず、シュトレーゼ様はそれから黙って外を眺めていた。


「ウィル? 付きましたわ」


 馬車から降り辺りを見回す。目の前には、様々な模様をした壁に、極太の飾柱、何かの石像等が並んだ大きな建物が聳えている。


「な、なんですか、この建物……」


「コンサートホールだよ、ウィリアム」

「コンサート?」


「シャルの希望でね。ちなみに、夕食は今からのイベントが終わってからになるが、構わないかい?」


「はい……」


 僕は唖然としながら建物へ吸い寄せられていく。


「ドンッ」

「あ、申し訳ありません」


 上を見ながら歩いていた僕は、通行人にぶつかってしまった。


「ウィル、エスコートしてくださるかしら?」


「し、したこと無いのですが……」


「お手を繋いで歩いて頂くだけで結構ですわ?」

「くくく……」


 恐らく、シャルの心配りなのでしょう。僕がキョロキョロして人にぶつからない為の……。恥ずかしい。


 建物内に入場した僕達は、貴賓席なる個室に入る。目の前に広がるのは、大きなステージと数多くの座席。ステージ中央の奥には大きな大きなパイプオルガン。


 あぁ、デメテル様の知識にある……。と内心思い出しながら、隣のシュトレーゼ様や、シャルと同じく大人しく時を待つことにした。


 (妾も人の身で来る事はなかったのだが、楽しみじゃの)


 なんだかデメテル様も期待している様子。続々とステージ上の座席に人が座り始め、手には様々な楽器を持っている。


「ウィル。始まりますわ」


 最後に老齢の男性がステージ中央に陣取り、細い棒を上に掲げる……


 それは音の洪水とでも言えば良いのか、様々な楽器から音色が奏でられる。時に大きく。時に静かに。


 あの多くの人達が、息乱さぬ動作で1つのメロディーを作り上げていく。


 どうやら、『指揮者』というステージ中央にいる人物が、全体を統率しているように見える。


 ウィリアムは思い出す。初めてサーカス団を見た時のあの興奮を……。


 単位を取り終えたら、少しずつ夢に向けて動きたいな……。


 その長くもあり短くもあった時間は、暫くぶりの充足感で満たされたのであった。


「いや、素晴らしかったね? ウィリアムはどうだったかな?」


「はい! 本当になんと言えば良いのでしょう、表現出来ません! ありがとうございます」


「ははは。それはシャルへ伝えるべき言葉だよ」


「あ、はい。シャル。こんなに素晴らしい時間を頂きありがとうござました。この日は決して忘れません!」


「大袈裟ですわ? また聴きたい時は何時でも仰って下さい? わたしくしもまだ小さい頃にしか来たことがありませんでしたが、同じく感動致しました」


「それと……、これは……、1日早いですが、誕生日プレゼントですわ」


「えぇと、これは?」


「ウィリアム、先程の指揮者が持ってた指揮棒だよ。見えてただろ?」


「なんと! シャル! ありがとうございます! 大切にします!」


「……いえ。小さなクリスタルも埋めてありますの。ですが、時間が無かったので、腕利き職人の製作ではありませんが……」


 (頂き物のクリスタルですが、ウィルとお揃いですわ!)


 僕には聞こえなかったが、シャルは独り言を呟きながら、軽く拳を握って、何やら喜んでいる様子……。


「と、とんでもございません! 高級品など、僕には身に余るものです」


「そ、そうですか……? 喜んで頂けたのならわたくしも嬉しいですわ! フフフフ……」


 そうシャルに祝って貰い、僕達はかなり高級そうなレストランで食事を終え、学園へと帰ってきた。


 暫くシャルの元気が無かったが、今日は何だか元気を取り戻した様に見え、僕も気分が高揚した。


 久しぶりにシャルが笑ってた気がします。ところで、なんで指揮棒だったのでしょう?


 寮部屋へ戻ってくると、父様母様からも手紙が届いており、お祝いの言葉と謝りの言葉が記されていた。


 謝ることなんてないのに……。


 どうやら、あの大きなオートマタを誕生日プレゼントにする予定だった父様が、気を焦りすぎて渡してしまったとのことが書かれていた。父様らしいと言えば父様らしいです。他は兎に角マリーの事ばかりが書かれており、少しずつ父様に似始めたことであったり、玩具に興味を持ち始めたり。


 そういえば、最近家に帰る機会減ってる……?


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