第1章6 シャルロッテの憂鬱

――シャルロッテ・ウィンチェスター――


 ダーレン王国アーノルド・ウィンチェスター辺境伯の長女。サウザンピーク魔法学園生徒会長。現在6歳


 彼女は今2つの悩みを抱えている。1つは、来週ウィリアムが5歳の誕生日を迎えるにも関わらず、何も準備が出来ていない事。


 もう1つは、同じく来週から行われる魔法学科の課外授業が、4人でチームを組まなければならず、誘う相手がウィリアムしか思いつかない事。


 ――生徒会室にて


「本日の議題ですが、わたくしに決めさせて頂きます。異論ございませんわね?」


「勿論でございます! 姫様!」


「では。皆様もご存知かと思いますが、ウィリアム・ハワードが来週5歳の誕生日を迎えます。そこで、何を贈ると喜ばれるのか。殿方としての意見でも、魔法使いとしての意見でも構いませんので、それぞれ出し合ってくださいませ」


「……恐縮ではありますが、生徒会となんの関係が……?」

「お黙りっ!」

「っひ!」


「…………」


「で、では、私から……。僭越ながら。馬というのは如何でしょうか?」


「バカにしてらっしゃいます?5歳でどの様に乗馬する方法がおありで? 却下です」


「では、自分も。音楽団の演奏会へご招待するなどは?」

「「おー!」」


「なるほど、他にはございますか?」


「それこそ似ておりますが、演劇のご招待……」


「悪くないですわね」


「ひ、姫様との将来をお約束する権利……」

「「「何を言っているのだね君はっ!」」」

「お、落ち着きなさい! ウィルとの将来……、ゴクッ……」

「姫様! お気を確かにっ!」


「え、えぇ……。ほ、他にはございますか?」


「よろしい。では、本日は解散とします」

「「え? 予算の話が……」」

「解散します!」

「「「……」」」


 シャルロッテは初めて権力というものを乱用していた。


 ――とある研究室にて


「失礼いたしますわ」


「あら……。生徒会長」


「御機嫌よう。先生」


「どうしました?」


「先生、急なお話ではありますが、ハワード君が貰ったら喜ぶ物をご存知では御座いませんか?」


「……え、はぁ?」

「いえっ……! ですので、ウ、ウィリアムの喜ぶ……」


「なんで、ボクに聞く?」


「せ、先生はウィルの師匠と聞き及んでおりますので……」

 (はぁ……。面倒臭い)

「…………」


「生徒会長は上流貴族の令嬢。そろそろ婚約相手が決まる頃。いいの?」


「え、えぇ! ご友人なのですから関係ございませんわ!」


「ふーん。なら校庭の噴水の周りに答えがあるんじゃない?」


「噴水ですか? そ、そうですか。ありがとうござました。失礼いたしますわ」


 (……面倒くさい)


 シャルロッテは初めてこの先生と講義外での会話をしていた。


 ――校庭噴水前広場にて


 (……花しか見当たりませんわ。ウィルに花ですか?)

 (花、花壇、噴水、蝶々、花畑……。お、お花畑!?)

 (あの、おば――にやられましたわ!)


「ねぇ、あそこにいるの会長よね?」


「そうだね、何してるんだろう?」


「なんか、ブツブツ呟いてる……」


「ありゃ、走って行っちゃった。なんか怒ってた?」


「かなー?会長にだってそういう時もあるよね!」


 シャルロッテは初めて屈辱という感情を知った。


――――


 今日は夕陽が綺麗で雲ひとつ無く、非常に天気が良い。夕食には早いので、軽食として買ったパンが入った袋を片手に、学園の校庭広場へ向かっています。


 さてと、何処か空いてる場所は無いでしょうか? そう呟きながら広場の長椅子に向かう。


 すると、生徒達の数人が、ざわめきながら話している姿が目に入り、何となく聞き耳をたてながらパンを取り出し、長椅子に腰かける。


 ――なんか、会長凄い怒ってたわね。何かあったのかしら?


 生徒の1人が、シャルについて話している様子。この学園で会長と呼ばれるのは、シャルしかいないので、それがシャルのことだとすぐわかる。


 暫く会話を聞いていると、どうやら花壇の周りを、ウロウロしてたと思ったら、急に怒気を含み、きぃー! と声を出し走り去って言ったようだ。


 最近、僕は、シャルが情緒不安定だったことを気にしていた。話しかけても上の空の日があったり、かと思えば、空き時間を見つけては僕のところへやって来て、万遍の笑みで語りかけてくる日があったり。


 初めて会った時は、もう少し棘のある性格だったと僕は思い返す。


 (そういう年頃なのじゃろうて、おぬしは一気に老けてしもうたから、わからぬと思うがの……)


 老けたとは言っても、体感的にはここの上級生と同じくらいと思いますけど? と、女神デメテルに言い返す。


 (まあ、そうかもしれぬが。妾も歳を重ねる感覚はとっくに忘れてしもうたからの。カカッ! それより、いつだかのオートマタの話を聞きに行くのではなかったかの?)


 そうなんですけどね、天気も良いですし、もう少し休憩しようかと。勿論この後向かいますけど。


 それに、今年の単位も来月か再来月には取り終わりますしね、少しペースを落としても良いかな? って思ってるんですよ。結構どの生徒も、のんびりしているんですよね。


 多分、シャルも予定を詰め込みすぎだったのかも知れませんね。


 暫くポカポカの夕陽を楽しみ、校庭でのんびりした僕は、以前預けたオートマタの話をしに、研究室へ行くことにした。


「ブリジ――って、シャル来てたのですか」


「あっ、ウィル。え、えぇ。ブリジット先生に御用がございましたの」


「魔導具の相談ですか?」


「えぇ、そんなところですわ! では、わたくしはこの辺で……」


 シャルは目も合わせず、逃げるように走って行ってしまった……。


「何かあったんですか?」

「さぁ?」


 それよりも、と話題を変えるブリジット先生。ミニオートマタを調べてくれていたので、その内容を教えてくれるようだ。


 先ず、父様の作る帝国製オートマタは、3種類の金属が主な素材で、魔物素材と魔石は、比較的何処にでもいるような魔物を使っているとのこと。都市の素材屋でも手に入るそうで、特殊な能力もないとの事だ。


 次に、このオートマタに僕の能力を使って動くかどうかは、やはりと言うべきか、僕の能力がわからない為、先生にもわからないとのこと。試しに、先生は、同じ金属を使い、魔石を組み合わせずに、小さなクリスタルと魔物素材を入れたオートマタと、クリスタルだけを入れたオートマタ。何も組み合わせていない金属だけのオートマタを準備してくれていた。


「この3つ、動かして」


 そう言われた僕は、クリスタルと素材入りのオートマタに魔力を流してみる。すると、今まで『操作』をしないと動かせなかった僕の人形操作の力とは違い、勝手にウロウロする仕草を取り始めた。内心かなり驚いたが、次っ。とブリジット先生に促された為、クリスタルのみのオートマタを動かす。


 すると、これも同じように『操作』をせずとも、動こうとはする、が、倒れて動かなくなってしまった。


 さらに、次っ。と言われる。最後のは全く動かなかった……。


「ふーん。わかった。これ、ゴーレム? に出来る?」


 ブリジット先生は、鉄と思われる金属を手渡してきたので、何時もの通りやってみる。


 うわ、かなり魔力注がないといけなさそう。と思いながらも、やっとの事で創り出したのは、金属の小さなゴーレムになった。


 不味い。ちょっと目眩がする。


「ありがとう。今日はもう平気。あと、君のお父さんって金持ち? この国って割と金属高い」


「どうなんでしょ? でも、先生も念話魔導具にも、今回も、惜しげも無く使ってくれたじゃないですか?」


「……学園からも研究費でるし、問題ない」


 何時ものように、シッシッと帰るよう手を振られた為、僕は研究室を後にする……。


 研究室から出て寮部屋へ向かっている際に、魔導具が光り、念話が飛んできた。


・・・先程はすみません。


 シャルは、先程いそいそと研究室を出ていってしまったことを謝っているようだ。


・・・ところで、来週の課外授業のメンバーは決めてしまいましたか? わたくし、まだどなたともお約束をしておりませんので、良ければご一緒して頂けませんか?


 何だか元気の無いシャルロッテさん……。心配だな。

 

 未だに友人と呼べる間柄の方がいない僕は、その事をシャルに告げ、快く返事をする。残りの2人はお互い心当たりが無いので、学園内の入り口付近にある、掲示板でも見てみましょうと誘った。


 ここの掲示板は、所謂、何でもありの使い方が出来る掲示板で、主に研究仲間のお誘いや、運動競技仲間の募集、上級生ともなると魔物狩りチームの募集等もある。


「騎士同士の決闘申し込みなんてのも有るんですね」


「えぇ、本当に何でもありですわね……」


「期限ギリギリですし、中々無いですね」


 普段から講義ばかり受けている僕達は、ほぼ他生徒との交流が無い。シャルに関しては、妄信的に付き纏う親衛隊や、熱狂的な生徒や生徒会メンバー。とてもじゃないが、友人とは言えないそうだ。


「ねぇ、ウィル? これ……」


 シャルが見つけた1枚の募集文

 えーと、なになに……?


――ハワード君、我等との勝負を受けたまえ――


 1対1にて木剣勝負か、障壁魔導具を装着した状態での魔法勝負

 勝敗は片方が降参するか、見届け人の判断にて

 我バートンが勝者の場合、会長との将来を貰い受ける

 我ブラットが勝者の場合、ハワードを従属させる


――2回生 クリストファー・バートン

――2回生 ローリー・ブラット


「何ですか……。これ……。噂の会長狂信者か何かでしょうか。こんなの誰が付き合うんですか……」


「この、バートンさんという方。たしか、一度挨拶を受けましたわ。確か、王都直轄領地の一部を治めている伯爵家の御令息だったかと。どういう訳かこちらの学園にいらっしゃったようですわね」


「ローリーさんはわかりますか?」


「いえ、存じ上げません……。女性? のようですけど」


「それにしても、かなり強引ですね。貴族の婚約って決闘でも受け付けるのですか?」


「今は廃れたと思いますが、昔は、余程の序列に開きが無い限りは認められたと、歴史講義で聞いた気がします」


「受けないとどうなるんでしょうね?」


「昔の流儀に習うのであれば、負けを認めると……」


「えぇ……。勝手ですね……。受けないと、シャルの婚約者として振る舞われるという事ですよね。辺境伯様に言いつけてしまいましょうか」


「……ですが、ウ、ウィルなら問題ないですよね?」

「問題あり過ぎです! シャルの未来がかかる勝負なんですよ?」


「…………」


 (カッカッカッ! そなたが、この者らを屠ってこの娘を守れば良かろう! 丁度良い事に、そなたが勝ったら、課外活動とやらに連れていけるのではないか?)


「うーん……」


「ど、どうしました? ウィル」


「――と、デメテル様が言ってるのですが、どぉ思いますか?」


「どぉ、と言われましても……」


 (ウィリアムは鈍い子じゃのお……)


「むむむっ……。ち、ちなみに、障壁魔導具と言うのは何でしょう?」


「確か、身体に当たった衝撃を無くすとか、減らすとか、と、聞いた事がある気がしますわ……」


「ふーん……。そうですか。でしたら条件付きで受けてみましょう。放置すると負けとなる可能性が高そうですし」


「条件ですか?」


「勿論僕は、マリオネットであるデメテル様を使わなければ魔法が撃てませんからね。それが条件です。それに一応考えもありますし。どちらにしても、日時の記載もありませんし、明日にでも、一度お会いしてみましょうか」


「そうですか……。わかりました」


 シャルを賭け事の景品みたいな扱いをする貴族様ですか、そうですか。お望み通り叩き潰してしまいましょう!


 翌日、2回生が集まる集団に、例の2人が何処にいるか尋ねたところ、大体2人とも屋外訓練場にいるとの情報を得てシャルと僕は向かった。


「これを見て来ましたウィリアム・ハワードです」


「やぁやぁ! ハワード君。待ちくたびれたよ。やっと受けてくれる気になったのだね?」


「いえ、昨日見たので……」


「そうかそうか! それは済まなかったね。それで今からで良いのかい?」


「いえ、条件と言いますか、それ等の確認をしに……」


 クリストファー・バートンらしき人物は、自信満々のようである。


「おい、チビ。なに日和ってやがる。すぐ終わるんだ、さっさと決闘を受けやがれ」

 (ブチッ……)

「ちょっとそこの貴女? 何様ですの? 勝手に決闘申し込んでおいて、その態度はなんなんですの!?」


 あっ、不味い、シャルがキレた……。


「おう、会長さんじゃねーか! 後ろに隠れてるから誰かと思えば笑えるな。それとも、そこのチビの代わりに会長さんが相手してくれるのかい?」

「ええ、ええ、構いませんことよ? その長い耳に鎖を付けて、お望み通りの従属扱いをして差し上げますわ?」

「おう、良い度胸じゃねーか! ただのご令嬢って訳じゃねーみてーだ。会長さんが負けたら、そこのハワードはオレが従属させるからな」


 何処の戦闘狂ですか! 乱暴な口調の、長耳族のローリー・ブラットと思わしき人物は、戦えるなら誰でも良いのか、シャルと決闘の段取りを始める……。


 って、お互いが賭けの対象?


 (カッカッカッ! お主ら愉快なのじゃ!)


 こうなっては仕方ないので、僕も覚悟を決めて、クリストファー・バートンとの決闘を受けることに。


 どうやら、卑怯な判定をしないようにと、見届け人は講師の中から、僕達で用意してくれとのこと。勿論、僕は頼れる人が1人しかいないので、ブリジット先生に頼み込んだ。


 は? なんでボクが? と、暫く文句を言われた。

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