第1章8 課外授業1

「君、課外授業の準備終わったの?」


「あ、明日でしたか。と言っても、宿泊の準備と僕の場合、マリオネットくらいですからね」


 魔法科と騎士科合同演習。この単位は、それぞれの科目を選択している生徒は、ほとんど強制的に参加となる。一泊二日で行われるが、講師陣は本営テントに陣取り、それぞれ生徒チームが、4人1小隊として活動する。大体の生徒が、魔法騎士や護衛騎士を目指しており、将来へ向けた軍事訓練とでも言うべき内容なのであろう。


「魔物素材。見つけたらで良いから持ち帰ってきてくれ」


 場所は、サウザンピークの北にある、港町リンブルドンから程近いメル大森林の一部だ。この辺りはサウザンピーク付近よりも安全で、魔物も低俗な者しか生息していない為、学生の活動にはさほど苦労が無いから選ばれてるそうだ。


 1回生組と2回生組は同じメンバーとして組める。この二年間は参加を目的とし、参加するだけで単位が貰える。3、4回生も同一メンバーで組むことができ、ただ、こちらは魔物討伐やメンバー構成等、割と厳しく採点されるそうだ。


 ブリジット先生から、必要な素材一覧表を渡され、部屋に戻る。僕は、大きな鞄へ荷物を詰め、普段の鞄からマリオネットを詰め替える。


 なんですかこれ? こんなものありましたっけ?


 普段使っている鞄の奥に、一枚の丸められた紙を見つける。何の紋章かわからないが、封蝋で止められており、見覚えのない僕は、ちょっと気持ち悪いと思いながら封を解く。


 インクが大分滲んでいるんですが、何でしょう……。


「セポネを諦めたの?」


 うーん。なにこれ気持ち悪っ!


 意味のわからない紙切れをポイッと放り、それより準備と、あとは、あの戦闘狂2人に伝えて、念の為シャルとも確認しておきましょう。

 相変わらず例の2人は屋外訓練場にいた……。


「こんにちは」


「やぁやぁ、ハワード君」

「……ああ」


「ああ。じゃ挨拶にはならないよ? ローリー」

「……はは」


――クリストファー・バートン


 王直轄領の伯爵家の3男。見た目は……。ナルシスト? キザっぽい雰囲気。髪は目も黒っぽい短髪。歳はシャルの1つ年上。魔法も使うが騎士科が中心。


――ローリー・ブラット


 長耳族。この種族は大人までの成長速度が兎に角、早いそうだ。暫く若いままの見た目を維持し、寿命の残り10年程で一気に老化が進むなのだとか。なので、彼女も7歳かな? 髪色は白っぽく銀色に近い。目は青色。こちらは、魔法を使うことがない騎士科専攻。


 「明日から2日間だけですので、よろしくお願いします」


 明日の集合場所やらを確認し、逃げるようにその場を後にした。ローリーが勝負しろと五月蝿……。


 次はシャル。女子寮へは行けないので、念話で良いかな? とシャルへ声をかける。が、生徒会かな? 忙しそうだったので、確認だけ素早く伝えた。


 ということで、明日の出発は早い為、食堂で夕食を取り、湯浴みをした僕は、早い時間に一人寝床に入る。

 このまま、部屋友出来ないで4年間過ごすのかな……。


 学園裏門近くの、目印にしていた、木の麓で待ち合わせをしていた僕達。どうやら例の2人はまだの様子。講義では着ることが無い、革での鎧に鉄の胸当てや肘当て。これが魔法科専攻向けの鎧だ。


 流石に着慣れていないこともあり、僕もシャルも恥ずかしいし、動きにくいしで、朝から気分下がり気味だ。


「やぁやぁ! お待たせしてしまったね」


「おはようございます。クリス先輩」

「…………」


 元気よく、相変わらずの挨拶をしてくるクリス先輩。と、横には長耳ローリー。此方も相変わらず不機嫌の様子。この2人は僕達よりも金属の面積が多い鎧を着ている。騎士科の鎧なのでしょう。


「言い忘れてましたが、2日間のリーダーはクリス先輩にお願いします」


「あぁあぁ、構わないさ。昨年も行ったしね。任せたまえ」


「ローリー先輩も構いませんか?」


「あー、それと先輩はいらねー」


「そ、そうですか。では、ローリーもお願いしますね」


 一通りの挨拶を終え、多くの生徒達が集まる裏門へ向かう。定時になったところで、講師の1人が説明を始め、魔法科は学園所有の何処にでもある荷馬車。騎士科は同じく、学園所有の農業で使うような馬に乗る。ちなみに、貴族の大半は、自信で所有している軍馬に乗り込む。一路は裏門から直結している、都市北門を出てリンブルドン方面へ。


「へー、馬まで学園は準備してくれるんですね」


「そうですわ、わたくし達の領地は、教養にかなり力を入れていますので、必要なものはちゃんと準備するのですわ。勿論……、馬質は文句は言えませんけれどね」


「確かに。維持費も凄そうですしね……」


「あ、普段は農地に貸し出しておりますわ。自前の方は、お家が負担しておりますわね」


「なるほど、流石は貴族様……」


 ここから約2時間かけ、リンブルドン近くの平原に向かう。途中、荷馬車横にいるローリーとクリス先輩が何やら話している。


「なー、去年こんなにすかすかだったか?」


「そうだね、私も同じ事を感じていたところだ」


 僕の故郷でもお馴染みの、今は青い麦畑を眺めながら話している様子。僕もシャルも農業には疎いため、どう酷いのかはまではよくわからないが、すかすか、という表現から察するに、実りが少ないのだろうと、僕は彼等と同じように畑を眺めながら、ただ、荷馬車に揺られている。


「そういえば、お母様が少し前に言っておりましたわ。今年か来年、農作物が高騰するかもしれないと言っておりました……」


 小声でシャルが僕に語りかけてくる。


 僕は、デメテル様が言っていた事を思い出す。クリスタルの消費が激しくなると大地が枯れると。


「シャル、今、この国で紛争? 争いなんて起きてるんですか?」


「いいえ? そのような事は聞いておりませんし、仮にそうだとしたら、のんびり馬車に揺られてる今がおかしい事になりますわね」


 言われてみれば、確かにそうか。うーん、納得。


 何となく暗い話題を逸らしたくなり、なんとなくのつもりで、僕はクリス先輩へ話しかけてみることにした。


「クリス先輩、現地に着いたらどうすれば良いですか?」


「おい、ちび、講師が言ってたの聞いてなかったのか?」


「ローリーさん? ご自分の立場を理解されてますか? わたくしに負けたのは何方でしたかしら?」


「ちっ……。そもそも、ちびに負けたのはクリスだ」


「へぇ。余程その長耳に鎖を付けられたいと言うことなんですわね? 騎士科というのは、随分と傲慢な方のお集まりの様で」


「シャル、別に僕は気にしてませんから」


 暗い話題を変えるつもりが、凍りつくような最悪の空気になってしまった……。


「これ以上身勝手な物言いをされるようでしたら、わたくしの権限を行使させて頂きますので、以後お気をつけください?」


 生徒会長シャルロッテは、辺境伯家でもある。明らかに学園の風紀を乱す行いへは、力でねじ伏せると言いたいようだ。一介の生徒が学園から睨まれてしまえば後の祭り。居場所等、簡単に無くなるのだろう。


「それと、もう一つ。ちびでは無く、ウィルには、ウィリアム・ハワードと言う立派な名前がございますので、お忘れなきよう」

「……ぐっ」


「会長、友人のローリーが、失礼をしてすみません。どうか私の顔に免じて――」


「貴方の顔ですか? 伯爵家と仰りたいのでしょうか? わたくしは辺境伯家ですが、それがどうかされましたか?」

「シャル落ち着いてください! 二日間もあるんですよ? 身が持ちませんよ!」

「ウィルはご自分が馬鹿にされてるのです! もっと怒って良いと思います!」

「ははは……」


 この2人を選んだの失敗だったかな。そんた事を考えながら、バツの悪くなった僕は、マリオネットを取りだし、大道芸の真似事をはじめるしかなかったのである。


 (そなたは、先程の畑の事を妾に聞かぬじゃな)


 クリスタルが影響してるんですよね? 今の僕に出来る事はそんなに無いでしょうし、知恵はデメテル様が教えてくれるんですよね?


 (それもそうじゃな。愚問であったわ。カカッ! そういえばなのじゃが、以前サイレントウルフの素材を妾にくれたのを覚えておるか?)


 どうやら、デメテル様は、あの時に起こったマリオネットの変化が気になっていたようで、何か素材があれば、試しに作り直して欲しいと頼んできた。


 昼前。リンブルドン近郊の草原地帯に、本営キャンプを構えていく学園生徒達。近くには今回の大森林の入口がある。森の中は薄暗く、子供達には不気味に移るが、行動範囲は縄で区切られ、そこからキャンプ地側は野生動物がほとんどだという。今回の僕達の小隊は、勿論安全区域での探索となり、テントを張り終えたそれぞれは、先ずは食料調達へと足を踏み入れてくことになる。


「何か魔物でもでねーかなー」


「一先ずは昼食だよ、ローリー。この辺はそもそも魔物がでないだろうし、本格的な狩は来年までお預けさ」


 ローリーは血気盛んな女の子。魔物討伐がしたくてウズウズしている様子だ。クリス先輩はどことなくやる気が無さそう。


「シャル、足元に気を付けて下さいね」


「ありがとうございます、ウィル」

「……けっ」


 僕は、マリオネットをシャルの前に歩かせ、何時でも庇える様にしている。とは言っても、木製の人形なので、本格的な攻撃を受ければひとたまりもない。


 野生の兎や鹿を、4人で狩りをしていく。シャルと僕は下級魔法で追い込み。クリス先輩とローリーが、剣や弓で仕留めていく作戦だ。驚いたことに、ローリーは決闘の際の強さを見ていたからわかるけど、クリス先輩も負けず劣らの身のこなしなのだ。


「クリス先輩、なんで決闘で魔法を選んでくれたんですか?」


「よくぞ聞いてくれた! 十二強と言われるハワード君を魔法で敗れば、王国中に我が名が轟くと考えたからさっ!」


「そ、そうですか……」


 何とも単純な理由であり、彼には深い理由なのかもしれないけれど、どう見ても剣の方がいい気がするんですよね……。


 昼の食材を手に入れ、キャンプ地に戻った僕達。と、あることに気がつく。僕もシャルも料理等出来ないのだ。


「……オレが作ってやるよ」


「今年もすまないねー、私も食べる才能はあるのだが」

「そんなもん、才能とはいわねーだろ!」


 いやいや、美味しい!本当に驚いた。調味料は持参してくれたそうで、兎肉と香草のシチューに、鹿肉のステーキ。パンは学園から支給されてるものだけれど、びっくりした。


「ローリー、本当に美味しいです! ありがとうございます!」


「……早く食え」


「シャルも食べてみて下さい! 本当に美味しいですから」


「……っ。はい……。いただきますわ……」

「お? 会長さん、料理出来なかったのか? 教えてやろーか?」

「いえ……。結構です……」


 ローリーは先程、シャルに追い詰められてたからなのか、料理スキルを自慢し、今度は逆にシャルが悔しそうな表情をしている。


 食後、少し休んだ僕達は、この後どうしようかとクリス先輩主導で打ち合わせをする。どちらにせよ、夕食の狩までは時間もあるが、それまではかなり時間を持て余す。今から森に入っても良いのだけれど、4人は単位を確定で貰えるので、特に無理をする必要も無いのだ。


 シャルは僕に、ゴーレムで遊んでみたらどうか、と提案してくれたが、この昼間の目立つ環境で、能力を見せてしまうのもどうなのだろう。せめて、目立たない夜なら良いのだけれど……。


 どちらにしても、ブリジット先生にお使いを頼まれてるしなあ。と僕は思案してみる。


 デメテル様に、単独で動いて貰えば目立たないかな?


 (妾は構わぬよ、身体は脆いから、そこだけ気をつければよかろう。素材も欲しいしの! カカッ)


「シャル、デメテル様に奥地を探索してもらおうと思います。少し集中するので、変わりがあれば教えて貰えますか?」


 あの2人は……。訓練を始めた事ですし、まぁ。問題無いでしょう。シャルは快く了承してくれて、読書でもしてますね。と僕の隣で待機してくれるようだ。


(では、行くとするかの)


 意識を集中し、デメテル様の視界を繋ぐ。軽量のマリオネット操作は、そこまで体の負担は無い。生徒達に見つからないように、木の間を警戒しながら移動する。時折、上級生が、魔物と思われる存在と戦闘しているのを横目に、奥へ奥へと。


 それから、1時間ほどは移動に費やしただろうか、幾度も魔物から見つからないように身を潜め進む。


 今まで鬱蒼と茂っていた大木の群れの、一気に視界が開け、僕は大きな峡谷を見つけた。川が流れ、何かしらの光った岩や、黒っぽい岩が突き出ており、僕は見た事の無い光景に固唾を飲む。


 (近くで見て見ないとハッキリとは言えぬが、クリスタルの塊のようじゃ。あとは何か金属系の鉱石かのー)


 なんと! これを持ち帰れれば、お金の無い僕でもオートマタを作れるのでは! と興奮する。


 (おぬし、妾ではこれを持ち運ぶことはできぬよ)


 そ、それもそうですね。浅はかだった。


 それにしても、凄い量の鉱石があるものだ。この辺りの獣は、此処のクリスタルを飲み込んでしまっているのでしょうか。そう独りごちる。


 峡谷を川沿いに進むと、今までにない程の大きさの大木が視界を覆う。


 す、凄い……。樹齢どれ程経っているんでしょうか……。大木の麓から真上を見上げる。と、1本の枝のような、それだけで先程までの樹木の太さを持った枝に、大きな鳥の巣らしきものを見つける。魔物だろうか……。思わず後ずさる。


 (直ぐに戻るのじゃ。あれに見つかる訳には行かぬ)


 デメテル様は危機迫った声色で僕へ忠告する。とてつもない凶暴な魔物だろうか。僕は指示に従い、急ぎその場を後にする。一先ずは、見つかってはいない様子で安心し、先程の峡谷まで戻った。


 (恐らく妾でも何とかなりそうな魔物がいるようじゃ)


 川の辺りの地面を、履いながら動く、何とも形容しがたいその魔物。蛇のような人にも見える。どうやら、高位の魔物にはなりきれなかったらしい、その何かの成れの果てを、お土産にする事にした、僕と女神デメテル。


 (だが、周りにも気をつけよ。あれの上位固体は、妾では荷が重いからの。そもそも、妾は戦闘神でもないからの! カカッ)


 大地と豊穣の女神はそう忠告する。



 

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