第3章8 冥王からの招待

「あらまぁ、また随分と姿が変わりましたのね、デメテルさん」


 突如目の前に扉を具現化させ、中からいつもの調子で現れた、黒髪の魔女ヘカテー。


「おぬし、毎度突然にも程があるわ、すまぬが妾の機嫌が与える影響も、そろそろ限界やもしれぬ。無駄話は出来ぬぞ」


 以前、ミノタウロスの素材の組み込みで、最終進化なのでは? と疑うほどに神々しさを纏う機械人形のデメテル。さらに、僕の分の執事君ハイスペック型をヘパイストスに作って貰ったの物に、素材とクリスタルを嵌め込み、完全自立式オートマタとして後ろを着いてこさせ、温泉村を起点に、国中の火山付近を調査している際の出来事だ。


 デメテルの言うように、既に半年程は女神進化から時間は経過し、辺りの山々は亀裂と言うよりも、渓谷が連続して作り上げられている状態まで進んでしまっているのだ。


「えぇえぇ、本当にごめんなさい。では、端的に言うわよ、ハデスからの招待状を預かってきたのよ」


「…………」


 どういう事だ? 確かに僕の予想では、ペルセポネはハデスの元に居るかな? とは思ってた。けれど、わざわざ向こうから誘ってきたのは罠だろうか?


「すみません、ヘカテーさん。何故ヘカテーさんが、その使いに?」


 ハデスの事もあるけれど、ヘカテーは暫くは味方の素振りを見せていた。


「んー。分かりやすく言うと、これが最良の選択だから。じゃダメかしら?」


 黒髪を何時もの癖の、指でクルクル回す仕草を見せながら答えるヘカテー。


「おぬし、分かりにくいのも程が――」

「良いからついていらっしゃい?」


 デメテルの言葉を遮り、自ら具現化された黒扉へと案内するヘカテー。


「罠じゃ、ないだろうな……」


 僕は、訳が分からなくなり、不安で押しつぶされる。何故なら未だにヘカテーの本質を見抜けないからだ。


 ヘカテーは、妖艶な笑みで手招きし自ら黒扉へと入っていく。


「デメテル、行くしか無さそうですね」


「あぁ……。そのようじゃ……」


 初めてヘカテーの黒扉を通り過ぎると、今まで体感した事の無い感覚が全身を襲う。それは、自分の身体が無くなってしまうような、それとも存在その物が消えてしまいそうな、夢で俯瞰的な自分を見ているかのような。そんな感覚だった。


「!?」


 此処は、ミノタウロスが居た鉱山か? ハデスが居てくれたらな等と思っては居たけれど、本当に居るとは……


「こんな、地下の中に大層な建物なんか作っちゃって、流石は冥王といったところよね?」


 ヘカテーに連れられてきた洞窟内の中に、正に神殿と言える建物と言って良いのか分からないけれど、広大な空間。その壁際には無数の飾柱を幾つも並べている。


「はぁ。こんな事になるなんてな、全く酷いもんだぜ」


 ハデスと思われる存在は、神殿の最奥に鎮座する、禍々しい玉座に足を組みながら独り言らしき言葉をつぶやき、僕は何を言っているんだ? と考えながら、このおかしな空間で冷や汗が流れてくる。


「なぁ、ヘカテー、この小さい子がからくりさんなんだろ? 約束は守ってくれるんだろうな?」


「あらあらまぁ、犯罪者に成り下がった方は例え神であっても、私の力の前には無力よ? 取引等考え無い方が身のためだと思うけれど?」


「――おい、ハデスっ! やっぱりおぬしが娘をっ!」


 デメテルはこいつが犯人だったのかと、言いたげな表情でハデスを鬼のような形相で睨みつける。それは、僕が今まで見たこともないほど、目はギラつき、怒りを隠す事もせず、全身をワナワナと震わせ、ただ娘への暴虐を犯した奴への感情の現れ。


 そう見えた瞬間。


――ドドドドドドドドッ!


「デメテル! 落ち着いてっ! この中は地面の下なんだっ! 今は怒りを抑えてくれっ!」


 既に、天井や壁は、デメテルの怒りの影響を受け、パラパラと崩れ始めている。


「あ、あぁ……、済まぬ。それで、ヘカテー、ハデス、妾の疑問を解消してくれるのじゃろうな……?」


「勿論ですよ、デメテルさん。その為に私が此処にいるのよ?」


 ヘカテーもそうだけれど、含みのある言い方をするのだ。ヘルメスと言いヘカテーと言い。もっとハッキリとして欲しいのだが、今は挑発する真似は出来そうもない、僕は焦りが増していく。


「じゃあ、俺から伝えるのが筋ってもんだろうな……。確かにが俺がペルセポネを攫った。俺はあの子をどうしても嫁に貰いたかったんだ……」


 ハデスは語り始めるが、僕は疑問を抱かざるを得ない。そもそもそんな度胸があるような奴じゃなかったと認識しているのだ。いくら前の全てを引き継いでいないとは言え、大まかな行動理念は皆、大なり小なり引き継がせている。


「だ、だが、聞いてくれ、今回はゼウスが提案してきた事だ、これは間違いないっ」


――ズズズドドドドッッ!


「な、何故そうなるのじゃっ!? ゼウスはペルセポネの父親でもあるのだぞ!」


「あぁ、そうなんだが……、理由は俺でもわからん。確かに行動を起こしたのは俺だけど、攫ってでも良いからお前にあげるよ。と。」


――ゴゴゴゴゴゴゴッっっ!


 不味いっ! これ以上は持たないかっ!


「抑えてくれ、今、今すぐ返すっ! だけど、ペルセポネはこっちに顕現していない、向こうの冥界にいるんだっ! 今は閉じ込められているが、すぐ解放するっ!」


「あらあらまぁ、その言葉忘れないでね? ウィリアムさん、デメテルさん? 此処はもう持ちません、扉ででますよ!」


「くっ……!」


 僕とデメテルは、ヘカテーに手を引かれ大急ぎの様子で扉の中に放り込まれるような勢いで連れていかれた。


 僕は咄嗟に後ろを振り返ると、ハデスは黙って俯いていた。

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