序章5 サーカス団とマリオネット
翌朝、昨日の件を辺境伯家家臣達へ伝えられた。もちろん最重要機密として処理された。
アルフレッドは、朝食を済ませ自分の仕事をしに、ウィンチェスター辺境伯やシュトレーゼ。文官達と共に執務室へ向かっていった。
ミレーユは、ウィリアムと一緒に朝食後のお茶を楽しんでいる。
「……ミレーユ様」
急に呼びかけられ、振り向くとシャルロッテが俯いていた。
「どうされましたか? シャルロッテ様」
「昨日の件ですが……、本当に申し訳ございませんでした」
「シャルロッテ様……」
「わたくしの興味に、無理矢理ウィリアム様を付き合わせ、ミレーユ様に止められていることも知りながら、見せて欲しいとウィリアム様へ頼みました」
「お気になさらないでください。お父様も仰っておりましたように、私も含め、皆に責任があったことです。シャルロッテ様だけが悪いわけではございません」
「……はい」
「……そうだ! もし良ければですが、これからもウィルと仲良くして頂けないでしょうか? きっとウィルも喜びます」
隣に居るウィリアムをチラッと見ると、何か言いたげのようだ。
「ウィル? 少し席を外すわね?」
「……はい」
そう言い残し、ミレーユは席を立った。
「シャルロッテ様……」
「シャルとお呼びください?ウィル」
「……シャル。ぼくもごめんなさい」
「ウィルは悪くありませんのよ? わたくしがウィルに見せて欲しいと言ったことがきっかけです」
「でも……」
「では、こうしましょう! 先程ミレーユ様も仰ってましたが、お互いに謝罪を受けいれ、これからもわたくしと仲良くしていただけませんか? これはお願いです」
「うん! なかよくしたい!」
その後、ウィリアムもシャルロッテも、年相応の笑顔で手を繋ぎ、しばらくした後ミレーユの元へとやって来た。
その頃にはアルフレッドも仕事が終わり、そろそろ行こうかと話していた。
「それでは、辺境伯様、皆様、大変お世話になりました。申し上げにくいことではありますが、今後ご迷惑おかけするかもしれませんが、何卒よろしくお願い致します」
「君達は友人だ、何も遠慮することは無い。あぁ、それと、遠くないうちにエレシス村に遊びに行くよ」
「そ、それは……村長が気を失ってしまうかもしれません」
「そうか、なら、お忍びで行くとしよう」
「……畏まりました。お待ちしております」
そうアルフレッドが別れの挨拶を告げ邸を後にする。
ハワード家は、サーカスと図書館の、どちらを先に行くか話し合っていた。結果、昨晩のウィンチェスター辺境伯の情報があったので、今回は図書館は行かず
サーカスを見に行くことにした。
「ウィル、サーカス楽しみだねー!」
「けもの、だいじょうぶ?」
「大丈夫だよ、お母さんがいるからねっ!」
ぼふっ!
重低音が響いた後には、蹲ったアルフレッドが置き去りにされていた。
テントに入ると丁度の時間であった為、早速サーカスの演目が行われていった。それ等を眺めながら、ウィリアムは奇声を発したり、大笑いしながら手を叩いていたりと、大いに楽しんでいる様子であった。
だが、途中の息抜きのような演目で、ウィリアムの様子が変わった。ミレーユもアルフレッドも何だろうと首を傾げ演目を見てみる。
そこには、帽子を被った老人と、おそらくは木製の人形と、小さなピアノが置いてある。
「ねぇ、ウィル?何か気になるの?」
「…………」
ミレーユが尋ねるも返事がない。ただ黙ってステージを眺めている。
そうこうしているうちに演目が始まる。すると、老人は片手を少し動かし、木製人形が様々な動きを見せていた。驚くのは人形が織り成す動きである。手足の動かし方や歩き方が、人間のそれにかなり近い。さらにはピアノまで弾き始める。勿論。曲としてはなっておらず、鍵盤を叩いているだけなのだが。兎に角、どうやって動かしているのかわからなかった。
暫くしていると、老人がウィリアムを指さし、こっちにおいでと促している。ミレーユが見ても、魔力の流れは見当たらない為、魔道具でも無さそうだ。最悪、危険があれば魔法を行使することも考え、ミレーユはウィリアムを送り出した。
ウィリアムと木製人形は、互いに触れ合って遊んでいる。握手をしたり、一緒に鍵盤を叩いたり。最後にウィリアムと老人が会話をしているが、ミレーユにもアルフレッドにも内容は聞こえない。それを観察していると、老人の手に何かしらの器具があるのを見つける。どうやら、それを動かすことで、木製人形が動く仕組みらしい。
「魔導具では無さそうだよな。なかなか凄いね……」
驚いたアルフレッドはミレーユに話しかける。
「仕組みがわかればねぇ」
遠くからステージを眺めている2人には、手に持つ器具も小さくよく見えない。そんな話をしているうちにウィリアムが戻ってきた。
「お爺さんと何を話してたの?」
「ひみつ!」
そう言ったウィリアムはケラケラと笑っていた。
「まぁ、楽しんでるみたいだからいっか」
それからいくつかの演目が行われサーカスを後にする。3人は軽く食事を取り、サーカスの話を振り返りながら、一家は帰路に着いた。
「「「ただいまぁ!!」」」
3人は声を合わせて家に帰ってきた。本当なら1日で帰ってくる予定だったが、思わぬ事態になったり、サーカスによったりと、軽い旅行に行った気分になっていた。その日は疲れていたこともあり、3人は早くから寝床に着いた。
数週間後。誕生日を目前に控え、少し浮き足立っている様子のウィリアムが話しかけてきた。
「お母様、お父様、サーカスの人形作っても良いですか?」
「「……?!」」
ミレーユとアルフレッドは驚いた。それもそのはず、ウィリアムの話し方がかなり変わっているのだ。前にウィンチェスター辺境伯の屋敷に連れていった影響なのか、それを真似しているのかもしれない。
「どうしたの、ウィル? 作るのは構わないけど、作り方とか材料とかわかるの? アルフレッドはわかる?」
「外観だけならどうにでもなると思うけど、中身の構造とか動かし方までは流石にねぇ……」
「大丈夫です! お母様! あのお爺様が教えてくれました!」
「そっかぁ、なら、私達は何をしたらいい?」
「はい、裏庭の木を切る時に付いて来て頂きたいのと、絵を書いて欲しいです」
「絵は何に使うの?」
「木を切る事は、僕のゴーレムも出来ると思うので、木の長さとか、くっつけかたを絵に書いて欲しいです」
「……あぁ、図面のことか」
「はい。お願いできますか?」
「勿論だよ。ところで何故話し方が急に変わったのかい?」
「……えーと。帰り際にシャルロッテ様に文字の本と、話し方の本をお借りして覚えました!」
「なるほど! どうりでウィルの鞄が重たかったわけだ。わかったよ、明日までに書いておくよ」
「ありがとうございます」
部屋で本を読むと言い残し、ウィリアムは戻っていった。
「なんか、急に成長したね……」
「うん……」
何とも言い難い複雑な気分の2人は、そのまま図面と道具を用意していく。
翌日、早速3人は図面やらノコギリやら、日曜大工一式をもって裏庭にある林へと出かけた。
「では、僕がミニゴーレムを創るので、その子達に木を切らせるとこから始めます」
「「は、はい……」」
完全にウィリアム手動のイベントでは、ゴーレムが出来上がるのを、ただ眺めていた。この裏庭の林は、村からも見られることが無いため、ミレーユもアルフレッドも、特に気にかけることも無く道具を並べていった。
「相変わらず、ウィルの創るゴーレムは凄いわねぇ」
「ありがとうございます。ではお父様、ゴーレムに木を切らせたいので、どのように切るか教えて頂けますか?」
「あぁ、構わないよ」
アルフレッドは、一般的な気の切り方の角度や、木の倒し方を教え、木から離れるよう全員に伝える。
「では、切ります!」
「気を付けてね! ウィル!」
3人は大分離れているので、気をつけるといっても、特に気をつけようもないのだが、しばらくすると大きな木が倒れる音がした。
「「「おー!」」」
3人は驚きながら倒れた木を見に行く。
「凄いわ! ウィル!」
「……えへへ」
褒められて少し照れるウィリアム。暫く3人が盛り上がったところで、ウィリアムは2人へ話しかける。
「次は木を細かくしていきますので、また見てて下さい」
ゴーレム5対はそれぞれの道具を手にし、木を細かく裁断していく。それでもしばらくはかかりそうなので、ミレーユはお茶にしましょうと提案した。
「こんな事が出来るなんて、村の人達に見られたら大変な事になってしまうわね」
「あぁ、そうだな」
「大丈夫ですよ、お母様。勿論ゴーレムは外では作りませんし、外で出す時のために、木製人形を創るのです」
「ウィルが大丈夫と言うなら信じるけど、危ないことはしないでね?」
「お任せください!」
2人はお茶を飲みながら、ウィリアムの姿を見たり、ゴーレムの動きを見ていた。そして、ある程度製材された木材をまとめると、ウィリアムは図面を見ながら木材に手を伸ばした。
すると、ゴーレム作成と同じように、細かな木材は少しづつ形を曲げたり、くっついたりと、図面通りの形に姿を変えていった。
「完成です!」
「「おー!」」
3人はその完成度の高さに驚き、そして大いに盛り上がった。
「本当にウィルは天才だな。私の立つ瀬が無いよ……」
アルフレッドは自虐的に呟きながらも、息子の成長と不思議な能力に喜んでいた。
ウィリアムはその後、ゴーレムに道具を片付けさせ、余った木材で何か作ると言って家へ戻って行った。
それから数日が経ち、ウィリアム4歳の誕生日
「「おめでとう。ウィル」」
「ありがとうございます」
「これは私達からのプレゼントだ」
2人からのプレゼントは、ミニチュアオートマタ(機械人形)
凡そ人間の10分の1の大きさではある。素材の魔石と魔物素材は、ミレーユが近くの森で狩りをして準備をし、鉄素材と組み立てはアルフレッドで完成させた。
「決まった動きしかできないけれど、ちゃんと動くぞ!」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」
「4歳なのに、本当に大人びてしまって、複雑だわあ」
ミレーユは、成長の喜びとその早さで、嬉しいやら悲しいやら涙を浮かべて笑っていた。
「……シャルロッテ様に守って貰うというのは嫌なので、しっかり勉強してます!」
「……あはは」
アルフレッドは若干引きながら笑みを浮かべていた。
「では、僕から見せたい物があります。先日作った木製人形ですが、マリオネットと呼ぶらしいです。それを動かしてみますね」
以前、サーカスで見たように、ウィリアムの手には何かしら器具が握られている。よく見ると、その器具から何本もの糸がマリオネットに付けられている。
ウィリアムは、手に握る器具を動かしながら、マリオネットを自由自在に動かしていた。
「サーカスで見た物より、凄いなめらかに動くのね」
ミレーユは呆気に取られ呟く
「サーカスのは、糸で関節とやらを動かしていたそうですが、僕のはいつものやり方で動かしているんです」
「なるほどぉ、そりゃ凄い」
「これなら、外で動かしても皆に説明出来ますね!」
自信満々にウィリアムは語る。
そうして、3人はマリオネットで遊びながら、ウィリアム4歳の誕生日を終えていった。
――――
真夜中。目が覚めたウィリアムは、誕生日プレゼントで貰った、ミニチュアオートマタに能力を使っていた。すると、先程まで決まった動きしかしなかった機械人形までも、自由に動かせる事に驚いていた。
「…………」
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