序章6 秋の豊穣祭

 エレシス村での主な収入は麦が中心だ。この秋は例年よりも多くの実りをあげていた。現在、村の住人達は、明日行われる豊穣祭の準備に大忙しである。


 そんな中、ミレーユは妊娠4ヶ月の状態となっており、祭りの準備には参加せず、ウィリアムと過ごしていた。


 アルフレッドはというと、以前、祭りの準備で割り与えられた仕事として、村の広場にて行われる忌火と組木の準備、それを囲む長椅子の製作を仕事として持ち帰ってきていた。本来、男手が数人がかり必要な作業であるが、アルフレッドは1人で問題ないと丁重にお断りしたとのことであった。


「ウィルを使う気満々だなぁ……」


 小さな声でミレーユは独りごちる。


 アルフレッドは、ミレーユが休んでいる部屋で、2人に説明をしている。そんな中、玄関扉を叩く音がした。


「どうぞー、あいてまーす」


 アルフレッドは扉に向かい声をかける。


「失礼するよ」


「……失礼します」

「……!」


「やぁ、アルフレッド、先日手紙を貰ったから来ちゃったよ」


「え? なんの事でしょう?」


「あれ? ウィリアムは君に説明してないのかい?」


 聞いたところによると、ウィリアムからシャルロッテへ向けて、豊穣祭に来てみないか? という内容の手紙を送っていたらしい。


 アルフレッドは振り返り、リビングにいるウィリアムを目を細めて軽く睨む。


「……!」


 ちょっとしたイタズラのつもりだったらしいウィリアムは、咄嗟に物陰に隠れる。


「エレシス村に遊びに行くよと伝えてたこともあるしね、丁度良いタイミングだったし、お忍びできたわけさ」


「なんて不用心な……」


「あぁ、大丈夫だよ! 村中に護衛と言う名の諜報員が潜んでるからね」


「そうですか……」


「ほら、シャルもご挨拶を」


「ご無沙汰しておりますわ。アルフレッド様」


「お久しぶりにございます。シャルロッテ様。立ち話もなんですし、奥へどうぞ」


 今回村に来たのは、ウィンチェスター辺境伯とシャルロッテに側仕えのアメリア。そしてどこにいるかもわからない護衛の人達だそうだ。領地の執務に関しては長男のシュトレーゼに任せ、補佐として妻のエルリーネを残してきたらしい。


 ウィリアムは、ウィンチェスター辺境伯の来訪に、少し緊張した様子で挨拶をする。


「お、お久しぶりでございます。辺境伯様、シャルロッテ様……。えーと、お母様は、現在部屋で休んでおります。申し訳ございません」


「たった数ヶ月というのに、なんだか随分と成長したね! ウィリアム!」


「ありがとうございます!」


「で、ミレーユはどこか具合でも?」


 ウィンチェスター辺境伯はアルフレッドに尋ねる。


「……身篭ってくれまして、今は4ヶ月です」


「おー! そうだったのか! それは無茶させれないね!では、ウィリアムはお兄ちゃんになるんだね!」


「……へへ」


 ウィリアムはお兄ちゃんになれることを喜んでいた。


 そこへ、部屋からミレーユが出てきた。


「辺境伯様。ご無沙汰しております。声が聞こえたので参りましたが、準備に手間取りまして申し訳ございません」


「とんでもない、私達のことはいいから安静にしていなさい」


「ありがとうございます。私もウィリアムの手紙の内容までは聞いておりませんでしたので、何の用意もしておりません。申し訳ございませんが、買い出しに出てまいりますので、少し外させてください」


「アメリア、ミレーユの代わり行ってきてくれないか」


「畏まりました。内容は私の一存で構いませんか?」


「構わないよ、頼んだよ」


 ミレーユは、辺境伯様とアメリアにお礼を述べて、言われた通り部屋に戻って行った。


「すまないね。タイミング悪かったたようだ」


「いえいえ、やっと安定期に入ってきたところですので、暫くは問題ございません」


「そうか……。ところでアルフレッド、豊穣祭には参加するのであろう? 何か手伝えることはあるか?」


「丁度、ウィリアムとその話をしていたところなんですよ。もし良ければご覧になられますか?」


「ん? 何か分からないが、見させてもらおう。シャルも構わないね?」


「はい、お父様」


 ウィンチェスター辺境伯もシャルロッテも、何が始まるのかと期待している様子である。


「それじゃあ、ウィル。大まかな図面はさっき渡したのを参考に、2人に見せてあげてくれるかい?」

「はい!」


 アルフレッド、ウィリアム、ウィンチェスター辺境伯、シャルロッテの4人は、裏庭の林に向かって行く。いつものように、ウィリアムは辺りを星空のような情景に変化させ、ゴーレム達を作り上げる。前回と違うのは、以前作ったマリオネットも事に当たったことだ。


「「…………!」」


 前回、辺境伯邸で見せた際は、ただの隊列行進であったが、今回はなんと、ゴーレムが縦横無尽に駆け回りながら、斧を振り、ノコギリを引き、カンナで削り、次々と木を製材していくのだ。それは、人がゴーレムの着ぐるみでも被っているのでは、と思えるくらい丁寧に仕事をしている。そんな光景を、大きく目を見開き眺める辺境伯親子。言葉にならないとはまさにこの事だ。


「す、凄いですわ! ウィル! こんなことまで出来てしまうのですね!」


「あぁ……、そうだね、シャル。私もなんて言っていいのかわからないよ……」


 ウィンチェスター辺境伯とシャルロッテの表情は、形容し難い状態ではあるが、恐らく大興奮の様子だ。


 シャルロッテはウィリアムに問いかける。


「ウィル、あの木製と思われる人形は御自身で作ったのですか?」


「はい! あの木製人形は、マリオネットと呼ぶらしいのですが、サーカスであれと同じような物があったので、それを真似て作ったんです」


「サーカスですか?」


「はい、サーカスでは、老人が糸を使ってマリオネットを操ってましたが、僕は糸が無くても扱えたので、家族で使う時はあのように使ってます」

「素晴らしいですわ!!」


「…………」


 ウィリアムは耳を真赤にしながら、マリオネットの仕組みを説明したり、踊らせたりと、シャルロッテと遊び始めていた。


「アルフレッド……、これは、私が想像していた以上の事になると思う……」


「…………」


「ウィリアムは将来、何をしたいとか言っているのかい?」


「いえ、今のところは。ただ、あの木製人形を作り始めてからは、村の広場でサーカスの真似事をするようになりましたかね。勿論糸を使って動かす方法ですが」


「大道芸か……。先程、ウィリアムから魔力の流れは感じ取ってはいたが、魔力操作で人形を動かしているのだよね?」


「ミレーユによると、そのようですね」


「……シャルと同じ体質というわけか」


「……アルフレッド。ウィリアムを魔法学園に入れてみないかい?」


「魔法学園は、貴族のみの施設だったと記憶しておりますが」


「あぁ、そうか。君が帝国に行ってから、制度を変えたのだよ。王都の魔法学園は今もそうなのだけどね。サウザンピークは、他にも商業科であったり、騎士科であったりと、複合的な学園だよ。王都ではそれぞれ別の学校だけど、1つに纏めちゃったんだ」


「なるほど……」


「1月からはシャルロッテも入学するし、その翌年からなら行けると思うよ? 学園長は私の分家の者が担当してるしね。ミレーユとも相談してみてくれないか?」


「……わかりました」


 そうして、作り上げた祭りの組木や長椅子は、村の男手達が広場まで運んでいき、ハワード家ではアメリアの作った料理を、皆で味わっていた。


 翌日、村の宿に宿泊した平民服のウィンチェスター辺境伯親子と、側仕えのアメリアが迎えに来た。


 200人ほどの村人達は、既に飲めや歌えやの大騒ぎを勝手に始めており、毎年の事ながら、後から来る村長が祝詞を述べてから、今年の感謝と翌年への祈りを込めて本格的な祭りが始まる。


 簡単に言ってしまえば、村総出の飲み会といったところだ。


 今日は調子が良いミレーユも含め、ハワード家・辺境伯家一同は広場の端を陣取っている。暫く談笑を続けていると、50過ぎの白髪混じりの村長がやってきた。いよいよ豊穣祭の始まりである。とはいえ、殆どの村人は既にできあがっていた。


 広場の組木の前で、背を向け両手を結びながら跪き、それに合わせて村人も同じ姿勢になる。


「大地を司る豊穣の女神デメテル

喜びと命の祈歌を御身に捧ぐ  我等祈りを聞き届け 我等クリスタルへの御加護を賜らん この母なる金色の大地へ女神の力を与え給え 」


 そう、祈りを捧げ、隣の若者が組木に忌火を点ける。


 これが開会の挨拶となり、村長が乾杯の音頭をとる。


「今年も皆のおかげで無事に豊穣祭が行えた。皆に感謝を! 乾杯!」


「「「カンパーーーーイ!!」」」


 村人全員が歌い踊り飲み始める。


 その時のことである。


 祈りとほぼ同時に、ウィリアムの身体から光の玉が幾つも溢れ、その光は、ウィリアムが手に持っていたマリオネットを包み、それは突如動き始めた。


「「「……!」」」


 隣にいるアルフレッドや、ウィンチェスター辺境伯。シャルロッテもミレーユも突然のことに驚く。すぐ様ウィリアムに力を止めるよう伝えるも、ウィリアムはマリオネット片手に目の光も消えている様子。アルフレッドはウィリアムを抱え、ウィンチェスター辺境伯は、マリオネットを周りに見られないように、腹に抱えるような姿勢をとる。


 それと、同時にウィリアムは意識を失った――



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