序章4 辺境伯邸にて
その日の晩は、ウィンチェスター辺境伯の計らいで、食事を用意してくれた。
その場には、ウィンチェスター辺境伯の妻エルリーネ・ウィンチェスターと、長男のシュトレーゼ・ウィンチェスター、それと、未だ目を赤くしているシャルロッテ。あの後もシャルロッテは、ウィンチェスター辺境伯と、エルリーネから教育を受けていた様子だ。
「さて、アルフレッド、ミレーユ。急遽このような形になってしまい申し訳ないが、一先ずは遠慮なく食べていってくれ」
「滅相もございません。ありがとうございます……」
「いや、いいんだ……。では、始めようか。エルリーネとシュトレーゼ、食べながらで構わないので、今日の昼の件を説明するから聞いていて欲しい」
「「畏まりました」」
「あ、辺境伯様、申し上げにくいのですが……。ウィリアムへはテーブルマナーというものを教えておりません。お見苦しい事となりますが、どうかご容赦くださいませ」
「あぁ、一向に構わない。遠慮なく食べていいのだよ。ウィリアム」
「……ありがとうございます」
ミレーユは頭を下げる。ウィリアムは、普段見ることの無い豪華な食事を目の前に、どのように食べて良いのか分からない様子だ。
「ウィル、お父様も仰っておりますし、好きなようにお召し上がりください……」
ウィリアムはその後、すっかり元気を取り戻し、ケロッとしていた。シャルロッテとは対照的だ。
シャルロッテからのフォローを入れてくれたおかげか、ウィリアムは美味しい美味しいと言いながら、黙々と食べている。
「ありがとうございます。シャルロッテ様」
ミレーユは、シャルロッテの心配りにお礼をする。
「……いえ」
だが、昼のこともあってか、ミレーユにもアルフレッドにも、目を合わせれない様子であった。
「アメリア以外、一旦外してくれ。アメリアは入口で、用のあるものへは、都度確認を取るように頼んだ」
「畏まりました」
屋敷の一族以外にも、事の成り行きが広まっていたが、今後どうして行くかは、ウィンチェスター一族以外には、今のところ伝えないつもりみたいだ。アメリアに関しては、長年一族に使えていることもあって、この場に留まっている。
ウィンチェスター辺境伯は、エルリーネとシュトレーゼに、ハワード家の数ヶ月前からのことの成行や、現在ハワード家が抱えている将来への不安を語る。さらに事が大きくなった場合、ダーレン王国内だけにと留まらず、ドリッケラー帝国や、近隣諸国からも警戒されることだろうと予測した。
「そこまでの力をウィリアム様が……」
エルリーネの顔は不安の様子。
「お父様は、今後どうなさるおつもりですか?」
長男のシュトレーゼは、将来ウィンチェスター家の家督を継ぐ事となるであろう。将来の事を問う。
「…………」
数分の沈黙の後、ウィンチェスター辺境伯は語る。
「事と場合にもよるだろうが。私は、アルフレッドもミレーユも友人だと思っている。ウィリアムがどの道へ向かうかにも寄るが、3人を近くに呼び寄せるか、これも1つの形ではあるが、シャルロッテの婿として迎え入れるのも良いと考えている」
「「「…………」」」
場が凍りつき、ウィリアム以外の食事の手が止まった。
「いや、何も確定したことでは無いし、ひとつの選択肢としての話だ。このまま村で過ごし続けるならば、そお簡単に大事にはならないであろう。将来、ウィリアムの歩む道と、私達や王国とが交わるというのであれば、誰かが守ってあげなければいけないだろうと言っているのだ」
「お気持ちは嬉しく思いますが……」
「…………」
ミレーユは、突然の話で頭の整理が追いつかず、困惑しながら失礼のないように断りを入れる。アルフレッドは、ただ一点を見つめ何かを考えているようだ。
「お父様。わたくしは……。まだ将来というものを想像する事は難しくありますし、わからないことも多分にございます。ですが万が一、ウィリアム様がウィンチェスター家へと、婿として無理矢理連れてこられるような事になるのであれば、わたくしが家を出てウィリアム様をお守り致しますわ……」
「シャルロッテ?」
エルリーネはこれ以上喋らせまいと、ピシャリと凄む。おそらく、先程教育的指導を受けた為なのか、自らの行動を示したいのであろう。だが、シャルロッテはまだ幼い。感情が優先されてしまう。
「お母様。これはわたくしの矜恃でもありますわ。今後そのような事があるのであれば、民をお守りするのが、ウィンチェスター家に生まれたものとしての勤めであり、責務と考えますわ」
「シャル、難しい言葉を使えば良いってものでもないよ? 言っている事がぐちゃぐちゃの無茶苦茶だ……」
「…………」
支離滅裂だ。と言わんばかりに、顔を引き攣らせながらシュトレーゼが突っ込み、シャルロッテは黙る。やはり感情が先走っているのであろう。と誰もが思う。
言っている事は、確かに無茶苦茶な内容でもあるが、とは言え、シャルロッテはまだ5歳という事に、ミレーユは驚くばかりだ。元はと言えば、婿にだなんてウィンチェスター辺境伯が言い出したから、こんなことになったのでは? と内心こぼしながら、ミレーユは辺境伯一家のやり取りを眺めていた。
そんな様子のミレーユを思ってか、ウィンチェスター辺境伯は続ける。
「いや、すまない。私も軽率な言葉を使ったことは謝るが、何度も言うが、まだ決まったことでもあるまいし、ウィリアム本人がどうしたいのかにもよる。アルフレッド達が見ていれば、少なくとも、数年は何かに巻き込まれるような事態にはならないであろう。ただし、何かを動かすなら事前に根回しが必要になる。あの能力は、おそらく凄まじいものになると思う。だからこそ、数年前から準備が必要なのだと私は考えているのだ」
ウィンチェスター辺境伯は、恐らく5年先10年先の領地や私達を見すえ、先のシュトレーゼのことも考えているのであろう。
「お父様。一点ご質問が」
「なんだ? シュトレーゼ」
「はい。ご最もなお話ではありましたが、その中には大戦の後の事も含んだお考えなのですか?」
「……そうだな」
「畏まりました」
それ以上はシュトレーゼは何も語らなかった。
「家臣へは明日、私から話すこととするので、朝には皆を集めておいてくれ、アメリア」
「はい、畏まりました」
「ウィリアムは半分寝ているようだ。食事後、寝かしつけたら、書斎にきてくれるか?アルフレッドとミレーユ、それとエルリーネ」
「畏まりました」
それからしばらく食事を進め、一同はお開きとなった。
――――
「いやー、今日は疲れたね! あの話し方もあんまり好きじゃないんだよ! 子供達も見てるし、使用人等もいるし、本当に肩身が狭いよ……」
「あと、すまないね、変なことを言って場を凍らせてしまった。はは!」
「……っ!」
愚痴を零すウィンチェスター辺境伯は飛び上がり、何事かと見ていると、エルリーネはウィンチェスター辺境伯のお尻を、おもいきり抓っているようだ。
「……ふふ」
今日1日本当に疲れた。そんな様子を見せていたミレーユは思わず鼻で笑ってしまっていた。
「し、失礼しました……」
「いいえ、ミレーユ様。この方が悪さをしたのて、躾たまでですよ」
「……あと、私共に対して様というのは、やはり立場的にも外聞的も宜しくないかと……」
「大丈夫ですよ。私達も家臣達も、ハワード家をこの方の友人として接しております。気になさらず」
「そ、そうですか……」
「それに、この4人で集まったという事はそういうことなのでしょ? アーノルド」
「……?」
内容を理解出来ず首を傾げるミレーユ。アルフレッドを見ると、夕食の時からずっとぼんやりしたままだ。
「良いかい? アルフレッド」
「……はい」
「 先ずは、私とアルフレッドについて話そうか」
そう呟き、語り始めたウィンチェスター辺境伯。
事の始まりは、まだ先代のウィンチェスター辺境伯が当主の時代。アルフレッドが当時、『アーノルド』(ウィンチェスター)様と呼称し、アーノルドの文官として務め始めたことがきっかけだ。
古くから、辺境伯家は王家の諜報部門として、国内やら諸外国にも諜報員を配属していた。アルフレッドも、例に漏れずドリッケラー帝国への諜報員として潜入が決まり、その後、帝国の研究員として務めながら、ダーレン王国に情報を持ち帰るというのが役割だった。勿論危険な事もしていたそうだ……。
当時のドリッケラー帝国の大衆感情は、ダーレン王国のクリスタルの使い方に、長年不満を溜め続けており、それを利用した皇帝が、王国へと戦争をしかけたいう。
それなりに危ない事もしていた者達。彼等諜報員は、身の危険を感じダーレン王国へと帰国した。その中にもアルフレッドは含まれていた。アルフレッドは様々な資料や魔道具を持ち帰ったが、戦争という中での諜報員という立場に、少なからずの恐怖を覚える。そこで、辺境伯家家臣を辞職したいと、先代ウィンチェスター辺境伯へ告げたそうだが、その話は一旦保留となった。そんな中、多数の犠牲を出した王国は、帝国へ和睦金として、大量のクリスタルを献上し和平を結んだ。
ミレーユは思い出していた。
終戦後、ある式典に出席していたミレーユが、アルフレッドに声をかけられたことを。
アルフレッドも思い出していた。
アルフレッドはこの先の不安も感じながらも、初めて一目惚れというものに落ちてしまい、何度もミレーユに接触していた。
当時、ミレーユは治癒術師として戦争に参加したあとで、多数の犠牲を目にして心に傷を負っており、アルフレッドからただただ紳士に声をかけられ続けたミレーユは、次第に癒されていった。
その数ヶ月後にミレーユは、貴族の立場を捨ててアルフレッドと共に駆け落ちし、アルフレッドはアーノルドの根回しや手引きの元、現在のエレシス村へとたどり着いた事になる。
アーノルドが感じた二人への感想と言えば、共に恋に落ちた男女の行動力とは凄まじいものである。と感じていたそうだ。
結局のところエレシス村というのも、アーノルドの目の届く場所だったことや、辞職は構わないが、これからは資金を提供する代わりに、研究を続けてくれということで、定期的にアルフレッドはアーノルドと仕事をしていたそうだ。
そんなミレーユも、貴族時代にアーノルドとは面識があり、エレシス村に付いて暫くした頃、アルフレッドと共にこの屋敷で再開した。
アーノルドは、アルフレッドから相手を聞いていたから知っていたが、ミレーユの実家には特に何も言わずにいてくれた。
(……そーゆーことかー、なんかしっくりきたのかな?)
たまに、モヤモヤした事もあったが、これが原因だったのであろう。と、そこまで気にした様子もなく納得していた。
「黙っていて済まない。既に辺境伯家家臣としては仕えていないから、ただの研究員ということにはかわりないのだが……」
「んー、内容が内容だから仕方ないと思うけどね」
「黙っていたことを怒らないのか?」
「怒ることでもないでしょ? どーしても罰みたいのがほしいのなら、村に帰る前にサーカス見に連れて行ってくれたら許してあげる! ウィルも気になってたみたいだしね!」
「そんなことでいいのかい?」
「なら、世界一周とか連れていってくれるの?」
「……っ」
そんな2人のやり取りを見ながらアーノルド様は笑う。
「……くっくっく」
「いやいや、すまない。アルフレッドが尻に敷かれている光景が面白くてね」
「…………」
「……っ!」
先程と同じようにエルリーネにお尻を抓られるアーノルド。度々アルフレッドを笑う理由は、これが原因だったのかとミレーユは理解する。
「……お互い様ですね」
と、微笑しながらアルフレッドは呟く。
「……で、では、もう1つ。魔法について、特に操作系であったり、ウィリアムの意思伝達系とでも言えばいいのかわからないが、それと、創造系と言えばいいのか、それらの複合魔法についてだな」
「先程も伝えたように、ウィンチェスター家は諜報の家系だ。特に本家のみに伝わっている、闇系の超級魔法のなかに
どんな魔法か尋ねる。簡単に言えば影を作成し、それを遠くまで飛ばし、その影が見聞きした物を、術者へ直接伝えるというものらしい。
影なら大体どこにでも潜り込めるとのことで。それを聞いたミレーユは、失礼ながらも毛虫でも見るような目でアーノルドを睨み、正直な感想を呟く。
「個人情報も何もあったものじゃないですね……」
「…………」
同じ超級魔法が使えるミレーユの聖系魔法は、治癒術だっため、あまりの内容の違いに衝撃が大きい。
「ま、まぁ、そうなんだけど……。ただ、今日に関しては一旦、個人情報については置いておいてくれ。ともかく、ある意味では操作系の魔法は実在しているということだね」
「もう1つの創造系? あれはわからないね、エルリーネはわかるかい?」
エルリーネは王家から嫁いだ方なので、もしかしたら知っているかもしれないと、アーノルドは考えているようだ。
「……そうね、無いことも無いのだろうけど、今日の話を聞く限り、該当する物はないと思うわ」
「そうか、となると古代魔法になるのだろうか」
「「古代魔法ですか?」」
アルフレッドとミレーユは首を傾げる
「クリスタルの起源は知っているかい?」
「はい、はるか昔に突如大きな石が世界中に飛来し、私達の世界は滅びかけたと言われてますよね。その飛来石が長年かけてクリスタルに変化していった。というのが通説と認識しております」
ミレーユは、学校で習う程度の内容で返答した。
「ただ、これは各国の諜報員からの情報をまとめて、それでも推測の域を出ないのだけど、その飛来石が落ちた前なのか後なのかもわからないけど、今よりも色々な……。古代魔法と今はあえて呼ぶけど、特殊能力を持った人々がいたようなんだ」
かなり曖昧ではあるが、アーノルドは語り、更に続ける。
「私の予想では、おそらくは、飛来石の後なんだろうね、その後、本当に僅かに生き残った人間がクリスタルの力を持って、今日まで発展してきた。で、最初の魔法使いというのが教会が語る神話の十二神なんじゃないかな?」
「何せ、資料も何も無いからねー。教会もなにかと秘匿していることだらけだろうし、教会には結界が貼られているから影も使えないし、各地の伝聞だけだとわからない事だらけだよ。とはいえ、仮にそういう時代があったとして、ウィリアムがその遺伝なのか、はたまたもっと不思議な力なのかはわからないけど、それを引き継いだというのが、今のところの可能性なんじゃないかなー」
「とはいえ、私達のやる事に変わりはないさ! ウィリアムの力が良い方になるか、悪い方になるかは、大人の私達次第ということだ!」
それから暫く4人は語り、夜遅くに解散した。ミレーユとアルフレッドは長い一日を終え、気力も尽き果てあっさりと深い眠りについた。
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