序章3 ゴーレムの行進

 ウィリアムは普段感じたことの無い緊張で震えていた。


「ウィリアム様は普段どのように名を呼ばれていらっしゃるのですか?」


 シャルロッテは、ウィリアムとの距離を詰めようとしていた。


「……は、はい」


「はい。では、わかりませんわ?」


「おかあさまも、おとうさまも、ウィルと……」


 ウィリアムはここ数ヶ月、散々と貴族に対する接し方を教わっていた。普段は歳相応でやんちゃこの上ないが、兎に角執拗に躾られていたので、緊張のあまり目眩を起こしながら接していた。


 それもそのはず。ミレーユは、貴族が平民に対しての感情や、接し方を知っているので、万が一があってはたまったものではない。それ故に、このことに関しては厳しく躾られていたのだ。


「ねぇ、ウィリアム様? わたくしのお父様は、ウィリアム様もウィリアム様のご両親も、お父様の友人とわたくしに仰りましたわよね?」


「は、はい……」


「であれば、わたくしとも友人という事になりませんかしら? ですので、わたくしもウィルとお呼びしてよろしいかしら?」


「…………」


 シャルロッテはウィリアムに躙り寄る。その状況を見ていたシャルロッテの側仕えアメリアは、シャルロッテに声をかける。


「シャルロッテ様? ウィリアム様が怯えていらっしゃいますので――」

「アメリアは黙っててくださる?」


 シャルロッテは冷たい笑顔をアメリアへ見せる。アメリアはそっと溜息を漏らし、その姿を見たウィリアムは、涙を浮かべながらアメリアに助けを求めるような顔で見つめていた。


「では、ウィル? わたくしのことは、シャルとお呼びになってくださりますわね?」


「…………」

「くださりますわね?」


「シャル……様」


「様はいりません事よ? そのまま、シャルで結構ですわ?」


「はい……」


 もう、ほぼ脅しのようにウィリアムへ詰め寄り、強制的に呼び方を決められるウィリアム。顔面蒼白とはまさにこの事だ。いくら幼少と言えど、生存本能がある以上強者には叶わないのである。


「では、ウィル。わたくし、歳の近い方と何をして遊べばよろしいのかわからないので教えてくださる?普段は何をして遊んでいらっしゃるの?」


「えーと、おにんぎょうで」


「あら? お人形というのは、あそこに飾ってあるようなお人形の事でらっしゃる?」


 シャルロッテは、部屋に飾ってあった兎のような形をしたお人形を指さしている。


「あ、いえ。おそとでつくる……です」


「へぇ……、まぁ、よく分かりませんが。ではお外に行きましょう!」


「アメリア、庭に行きますのでご準備を」


「あっ……おかあさまにはお家いがいで、にんぎょうつくったらダメと」


「大丈夫よ? ウィル。わたくしのお家は警備がしっかりしておりますし、お父様も敷地内で遊ぶのは許して下さってるわ? アメリアっ!」


「……はぁ」


 再度溜息を漏らすアメリアは、シャルロッテの指示の通りに護衛と側仕えを増やし、茶の準備を進めた。


 ウィリアムはまたしてもシャルロッテに手を引かれ、護衛や側仕えと共に、だだっ広い敷地の庭へと足を運ぶ。


「さぁ、ウィル? 好きなように人形遊びをして構いませんことよ?」


「あっ、えぇと……」


「何か問題でもございましたかしら?」


「土があれば……」


 それもそのはず。辺境伯の敷地は、見渡す限り芝で埋め尽くされている。なのでウィリアムとしては、芝を剥がして叱られるのは分かりきっているので、行動に移せずにいた。


「あら。仕方ありませんわね。アメリア、ウィルに土を持ってきて下さる?どれくらい必要か分かりませんから、大量にお願いいたしますわ」


「畏まりました。シャルロッテ様……」


「あっ、できればお水もおねがいします……」


 ウィリアムに水もとお願いされ、使用人も含めて事に当たることになった辺境伯邸。


 しばらくシャルロッテは、お茶と茶菓子を口に含みながら、なにか考え事をしているようであった。


「お待たせいたしました。シャルロッテ様。ウィリアム様」


 そう言われ、ウィリアムは使用人達に頭を下げ、人形作りの準備をする。シャルロッテは何が始まるのか期待に胸を膨らませ、目をキラキラとさせている。


「では、つくりましゅ……、ます……」


「そんなに緊張なさらないでくださいませ?」


 シャルロッテは万遍の笑みで答える。


 ウィリアムは大量の土に向けて両手を翳した。すると、数ヶ月前と同じように、掌から大量の光の玉が溢れ出ていき、辺りは星空のような情景を作り出し、それらの光が土の塊を包み始める。


 すると土の塊が勝手に動き出し、徐々に形を成していく。やがてそれは分離し5つの塊へ。さらに時間と共に、小さなゴーレムのような形へ変えていった。


 シャルロッテは口をパクパクさせ、アメリアは真っ先にシャルロッテの前に飛び出す。


 護衛は抜刀しながら警笛を鳴らし、屋敷内の護衛騎士を呼び出そうとしていた。


 なにごどだー! と言わんばかりに、護衛騎士達が集まりそれぞれが抜刀していく。


 そんな中、ウィリアムとミニゴーレム5体は、縦に隊列を組み、先頭のウィリアムに合わせて見事な行進をしていた。


「「「…………」」」


 その光景を見ていた誰もが口を開きながら、黙ってその行進を眺めていた。


 数分後、1人の護衛がウィンチェスター辺境伯達がいる応接室へ勢いよく入ってきた。


「たっ、大変申し訳ございません! 庭に魔物と似たような者が現れました! 現在、被害はありませんが、何とも言い難い光景でごさいます! 1度ご確認の程お願い申し上げます!」


 アルフレッドとミレーユは直ぐに思い付き、顔を真っ青にしながら走り出した。


 それを見た、ウィンチェスター辺境伯も同じように走り出し、護衛に案内を指示した。


「……これが、例の」


 ウィンチェスター辺境伯は、先程の話を思い返しながら、ウィリアム達に歩み始める。もちろん護衛達がそれを許すはずもなく、壁を作り歩みを止めさせた。


 それを後ろから見ていたミレーユは、すぐさまウィリアムの前まで行き、ウィリアムへ向けて物凄い怒気をふくんで叫んでしまった。


「外で作っちゃダメって! 言ったでしょ!!」


「え……?」

 

 ウィリアムは、長い事極度の緊張をしていたせいで、何が起きたか分からず、ただただ呆然としている。


 数分……。誰もが言葉も発せず、ただミレーユとウィリアムを眺めている。


「あんなに……、ダメって……」


 声にならない声で震えながら呟くミレーユ。


 ミレーユは、初めてウィリアムの力を見て以来、耳にタコが出来る勢いで、家の外では作ってはいけないと繰り返し伝えてきた。それは、この謎の力と謎の物体を目撃されたら、真っ先に処罰される事と想像していたためでもあり、それがウィリアム自身を守る為でもあると考えていたからでもある。


 アルフレッドはウィリアムを抱える。ウィリアムは何が起こったのか分からない状況に唖然としたしていたが、暫く辺りは沈黙を繰り返し、やっと自分が何をしたかに気がつく。そして、ボロボロと涙を流していた。


 さらにアルフレッドの後ろから、ひとつの泣き声がしていた。


「ひっく……ひっく……!」


 そこには、アメリアに抱きしめられながら大きな涙を流し続けていた金髪の少女、シャルロッテの姿があった。


――――


 一先ず、事なきを得た一同。


 ウィリアムは、その後泣き疲れたのか、客室のベッドで寝かされていた。その手にはミレーユの手が握られている。


 アルフレッドは事の顛末を確認するため、先程の応接室に戻り、ウィンチェスター辺境伯とシャルロッテ、側仕えのアメリアと共にいた。


 重い沈黙が数十分と流れる。そこへ、ミレーユが戻ってきた。


「……お待たせいたしました」


「ウィリアムは、大丈夫かね?」


「はい……。側仕えの方が、目を覚ましたら直ぐに呼び戻します。と仰って頂いたので」


「わかった」


 ウィンチェスター辺境伯は、ウィリアムの容態を確認し、ミレーユを席につかせる。


「アルフレッド、ミレーユ、本当に申し訳ない」

「「……?!」」


「何を仰います! 辺境伯様! そもそもウィリアムがゴーレムを作り出したのが問題なのです!」


「アルフレッドの言う通りです! 辺境伯様どうかお顔をおあげ下さいませ!」


「しかし、先程の状況から見るに、どうやらシャルロッテが、無理矢理ウィリアムにけしかけたのではないか。と考えている。どうだ? シャルロッテ」

「……!」


 ビクッとするシャルロッテではあるが、何かを言葉にしたくても声にならず、涙を浮かべながら奥歯をかみ締めている。


 黙ってシャルロッテを見つめるウィンチェスター辺境伯。その恐怖に目を合わせられず、震えながら下を向くシャルロッテ。


 暫しの沈黙が応接室を包み。ウィンチェスター辺境伯はシャルロッテの前まで歩みを進め、僅かに溜息をもらす……。


「ウィンチェスター様!」


 咄嗟にアメリアがシャルロッテを抱える。


「アメリアどきなさい」

「……っ!」


 長年仕えてきたからこその動きであろうアメリア。体を引き離されるアメリアとシャルロッテに、ウィンチェスター辺境伯は語る。


「先程の騒ぎは、シャルロッテが自ら命じた行為で間違いないな? ウィリアムはそれに従ったのであろう? 何故あのようになったのかも語れぬのか? ただ黙っているということは、今回の件をこのままウィリアムに擦り付けようと考えてのことか? シャルロッテ」


「…………」


「今回の騒ぎに関しては、私にも、シャルロッテにも、ハワード一家やアメリアや護衛達にも、皆に責任があるのだろう」


「…………」


「良いか? シャルロッテ。人間、貴族だろうが、民だろうが、例え王であっても間違いは起こす。間違いを起こすのが人間なのだ。だが、間違いは正していかなくてはいけない。わかるか?」


「……はい」


「だから、今回の事に関しては、先ずは当事者から何が起きたのかを説明し、次にどう対処すれば良いのか、しっかりと話し合わなければいけない。だから、シャルロッテは皆に説明をしなければいけないし、間違いを起こしたのであれば謝罪をし、正していく努力をしなければいけない。今のシャルロッテは、その努力から逃げたように見受けられるぞ? さらに全てをウィリアムに押し付けるような行動を取っているよう私には見えるのだよ?」


 ウィンチェスター辺境伯は諭すようにシャルロッテへ語りかけていた。


「……はい」


「自らの言葉で説明出来るかい…?」


 ボロボロと涙を流していたシャルロッテはウィンチェスター辺境伯の胸の中で何度も謝っていた。


 と、そこへ……


「おかあさん、おとうさん、ごめんなさい……」


 ウィリアムが扉の外からこちらを眺めていた。側仕からは、起きたら呼んでくれると言われていたのは覚えている。


「ウィリアム様自ら、皆様へ謝りに行くと仰りましたので、こちらまでご案内致しました。出過ぎた真似申し訳ございません」


 側仕えは全員に対して謝り、そっとウィリアムの背中を押したようだった。


「……ウィル」


「…………」


「私こそ、私こそ本当にごめんなさいっ! 本当にごめんなさいっ……!」


 ミレーユは自分がしてしまったことを悔やんでいた。あのゴーレムを、家以外で作ることを禁じていたのにも関わらず、作り上げてしまったウィリアムを見て、頭が真っ白になっていたのである。


「ごめんなさい……」


「「…………」」


 おそらく、一連の会話をずっと見ていたであろうウィリアムは、ただ黙ってアルフレッドとミレーユに抱きしめられていた。


 その後、アメリアとシャルロッテが、事の顛末を全員に対して説明していた。その日はもう遅くなるからと言って、ウィンチェスター辺境伯は泊まっていくようにとハワード一家へ伝えた。

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