序章2 力の原因

 魔法と魔導は似ているようで全くの別物である。魔法はクリスタルを媒介とし、クリスタルに込められている魔力を消費し、自身の体から魔力を放出することを目的としている。


 次に魔導具。これは鉱石同様に各地に散りばめられている、クリスタルを飲み込んだ獣が変異し魔物化される。魔物を駆除した際に体内から取れる鉱石は、クリスタルが魔石へと変換されているものであり、その魔石と魔物の身体の素材や金属を組みあわせることにより魔導具として形成される。


 魔物の特性や特技に類似した魔導具は、一般的な平民から権力者まで向けて、様々な用途の器具が開発されている。


 ミレーユは思いにふけっていた。


 数万人に1人程の確率で、クリスタルを媒介にしなくても魔法を行使できる者は存在する。一種の才能とでも言えるのであろうが、原理は未だにわかっていない。


 その者達は空気中にある魔力を体内に取り込み、ほぼクリスタルと同じ原理で魔法を行使出来るのだが、大概の者達はクリスタルを使用しているし、それはミレーユも同じだ。ウィリアムの力を見る限りでは、おそらくはこの例外に当てはまる事象なのだろう。


 ただ、何か意志を持ったように操作する魔法なんてあるのだろうか。


 ミレーユは先日起こった、息子ウィリアムの奇妙な魔法について調べていた。ただ、一般的に知られている魔法の中に、存在しないことくらいはミレーユでもわかっている。なので、もしかしたら王族であったり、それに近しい貴族だけが扱う魔法の部類なら、そんな魔法もあるのかもしれないと考えていた。


 一昔前は、ミレーユは魔法使いとして国内でとても相当優秀と評価されており、自身でも努力は人並以上にはしてきたと思っている。だからと言うべきか、あることに気がついた。


 (あれ? 人形動かす時に詠唱してたかしら……?)


 普通、魔法使いは魔法使用時に『詠唱』を挟む。例えば、ミレーユが行使する魔法でもある、聖極級治癒術イアトゥリーナも、使用時には勿論詠唱する。


 ミレーユはウィリアムが人形を動かす時のことを思い出していた。それもそのはず、低級であろうが極級だろうが魔法を使う際は詠唱が伴うにも関わらず、ウィリアムは無言で人形を動かしていたのである。


「うーん、今度サウザンピークの図書館でも行こうかしら」


 現在、ウィンチェスター辺境伯が収めている都市、サウザンピークなら色々な手がかりがあるかもしれない。

 今住んでいる、エレシス村からは馬車で1時間位の距離だし。それもありだな、と考えながら普段の家事に戻る事にした。


「はぁ……」


 アルフレッドは相当落ち込んでいた。先日の泥人形を壊して以来、ウィリアムが全く口すら聞いてくれない。


「どうしたものやら……」


 そう考えながらも、アルフレッドも過去の論文やら資料を読み返している。どうやらこちらも全く手掛かりがないようだ。


「とりあえず、しばらくしたら図書館に行こうと思うの。可能性は低いと思うけど、もしかしたら何かわかるかもしれないじゃない?」


「まぁ、そうだね。俺もウィルの機嫌が良くなったら、人形を作ってもらって観察してみるよ」


 お互いに、ウィリアムの未知なる力を、どう成長させていけばいいのか検討もつかない。まして、あの力の可能性を考えると、よからぬものにも利用されてしまうことも脳裏をよぎる。


「あと、その時は丁度良いから、ウィンチェスター辺境伯様に論文や技術提供をして、当面の資金も頂いてくるとしようか」


「急に押しかけたら怒られるから、手紙出しておいてね」


「わかったよ」


 そう言ってアルフレッドは自室に戻っていった。


 それからしばらくした後、家族3人は都市サウザンピークへと来ていた。サウザンピークは王都に次ぐ人口を持ち、王都よりも多民族、多人種が暮らす都市である。住居建物は真白な壁に、青の屋根の建物が多く、他にも、茶色のレンガ造りの建物など、見ただけでも様々な文化を感じさせる、ある意味独特で、芸術的に見えると言われている。


 人口割合としては、人族が大多数を占めるが、魔人族と長耳族が次いで多くの割合を占める。極稀に希少種の妖精族も見かけることもあるらしい。

 これらの多人種共存は、先代の辺境伯が、この領地では民の人権を尊重し、奴隷を禁じた事によるものが大きいと言われている。


「…………」


「どうしたの? ウィル」


「あれ、なに?」


 都市に到着し、途中で馬車を預け歩くハワード家の親子。この頃には、すっかりウィリアムと仲直りしており、父アルフレッドの肩に乗りながら、ウィリアムは大きく色鮮やかな屋根がついた建物を指さしていた。


「あぁ、あれはね、サーカス団だよ」


「そう、サーカス。手品とか獣使いとか、色々だ」


「そうよ、魔法を使わないで、奇跡を起こすのが手品なのよ」


「けもの……」


 ミレーユもアルフレッドも、今のところ、魔法というものをウィリアムに教えていないので、魔法という単語にも、手品という単語にも、いまいち理解を示していないが、獣という単語には反応を示し、かなり怖がっているようだ。


「大丈夫よ、ウィル。獣といっても、ちゃんと躾をされているから、とってもお利口なのよ」


「そうだぞ! それに、お母さんはとっても強いから、何かあっても必ずウィルを守ってくれるさ!ははっ!」


 アルフレッドはどうやら、万が一の時はミレーユがどうにかしてくれると思っているようで、ミレーユの顬が少しピクっと動く。


「アルフレッドも、しっかり私達を守るのよ!!」

「……!!」


 そうミレーユに叱られたアルフレッドは、肩を落としながら、トボトボと辺境伯邸へと向かった。


「アルフレッド・ハワードです」


「ミレーユ・ハワードと息子のウィリアムです」


 門番へ2人は挨拶をし、地面に降ろされたウィリアムも合わせてお辞儀をした。


「確認した。通ってよし」


 ハワード家へ送られた手紙を確認した門番は、一家を屋敷へと通す。


 先代の辺境伯は先の大戦の後、現当主のアーノルド・ウィンチェスターへと家督を明け渡している。


 流石は辺境伯邸。王族にも並んだ力を持っており、贅沢を極めた作りの屋敷である。更にその敷地はちょっとした村よりも大きく、別邸やその他の建物も多く作られている。


 応接室に通されたハワード一家。


 ウィンチェスター辺境伯の側仕えが茶の準備をしており、ミレーユは元々貴族出身の為、特に気にした様子もないが、ウィリアムはこの初めての独特な空気感にやはり緊張している様子だ。


「久しぶりだね。ミレーユ」


「ご無沙汰しております辺境伯様」


「アルフレッドは割と会う機会があるからそうでもないか。……ふふっ」


「辺境伯様は相変わらずの御様子で何よりです……」


 アルフレッドとウィンチェスター辺境伯、何かあるのかしらと首を傾けるミレーユ。


「その子がウィリアムかな?」


「えぇ、そうでございます。何せ村から近いとはいえ、赤子を連れてくるのはやはり心配でしたので、申し訳ございません」


「いや、いいんだよ、ミレーユ。当たり前のことさ」


「王都へは……?」


「…………」


「いや、すまない。今話すことではなかったね」

「それにしても、ミレーユにそっくりだね。アルフレッドにになくて良かった」


 ウィリアムがミレーユを見つめる。どうやら似ていることを言われて照れているようだ。


 ウィリアム・ハワードは、母ミレーユと同じく、夜空のような濃い青色の髪色に、濃い金色の瞳が特徴的だ。


「…………」

「……ふふっ」


 ウィンチェスター辺境伯は、鼻で笑いながら必死に堪えているようで、アルフレッドはなんとも言えない表情で固まっている。


 (やっぱりこの2人、何かあるんだろーなー)

 内心そう考えながら返答する。


「よく村の人にも似ていると言われます」


 ミレーユは、今でこそ平民と変わらない服装をしているが、元は貴族の娘。整った顔立ちに、夜空のような色の深い青色の艶やかな髪。そして、透き通った金色の瞳と愛らしい目鼻立ち。


 村人にはアルフレッドには勿体ない。とよく言われるが、ミレーユからすれば、アルフレッドは唯一気を使わず接し会えた人物なので、周りが思ってるよりもミレーユはアルフレッドを愛している。


「ウィリアム。こちらはウィンチェスター辺境伯様よ。しっかりご挨拶しましょうね」


「……こ、こんにちは! ウィリアム・ハワードです!」


 緊張している様子ではあったが、この日のためにと、挨拶の練習をしてきたウィリアム。


「はい。こんにちは。とても元気が良いね」


 褒めらたウィリアムは、顔を赤くしながら下を向いている。どうやら嬉しい様子で、ミレーユも嬉しく思う。


 ウィンチェスター辺境伯は、先代様と同様に大貴族でありながら、平民にも分け隔てなく接し、領地経営もしっかりとこなすこともあって、民にもとても人気のある領主様だ。


「歳はいくつになるんだい?」


「もうすぐで4しゃ、さいになります!」


「そうか! ウィリアム、私の娘で5歳の子がいるのだが、もし良ければ、一緒に遊んでやってはくれないだろうか? 歳も近いからきっと仲良くなれると思うぞ? どうだ?」


「……は、はい」


 ミレーユを見上げながら、不安そうにしているウィリアム。


「宜しいのですか? 申し上げにくいのですが、ウィルへは立場などの教育はほとんど行っておりません。恐らく御息女にご迷惑をおかけすると思いますが……」


 アルフレッドは、ウィンチェスター辺境伯の御息女に何かあっては。とでも考えている様子だ。


「いや、気にすることではない。私も殆ど構ってやれてなくてな。学園は来年からだから、友人作りの練習にも丁度良いさ」


「は、はぁ……」


「シャルを呼んでくれないか?」


 そう、側仕えに命じるウィンチェスター辺境伯。その後しばらく、ミレーユとウィリアムのここ数年の出来事等で談笑していた。そこへ、先程ウィンチェスター辺境伯に命じられた側仕えが、1人の金髪の少女を連れて戻ってきた。


「遅くなり申し訳ございません。お父様」


「構わないよ、シャル。こちらは、私の友人のアルフレッドとミレーユ。そして、ご子息のウィリアムだ」


 ウィンチェスター辺境伯は、息女と思われる少女へ、ハワード一家を友人として紹介してくれた。


「初めまして。アルフレッド様、ミレーユ様、ウィリアム様。わたくしは、アーノルド・ウィンチェスターお父様の長女にございます、シャルロッテ・ウィンチェスターでございます」


 茶色より金色に近い、長いフワフワの髪の毛。

 前髪を横に流し1つに纏め、空のような色の大きな瞳の少女。


――シャルロッテ・ウィンチェスター


 ドレスを摘みながら挨拶する1人の少女、シャルロッテ・ウィンチェスターは、とても5歳とは思えない程、貴族の娘として洗練されていた。


 ミレーユも貴族の頃を思い出しながら、シャルロッテへと挨拶をする。つられて、アルフレッドとウィリアムも頭を下げる。


「シャル。こちらのウィリアムはもうすぐ4歳になるとの事だ。普段、歳の近い子と接することも無いだろう? 2人で遊んできてはどうだろうか?」


 そう、ウィンチェスター辺境伯に言われたシャルロッテ。


 チラッとウィリアムを見つめる。


「畏まりました。敷地内であれば問題ございませんか?」


「あぁ、構わないよ。近くに側仕えと護衛は付けるけどね」


「はい。では、ウィリアム様、参りましょう」


 シャルロッテは、ウィリアムの手を引き部屋を出でいく。ウィリアムは、不安そうにしながら大人達を見つめていた。


「……本当に宜しいのでしょうか?」


「ん? あぁ、問題ない。私の前では、あぁしてお淑やかにしてはいるが、まだまだお転婆な年頃だ。問題あるまい」


「そうではなく……」


 アルフレッドもミレーユも、不安いっぱいでウィンチェスター辺境伯へ質問する。


「実は、今日参りましたのも、アルフレッドの仕事の事もなのですが、手紙でも触れた通り、ウィリアムの事もございます。後ほど図書館に寄るつもりもあるのですが……」


「そういえば、軽く手紙に書かれていたね。詳しく聞いても?」


「はい……」


 その後、ミレーユとアルフレッドは、数ヶ月前に起こった出来事を話し始めた。それからも、段々とウィリアムが作る人形の、性能や外見が向上していること。アルフレッドのオートマタの知識や、ミレーユの魔法使いとしての知識、それらの資料を読みといても、それらしい能力等が記載されていないこと。その為、サウザンピークの図書館でヒントを掴めないかと考え、ここまで来たこと。


「ふむ、興味深い話だ。アルフレッドはどう考えてる?」


「ドリッケラー帝国のオートマタはそもそも機械仕掛けなので、魔石と魔物の素材と金属が原料です。ですので、全く別物の力と考えますが、今は力の解明と、今後使わせるのか、才能を伸ばすのか、周囲に隠していけるのかと考えております……」


「そうだな。王やその側近だけならまだしも、欲だけは大層な貴族連中、教会、商人。様々な思惑が絡んで来てしまうな」


「…………」

「…………」


 ミレーユもアルフレッドも、どう返答して良いのやら分からず俯いてしまう。


「まぁ、今直ぐにどうこうと言う話でもあるまい。そんなに気を落とすな」


 ウィンチェスター辺境伯はそう言いながら、2人の不安を拭うように明るい笑顔を浮かべていた。


 その話をしている最中に事は起こる。

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