序章 からくり士

序章1 未来のからくり士

「ウィルー? どこにいるのー? 出ておいでー!」


 大声で家中を叫びながら歩き回る1人の女性。ミレーユ・ハワードは息子のウィリアム・ハワードを探していた。


「ねぇ、アルフレッド! ウィル見なかったー?」

「……」


 大声で呼び掛けられるのはアルフレッド・ハワード。ミレーユの夫であり、ウィリアムの父親だ。


「ねぇったらー!!」


「あぁ、悪い!! ちょっと部品が転がって探してるんだ!」


 アルフレッドは何かの作業中らしく、ミレーユからの呼びかけに適当な返事しかしなかったためか、いまいち状況を掴めていないようだ。


「さっきからウィルを探してるんだけど、どこにもいないのよー、どこにいったのかしら……」


ミレーユは家の中には居ないのかな? と独りごちりながら、裏庭の扉を開けた。


「んー……んー……んー……んー……」


 そこには鼻歌交じりで遊んでいた、泥だらけの小さな男の子の姿が居た。


「あー! 居たー! 探したんだぞー! 黙って1人で外に出ちゃ駄目なんだぞー?」


 そう言いながらウィルに近ずき、ミレーユはサッとウィリアムを捕まえるやいなや、思い切りウィルの脇腹を擽った。


「悪い子はお仕置だー!!」

「きゃー! きゃー! いやー!!」


 ミレーユに擽られ大声で笑いながらも、足元にある物を一生懸命拾おうとするウィリアム。どうやら今日のウィルは、泥?土?遊びをしているらしい。


「ねぇ、ウィル? 今日は何して遊んでたの?」


 ミレーユはウィリアムを下におろしながら尋ねてみる。


「おにんぎょうつくったの! うごくよ!」


 ウィリアムは庭にある土で人形を作っていたようだ。昨夜は雨が降っていた為、若干の湿り気を含んでおり、泥の塊が2つ上下に組み立てられていて、左右には木の枝をさし、上の塊には目と口らしき穴が作られていた。さながら泥で作った雪だるまとでも言えよう。


「あら、ウィル!上手に作ったのね!偉いねー!」


 ミレーユは基本的にはウィリアムを褒めて育てる傾向にあるようで、だからといって悪いことは何故ダメなのかゆっくり丁寧に教えるよう心掛けている。


 ただ、1つ気になった気がした。


「ねぇ、ウィル。お人形動くの?」


「うん!うごかせるよ!」


 (動かせる……?)

 この雪だるまみたいなのを手で動かしてるのかな?と考えながら、ミレーユはウィリアムに更に尋ねてみた。


「動いているところを、お母さんにも見せてもらってもいい?」


「いいよっ!」


 そう元気に答えたウィリアムは、泥の雪だるまの前に立ち両手を前に出す。ウィリアムは目を瞑り意識を集中させているような様子だ。すると、両手から蛍のような光の球が1つ、また1つと飛び出して宙に浮いていく。次第に勢いよく無数の光の球が手の平から飛び出していく。辺りはさながら星空のような光景に包まれた。瞬間、無数の光の球はウィリアムが作った泥の雪だるま目掛けて降り注ぐ。


「……え?」


 ミレーユは過去にダーレン王国でも3番目の実力を持った魔法使いとまで言われた使い手であったが、それでもこの光景は驚きのあまりに思わず声が出てしまっていた。


 更に、泥の雪だるまは先程の光に包まれ吸収していく。その時、泥の雪だるまはゆっくりと振り返り、宙へ目掛けてジャンプを繰り返した。何度か繰り返した後、泥の塊が地面に付いていた箇所から2つ足のようなものが生えてきた。


 とは言っても脚は存在せず、平べったい泥の塊がくっついているだけであるが、足だと認識するのは簡単であった。やがてその泥の雪だるまは前方に進み、庭を歩き始めたのであった。


 そのあまりの出来事に、ミレーユは何から質問していいのやら、突っ込んでいいのやらわからずに、大きな声で夫のアルフレッドを呼び出した。


「ちょ、ちょ、アルフレッド! アルフレッドー!」


 家の外から鬼気迫る声でミレーユの声がしたので、アルフレッドは何かトラブルでも起きたのかと思い、大急ぎで裏庭に飛び出してきた。


「どうした! ミレーユ!」

「泥だるまが飛んでるの! 歩いてるのよ!」


 何がなんやら訳の分からない返答で、アルフレッドは首をかしげながらその光景を見ている。


「……え?」

「見た!? 見てる!?」


「あ、あぁ、見えてるよ、うん」


 そんな2人があんぐり口を開きながら、ただその歩き回る泥の雪だるまを眺めていると、ウィリアムが話し始める。


「あれ、ぼくがうごかしてる! すごい?」

「「……ええええっ?」」


 そうウィリアムに言われ、片膝を着きながら眺めていたミレーユもアルフレッドも、思わず仰け反り尻もちを着いてしまったが無理もない。ダーレン王国にてそれなりに魔法学に通じてきたミレーユだが、所謂魔法は、火を出したり、風を吹かせたり、雷を落としたりするのが基本魔法だ。土系魔法だって人形ぽくすることは出来ても、基本的には壁にしたり飛ばしたりする。それを、何か意思でもあるかのように飛んだり跳ねたり、歩いてるように見せたりなんて聞いたことすらない。


 アルフレッドだってそうだ。アルフレッドはオートマタ(機械人形)研究者として仕事をしており、更にオートマタ(機械人形)は、金属等でできる部品と魔物から得られる素材や魔石を組み込んで初めて動かすことが出来る代物だ。こんな泥だるまを人の意思が組み込まれたように動かせるなんて思うわけもない。


 だからこそ、アルフレッドは調べてみないといけない。


「ねぇ、ウィリアム。この人形の中には何か入れているのかな? 例えば黒っぽい石とか、キラキラ光る石とか……」


「なにもはいってない」


「へぇ……。中身見てもいいか?」

「やだ!」


「ど、どーしても?」

「やだ!」


「…………」


 ミレーユもアルフレッドもこれは困ったと眉間に皺を寄せながらどうしたものかと俯いてしまう。


「ねぇ、ウィル? お腹すいてない? 美味しいクッキーを作ったのよ? 一緒に食べない?」


 クッキーと言われたウィリアムは、ぱぁっと笑顔を浮かべミレーユに抱きつく。


「うんっ! クッキーたべたいっ!」


「じゃあ、手を洗って泥だらけのお洋服を着替えましょうね?」


「はいっ!」


 そう元気よく返事をしたウィリアムは、急いで家の中に掛けていく。その瞬間ミレーユはアルフレッドに対して笑顔でウインクをしながらウィリアムを追いかけていった。


「…………」


「し、調べるしかないよな……」


 そう呟き、あとからおこるであろう状況を想像しながら冷や汗を垂らす父親がそこにいた。


「ねぇ、どうだったの?」


 ウィリアムはテーブルで幸せそうな顔をしながらクッキーを食べているので、聞かれないように小さな声でアルフレッドに尋ねている。


「あ、あぁ」


「…………」


「何も入っていなかった。魔石もクリスタルも、何一つ入って無かった」


「じゃあ、どういう理屈で泥人形が動いてたの?」


「そんなの俺にも分からん! そもそも、俺は機械仕掛の人形しか動かせないんだし、どちらかと言うとミレーユの専門分野なんじゃないのか?」


「…………」


「ま、まぁ。いきなり分かるものでもないだろうし、色々観察したりしていけば何かわかるかもしれない」

「そ、そうよね」


「…………」


 ミレーユとアルフレッドがコソコソと話していると、そこに大きな声が。


「うわああああんんんんん!」


 ウィリアムの泣き声が。


「しまった!」


 真っ青な顔をしたアルフレッドが裏庭に掛けていくと、物の見事に崩されていた泥の塊の前に蹲ったウィリアムが居た。


「ど、どーした? ウィル」


 声を震わせながらウィリアムに尋ねる父アルフレッド


「おとうさんなんて、だいきらいっっ!!」

「……っ!」


 そうして、この世の終わりが来たかのように、大粒の涙をボロボロと流しながら、ウィリアムは自分の部屋に逃げていってしまった。


「なんで調べた後に元に戻さなかったの!!!!」


 追い打ちをかけるようにミレーユに罵詈雑言を浴びせられ、普段は割と俺様なアルフレッドだが、ミレーユにはいつも叶わない。子犬のようにブルブルと震えながら、ただ正座をしながらミレーユに叱られる父アルフレッドであった。

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