第3章 閑話 覚醒のシャル1

「ぎゃああああっ!!」


 屋敷の廊下を走ってくる音がし、側仕えのアメリアが慌てて入室してきた。


「シャルロッテ様っ!」


 わたくしは、朝、目覚めのままの、自分の姿を鏡に映し、知らない女の子が映し出されたことで、驚愕の余りに大声を出してしまいました。


 咄嗟に不味いっ! と思考を働かせ、アメリアに、だっ、大丈夫よっ! ごめんなさいねっ! ほほっ! と、部屋をでてもらいました。


 これは、いったい……。


 鏡を見ながら、自分の身体のあちこちを触り、触感を確かめていく。先ず、身長がかなり伸びている事に気が付く。恐らくだけれど、少なく見ても、わたくしが知る身長の、頭1つ分は間違いなく伸びている。若しかしたらそれ以上……。


 次に、少しだけ身体のメリハリが際立った気もする。手を動かしながら、鏡に映る自分であろう人も、同じ動きをするのだから、認めなくてはいけない……。


 ふぅ……、ふぅ……。落ち着け。シャルロッテ。ふぅ……、ふぅ……。こんな時こそ、貴族の令嬢として振る舞わなければ、お母様に叱られてしまいますわ。


 先程飛び起きた、ベッドへ腰掛け目を閉じる。そこへ、再度アメリアから、声をかけられることとなる。


「シャルロッテ様、お着替えをさせて下さいませ?」


 ど、どうしましょ……。このあとの予定など分かりません。それにしても、アメリア少し老けたかしら。


「アメリア、気分が優れないので、少し横になろうと思いますが問題ありませんか?」


 そう、アメリアへ伝え。医者を呼ぶと言われたけれど、少し休めば良くなるから、大丈夫よ。と、部屋を出てもらう。兎に角、乗り切ったので、昨日の出来事でも思い出してみよう。


 昨日は、学園の寮で……、えっ? 何故わたくしは、屋敷にいるのでしょうか。


 段々と今の状況に慌てていき、呼吸も荒くなる一方。これは困りましたわ……。


 落ち着こう。落ち着くのですわ。そう、学園の寮部屋で……、えぇと、そう。祈っておりました。わたくしの最近の日課でもある、遠い地にいるであろう、ウィルの無事を祈り、目を閉じて居たはずです。


 そう思い出した瞬間、頭の中に到底処理しきれない量の、様々な映像や単語が流れ溢れていく。


 『ヒメ・オキツ』『ナノクリスタルマシン』『KARAKURI.CO』『タクト・アマツハラ』『デメテル』『第6世代能力』――。


 気がつくと、窓の外は夕焼けを照らしており、どうやら気を失い、ベッドで寝かされて居たようだ。


 そう、だったのですね……。夢では無かったという事ですか……。


 それは、昨日の出来事なのか、それとも、もっと前の話なのか。あの、薄暗い部屋で話しかけてきた、タクト・アマツハラ。今でも、何を言っていたかわからない。いや、わかってしまう……。これは、ヒメ・オキツの知識だろう。理解出来てしまう。


 わたくし達が、普段使っているクリスタル。要はナノクリスタルマシン。これがウィルや、私達魔法使いの力の源という事だ。ヒメさん的に言うのならば、第6世代能力というものなのだろう。


 それでも、説明がつかない事もある。先ずは今のわたくしの状況。何故年齢を重ねてしまった様な見た目になっているのか。ヒメさんの知識でも説明はつかない。これも、ナノクリスタルマシンの為せる事なのでしょうか。


 そんな事を考えてる時に、アメリアがやってきた。


「シャルロッテ様、お目覚めのようで、ご気分は如何ですか?」

「心配かけたようですわね。大丈夫ですわ。ところで、変な事を聞きますが、今、星歴何年でした?」

「はぁ。えぇ、925年になります」


 えっ……!? つまり、今のわたくしは12歳? えぇと、5年もの間の記憶が無いという事っ!?


「そ、そうでしたわね……。ちなみに、本日お父様、お母様はいらっしゃいますか?」


「えぇ、勿論です。直ぐお呼びしますか?」


「いえ、結構ですわ、わたくし、もう少ししたらお伺いしますと伝えて下さる?」


「畏まりました……。大丈夫でしょうか?」


 兎に角、冷静になろう……。


 アメリアに、問題無いと伝え、一旦戻ってもらう。わたくしは手掛かりを探さないのいけない。と考え、机から探していく事にした。


 どうやら、わたくしは日記を付けていたようで、そこから手掛かりを見つけて行くことに。


 先ずは5年前から……。


 10月某日


 ウィルがアテナへ行くことになった、とお父様から言われる。女王陛下からの呼び出しだそうです。


 10月某日


 ウィルが旅立ってしまいました。お父様お母様も一緒です。早く帰って来て欲しいものです。


 11月某日


 兄様からのお話で、年が明けたら帝国へ戦争を仕掛けるかもしれない。口外禁止だと告げられました。


 12月誕生日


 ローリーとクリス先輩が祝ってくれました。散々ウィルの事でからかわれました。早く帰ってきて欲しいです。


 …………。


 え? アテナ? って何処です? 


 しかも、この先が御座いませんけれど……。


 それに……。


 女王? 帝国へ仕掛けるって……。


 不味い不味い不味い不味い不味いですわっ。何が何やら、追いつきません……。それに、ウィルの事も書かれてないですし、わたくしは何をしてるのでしょう! お父様にもお母様にも、聞けるわけないです。5年間の記憶が無いなんて言えば、間違いなく療養監禁でもされますわっ。


 ローリーとクリス先輩なら……。いやいや、今どこにいるかもわかりません……。


 ブリジット先生なら……? 書かれてませんけれど、確かウィルと一緒に。


 時間がありませんわ! この時間ならいるかもしれません!


 直ぐにアメリアを呼びつけ、着替えと馬車の準備を言い付ける。かなりアメリアは動揺している様子で、わたくしに物申したい様子ではありましたが、関係ありませんっ!


「シャル、良くなったのかい? それにしても慌てた様子で何事なんだい?」


「え、えぇ! お父様、ご心配お掛けしましたわ、直ぐに戻りますので、お気になさらずっ、ほほ」


 ふぅ……、危なかったですわ。なんというタイミング。


 わたくしとアメリアは馬車で学園へ向かう。どうやら、ブリジット先生は研究室に篭っているとの事で、アメリアには席を外してもらった。


「ブリジット先生……、で、よろしいでしょうか?」


 ブリジット先生は、見た目変わらないのですね。魔人族だからでしょうか?


「ん? 誰だ?」


「え……? あ、シャルロッテです」


「んん? アーノルドの娘の?」


「はい、ご無沙汰……、になるのでしょうか?」


「…………」


 何やら、物凄い険しい表情で、考え込むブリジット先生。時折、目を合わせて貰えるものの、首を傾げたり、クルクルと研究室を動き回ったり、うーーん。と唸りを上げたりしている……。


「いや、ごめん。で……、ボクになんの用」


 来てしまって考えるのも、なんなのですけれど、何を聞けば良いのでしょうか……。まさか、記憶が無いとは言えない……。


「せ、先生……。ウィルとはまだ、こ、交流はございますか?」


「…………」


 何かあったのでしょうか。先生はこの場が凍りつくような、怖い雰囲気を見せてきます。


「キミ、生徒会長だったよね」


「え、えぇ。そうですわ」


「この学園の名前言ってみて」


「サウザンピーク魔法学園でございます」


「…………そうか」


「えっ? なんでごさいますの?」


「いや、生徒会長が此処に来た理由が分かった。掛けて」


 な、なんでございましょう……。ゴクッ


「どうやら、この学園は、サウザンピーク魔導学園と言うそうだ」


「えっ……? 魔導具の魔導ですか?」


「そう。ボクもさっき知った」


 ど、ど、ど、どういうことでしょう……。女王から始まり、この学園までおかしくなってるようです。


「へ、へぇ……。あの、変な事を申しますが、頭がおかしくなった訳では無いので……。わたくし、この5年間の記憶が全くないのです……」


「そ、そう……。生徒会長。お付が居るなら帰ってもらえ。ボクの所に泊まっていくんだ。長くなりそう」


 わたくしは、アメリアを屋敷へ帰し、お父様にブリジット先生の所に泊まる事を伝えてもらう事に。流石に、かなり心配され、説得するのに10以上はかかったと思う。


「じゃあ。ボクから話そう」


 今まで知らなかったけれど、先生は教員寮に住んでいるようで、お茶を入れながら話し始めました。


「先ず、生徒会長と別れた、5年前か? からになる、当時、ボクとウィリアムは、教会の大司教ゼクスと聖騎士団と共に、大地へ祈りを捧げる巡礼の様な事を繰り返していた。恐らく12月か1月頃、小さな村で、山賊がその村を襲っていた。その山賊は、大司教ゼクスが何らかの力を使って、一瞬にして消し炭にしてしまった。ボク達は少女神、あー。デメテルの判断でその村から逃避する事になった。逃避した先で、ボクは怪我を追い、そこから気を失ってたから、ウィリアムに聞いた話になるが、ウィリアムが、追いかけてきた大司教と聖騎士団を、魔法で殺めたと表現している。そして――」


「ちょっ! 待ってください! あ、殺めたって、何の理由がっ!?」


「はぁ……。良いから聞け。相変わらず面倒臭い。そう。それで、その大司教ゼクスと言うのが、オリュンポス十二神の最高神ゼウスだった」

「!?」


 はぃ? 話しが大きすぎます! 神を殺したっ!?


「そう。無理もない反応。でも事実。そう。ゼウスは、デメテル曰く、ボク達を殺そうとしていた。それをウィリアムが止めた? という事になる」



 最高神に殺されかけたって……


「ボク達は、話し合った。結果、アーノルドに指示を貰うために移動を始めた。更に翌日……。面倒臭い事に、十二神のヘルメスと、魔女だかと言っていたが、ヘカテーという女から、脅しのような忠告を受けた。ヘカテーは言った、多分生徒会長の事だと思うが、クリスタルを渡してある。いつか分かると思うが、悪いようにはならないと。ヘルメスは言った。近いうちにからくり君は、死ぬだろうと」

「えっ!?ウィ――」


 ウィルが……、死ぬ……?


「はぁ……。だから最後まで聞け。その後、ヘカテーのおかげらしいが、デメテルは、自分の意思で動けるようになり、言葉も話せるようになった。デメテルはアーノルドに顛末を伝えに、ボク達と別行動を取った。ボク達は、北へ目指し、その後サンリーニ戦跡地へ向かうことにした……」


 ゴクッ……


「数日、海岸沿いをボク達は歩いていた。昼頃、突然1人の女に話しかけられ、恐らくその同時にボクは死んだのだと思う……。一瞬だけど、痛みはあったはず。気が付いたら、先程、研究室に居た……。終わり」


「す、す、すみません、さ、さ、さいご、ウィルは、ウィルはどうなったのですかっ!?」


「…………、ごめん、わからない。ただ、ヘルメスの話が本当なら、ウィリアムは死んだ。と、思う」


 え……?


 ちょ、ちょ、ちょっと、まって……、え?


「ま、間違い、な、な、ない、んで、すか……?」

「だから、わからない!」


「う……嘘です、よね? いや、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だっ! 嘘だ!」


――パンっっ!

――パンっっっパン!!


「うっ……くっ……」


 視界が歪む。前が見えない。何もわからない。


「はぁ。落ち着け……。泣き止んだら教えて」


 そんな事……。言われても……。


 多分、かなりの時間、ずっと涙を零してたと思う。毎日毎日ウィルの帰りを祈ってた。それなのに……。


「はぁ、続ける。先ず、死んだと思われるボクが、此処に居ることを不思議に思わない? ボクとしては夢なんじゃないかと思うほど。それと、ボクも生徒会長も、この学園とは違う学園に居た記憶を持っている。これはどういう事?」


「ぅ……、それは……」


「ボクは、想像だけど、夢なのかもしれないが、違う世界の様なとこにいるんじゃないか? 生徒会長が来るまでに、ボクも少し学園内を調べた。そもそも国の名前が違ってた」


「え……?」


「ルインツ神聖王国と言うそうだ。君主はエリザベート女王、王都の名前も違う。ここの学園長も違う人物だった。アーノルドの血筋には変わりなかったみたいだが」


「…………」


 言われてみると、確かに。そんな気も……。


「時間が惜しい。話せるなら話して」

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