第3章2 最強ヘカテーさん

 いやぁ遠かったなぁ……。


「おぬしよ。妾の嫌いな船旅じゃ……、本当に寒気がする」


 サンリーニ戦跡地からは、勿論のことシーガリア公国への船など無い。有るとすれば漁船程度だ。大きな港町となると、逆戻りするか、サウザンピークから北のリンブルドンからしか、今のダーレン~シーガリア間航路が無いのだ。仕方なく、リンブルドンへ。


 多少のんびりはしていたと思うから、2週間程で到着したのだった。今のところ追っ手のような者もいなく、居たとしてもデメテル疾走で振り抜く事も出来るだろう。


 先程から、デメテルはこれでもかと言うほど、愚痴をこぼしている。今の俺は、デメテルが海が嫌いな理由も、凡そ分かっている。が、内緒にしておいてあげよう。多分、事は起こってないと思う。恐らく、感覚的には、食わず嫌いの様な感覚で嫌ってると思う。


「ここから、1ヶ月以上かかると思うんだし、今からじゃ、身が持たないと思うよ?」


 シーガリアまでは、船で1ヶ月は最低でもかかる。風によってはそれ以上らしいが、帝国と違って、魔導飛空挺が無いから仕方がない。


「本当に行くのかの? 妾だけ置いていっても良いのじゃぞ?」


「ペルセポネを探すんでしょ? 我慢だよ」


「そうだよぉ、デメテルちゃん。船旅はいいものだ」


 まさか……。


「そのまさかだと思うけど、その反応は連れないなぁ。からくり君?」


 やっぱりヘルメスかぁ。昔のままなら、こいつと話すのは、結構疲れるんだよ……。


 当時から、俺はヘルメスとの会話は苦手意識があった。言葉の端々で、おちょくられているような感覚に陥る。


「まぁ、長旅なんだ、のんびりしようじゃないか」


「と言うか、ヘルメス。やっとお前があの時言ってたこと理解したよ。いつも回りくどい言い方するものだ」


「そっかぁ、やっとだね? からくり君! ふふ」


 そんなやり取りの中、キャラック帆船はゆっくりと、港を出発し、見送りの人達であろう何人かは、桟橋から手を振っている姿を見せる。リンブルドンに着いてから、ずっとこの様子ではあるが、客室にいるデメテルは青ざめている様子だ。


 青い海! 揺れる波! 真っ赤な太陽!

 サイコーだぜいっ!


 デメテルとは真逆に気分上々で、俺はノリノリである。


 この辺りの海はかなり穏やからしく、余程じゃなければ船酔いする事もないだろう。と、船員は答えてくれた。


 そう言えば、俺とデメテルは、何に見えるのだろうか。姉弟? 早く大きくなりたいものだよ。如何せん子供は不便なんだ。


「ヘルメスー、此処に居るってことは、ヘカテーも何処かに潜んでるのか?」


「いいや、ヘカテーちゃんは……、何処だろうね? はは」


「お前、知ってるって、わざと顔に出してるだろ。やな奴だよ。ほんと」


「そんな事言わないでくれよ、からくり君。土産話も沢山持ってきたんだよ? デメテルちゃんはぁ、可哀想に、怯えてるんだね。まぁ、耳を貸してくれればいいさ」


 ヘルメスは、俺達が此処に来ることをわかった上で着いてきてると思う。そういう奴だったよ。


 やはりと言うべきか、現状目立った動きをしていないからか、ウィリアムは死んでいると、ゼウス・ヘラは思っているらしい。ゼウスはどうかなぁ? ヘルメスと繋がり強いし。


 あとは、自分がやらかしてしまった、最大の罪でもあるが、ブリジット先生への欲情による、全神へのラブコール。これは、やはりオリュンポス十二神全員が顕現しているそうだ。


 ふーん……。予測はしてたけど、誰も接触してこないのか。でも、ちょうど良いのか? ペルセポネを見つけるまでは、なるべく穏便に行きたい。とは言っても、会っておきたい奴もいるんだよな、シーガリアに居るはずなんだ。多分……。


「ねぇ、からくり君。君、ペルセポネを探すんだろ? 僕も調べて来たんだけど、知りたいよね? ウンウン、そうだよね? 知りたいよね?」


「取引だろ? いや、遠慮するよ。高そうだからな、それに検討はついてるんだ」


 何時だって金稼ぎが趣味だったヘルメスは、その特徴を引き継いでいる様子だ。


「本当、君は硬いなぁ、どんな情報なら買ってくれるんだい?」


「ヘカテーなら分かるはずだけど、前ヘルメスも会った、魔人族のブリジット・ゲインズノーレと、何処にいるかわからない、シャルロッテ・ウィンチェスターの安否と行方かなぁ」


「うんうん、そうかそうか。だよねー、やっぱりそうなるよねぇ」


 ヘカテーに聞けば直ぐなのだろうが、此処に居ない以上は、聞けるものなら聞いておきたい。それにしても、さっさと要求してくればいいものを勿体つけて。


「ヘパイストスの技を使って、一儲けしてくれるなら、教えてあげるよ。少し分け前をくれればいいさ。どうせ君の事だ、会うつもりではいたんだろ?」


 鍛冶神になっているであろう、ヘパイストス。そう。俺の目的のひとつなのだ。


「そうだなぁ。どうせ稼がないといけないし、でも、金の為に動いてくれるやつじゃないからな」


「ふふ、大丈夫さ。彼は動くよ。じゃ、3割で」


「はぁっ!? 1だ! 勝手に入ってくる金だろ」

「仕方ない。2でいいよ。その2人は――」


 勝手に取り分決められたよ。くそっ。


「今の世界では死んだことになってるよ」

「はぁ?!」


「いや、だから死んでるんだって」


「どうしてそうなるんだよ? ヘカテーぽい手紙には無事だって書いてたぞ?」


「慌てないでよ、とりあえず、周りが見てるからさ」


 大声を上げてしまった為、周りの乗客から注目されている事に、ヘルメスに言われるまで全く気が付かなかった。


 夜にでも、人気のない所で話そう。とヘルメスが提案してきたので、デメテルも俺もそれに付き合うことにした。


 いや、まさか……。あいつ、本当にハッキリ言わないんだよな。俺は先程のヘルメスの言葉に、少し焦りをみせる。


「ここなら、大丈夫だろ」


 夜の甲板に集まる3人。少し波が高くはなってはいる事もあるのだろうか、周りに人影もない。


 デメテルは……、大いに問題ありそうだ。


「それでだけど、ヘカテーちゃんしか作れない扉があるんだけど、君ならもう分かるだろ? からくり君」


 はぁ、と俺は深く溜息をつき、早く続けろと目で促す。


「ヘカテーちゃんは、2人をそっちに避難させたようだね。ヘカテーちゃんは、時も次元も超えれるという訳だよ。つまり、この世界には居ないし、この世界のどの人間達も、2人を死んだものとして認識してるのさ。要は存在その物が消滅したって事だよ。ヘカテーちゃんは、本当にペルセポネちゃんの誘拐を許さないようだね、普通ここまでしないと思うけど」


 理屈はわかる。体感したことも無いし、知識としてある。それだけだけれど、異世界か別世界線へ飛ばしたって事だろう。現に、自分が輪廻転生を体験している。


 とは言っても、死んだと聞くと……。


「恐らく、ヘラが君に接触してきた時じゃないかな?  2人纏めて避難させたんだと思うけど。見てないから分からないけどね」


 なるほど。ヘカテーが俺達を助けるという理由は、まだはっきり分からないが。この世界の均衡が崩れかけたのか? どんな理由で? 十二神を呼び出したことか?


「均衡と言うことなら、デメテルちゃんが、顕現した時点で大分狂い始めてるけどね。さらに荒ぶってることが一番の理由じゃないかな? 攫ってしまったあいつが大元の原因だけどさっ。全員が顕現したのも大きいかもね。挙句、からくり君が、目立つ程に魔法を使いまくるものだから、仕方ないさ。ちなみに、多分、僕の知る限りでは、帝国の魔導機械技術が、かなり他の国を凌駕しているんだけど、君達2人の存在と、機嫌の悪さだけで、それを簡単にひっくり返しちゃったんだと思う。本当は、王国や他国に肩入れするつもりだったんだと思うよ? デメテルちゃんが来るまではね。そろそろ、帝国も他国に、んー、王国かな? やっぱり。動くと思うよ? 君主なんかの、自分達の意思等とは別にね」


 これも、言い分としては理解出来る。だけど、ここまで俺たちに干渉してくるものだろうか。戦争真っ只中という訳でも無いのに、1個人の俺に向けて注視するか? いや、どちらかと言うとデメテルに対してなのか。


 デメテルはどう考えてるのやら。相変わらず怯えた様子だけれど。娘が攫われてるんだ、デメテルを責めるのはお門違いだろうに。


「知ってるだろ? 世界はそういう風に出来てるんだ。それは神々も考えて動く訳じゃない。それが当たり前の様に、ただ動くだけだと僕は思うけど、実際どうなんだい? からくり君。そういう訳で、僕もヘカテーちゃんも、少しだけ手を貸しているに過ぎないのさ。君達ばかり不利になるのも、また、均衡が崩れるって事だと思うよ。はたしてこれは、僕もヘカテーちゃんも、自分の意思なのかな? わからないね。ふふ」


 あーっ、嫌な言い方してくる。イライラしてくるなぁ。くそぅ。


「結局の所、からくり君が考えてる、ペルセポネちゃんを助けるというのが、近道だと僕も思うよ。あぁ、さっきの2人を此方に呼ぶとか、そういう話はヘカテーちゃんとしてね。僕は専門外だ。これ以上は別料金だけど、最後にアドバイスと思ってくれていい、この世界は諦めた方が良いと思う。ペルセポネちゃんを助けた後でね。僕達全員が形として存在してる。身体を得てしまっては、何をするかは、それぞれ違うしね。流石にどうにもならないと、僕は思うよ。よし、じゃ、この辺でおやすみ」


 そう言い残し、ヘルメスは客室へ向かって行ったが、俺は何も言葉をかけず見送った。流石に隣のデメテルが気になって仕方がない。


「大丈夫? デメテルさーん」

「む、無理じゃ、多分近くまで来ておる……」


 いや、まさか……。


 震えてるデメテルを『操作』し、俺は無理矢理客室へデメテルを連れ、休むことにした。ヘルメスの言葉の内容を整理しなければならない……。


 暫く船は問題なく北へ進む。


 いや、問題だ。


 2週間ほど過ぎた頃、ヘルメスと他愛もない話をしたり、怯えたデメテルを慰めたりして過ごしていたある時、次第に波が荒くなってきたのだ。


 雲は厚く、船は大きく揺れ動き、体重の軽い自分の身体は、船板を転げ回る。


 ぅおぅうぉー、これは不味い。ヘルメスもデメテルも、どんなバランスしてたってるんだ。


――ギィィィイイイィイ!!


――ザッパァァァァっつアンッ!!


 更に、風は暴れ、船の真上から波が落ちてくる。既に転覆でもしそうな勢いだ。


「く、くるのじゃ、来るのじゃあああっっ!」


 デメテルが、怯えた小動物と化し、大声で叫ぶ。


 もう、これでもかってくらいに、転げ周り、へとへとで、胃の内包物も、噴射してしまいそう。


――うっ、うっぷ……


「デーメーテーーーールっ! ワシの可愛いデメテルはどこだーーっ!」


 床をぐるんぐるんしながら、視界に捉えた声の主。


 イルカっ? シャチか? なんでそんなとこに突っ立って居られんだよっ! と、恐らく思ったと思う。


 大男が、どうやらデメテルを探しながら近づいてくる。よく見ると、目はギラギラし、鼻息を荒らげている。更に、見たくもないが、股間を大きく天まで突き上げた状態だ。


「ぎゃあぁっあああっあ!!」


 デメテルは叫び、俺の背中にしがみついてくる。万歩計がこの世に存在するならば、1分で、100キロは歩けるんじゃ無いだろうか、それ程の震えを感じる。


「みーーーづーーげぇーーだーーーあぁっ!!」


 大男が、野太い声で、獲物を見つけたと咆哮を上げる。


「はぁはぁはぁはぁ! 直ぐに、絶頂させてやるっ! 喜べぇっデメテルっ! お前とぉワシの子は100人は作ろうぞっおおっ! ぉお前を、何度も何度も何度も何度も、昇天させ、快楽の限りっ、ぐちゃぐちゃにびちょ濡れに、そしてぇっ、陵辱の限り遊ぶのだぁ! はぁはぁ」


 流石にこれは不味い、こいつはもう、完全に性犯罪者になると宣言してしまっているただの獣だっ、目は完全に血走り、既に白目を剥いて逝っている。下のズボンもはちきれんばかりの様となっており、大粒のヨダレまでダラダラ垂らしてやがる始末だ。


「おい、ポセイドンっ!! 落ち着けええ!」


 間違いない、ゼウスに並ぶ神の柱、ポセイドンだ。


「やぁやぁ、ポセイドンさん? みっともないし、はしたない……、神の名が汚れますよ」


 ヘルメスも止めに入ってくれるが、全く聞く耳を持たないで、はぁはぁ鼻息を荒くしているポセイドン。

 俺もデメテルを背負いながら、暴れ回るキャラックの上を走り、逃げ回る。後ろではデメテルが、ひぃーーっと泣き叫ぶ様子だ。


――ズドンッ


――ズドンッ


「わ、わ、わ! 何しやがるっ!」


 あいつは、こちらを目掛けて、超大玉の水弾を、音速かよっ! て速さで狙い撃ってくる。ヘルメスは、肩を竦め、こりゃダメだーと嘆いている。見てないで手伝ってくれよっ!


「はやぐっぅ、渡せぇぇぇぇっっっ!!」


「渡すわけねーだろーがっ! デメテルが壊れちまうだろっ!」


 とは言っても、こんな場所じゃ、逃げることしかできないし、無詠唱もうてるわけがない、船員も居るのだ。あんな負い目は二度とゴメンだ!



――ズドンッ


――ズドンッ


 くそーっ、絶対に逃がさないつもりだよ、あいつ。


――ガッチャーーーんッ


 そこで、目の前に超巨大な黒扉が現れる。


 やっときたか! 犯罪取締官!!


「あらあ? あらあらまぁまぁ! 今にも吐き出しそうな、イカ臭い、汚物の様な、ゲテモノを腐らせた様な臭いを放つ、くっさい犯罪者の成れの果ての悪臭がしてると来てみたら。あらあらまぁ。なんということでしょう。ポセイドンさん、あなたでしたかあ? その腐った卵の陰茎の悪臭を放ってたのはっ!」


 そこには、果たしてどんな異臭なんだ、という強烈な表現を言い放つ魔女ヘカテーがいた。


「ヘカテー、助けてくれっ! デメテルがこいつに、今にも犯され――、壊されそうなんだっ!」


 俺もデメテルも、2人揃って助けてくれぇ! 叫び、バタバタと走り回る。


「おやおやまぁまぁ。それはいけませんっ! 問答無用の重罪ですよっ! コノ腐れ外道がっ! 今直ぐ刑を執行します!」


「でめでるぅつうえっ!」

「そのクソゴミ粕まみれの汚物陰茎がっ! 二度と使い物にならない程の、地獄の快楽を永遠にお楽しみなさいっ! 『お逝きなさいっ!』」 


――ガッチャーーーんッ


 狂った性犯罪者は、瞬く間に、ヘカテーが召喚した超巨大な黒門に吸い込まれ消えていった……。


 言い回しの怖さですよ、ヘカテーさん。使い物にならなくなるのは、あいつにとっては地獄なんだろう。


 しかし、あいつも、ホント変わらないなぁ……。

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