第1章13 巡礼と謎の大司教
王都アルテナを旅立ち、僕、ブリジット先生、少女神デメテル様、教会からはゼクス大司教と、数多くの聖騎士の面々は、各々の町村を祈りを捧げながら、回り続ける日々。
現在、王都から北東。三日月山脈の麓。このまま山を進めばスキニア共和国。少しだけ北に進めば海に当たり、先にはシーガリア公告だ。
今滞在している村は、先程起こった件の影響を受けてか、はたまた蹂躙されかけたからなのか、今まで訪れた村以上に雰囲気が重く、そして誰も喋ろうともしない。僕達の教会団は、其の場しのぎにしかならないけれど、炊き出しで村民に振舞っている。
僕は食事が喉を通らず、先程の最悪な光景を思い出す。
――――
「大司教。次の村が見えてきました」
「承知した。賑わっているように見えるが?」
「遠くて見えません。1人偵察に向かわせます」
教会騎士達の声が聞こえる。僕達も馬車から村の方を眺めてみるが、豆粒大にしか見えない家々の様子は、ここからでは伺うことが出来ない。
暫く待ったところで、偵察の騎士が馬で駆けるてくる。
「大司教。賊に占拠されようとしている状態です」
「ふむ。規模は?」
「20、いや、30人規模でしょうか。曲刀と弓を持っているようです。魔導具は確認出来ておりません」
「なら、君達でも問題ないだ――いや、私が行こう」
「大司教自らですか?」
「とりあえず、近くまで行こうか。ハワード殿はここで待つといい」
そう言い残し、大司教と数人の聖騎士を伴い、村へと向かって行く。残されたのは、僕達と護衛に置かれた聖騎士達。
彼等は何か、ヒソヒソと話しているようだが聞こえない。なぜ、襲われているのに、こんなにも落ち着いていられるろだろうか。
其れは急な出来事だった。
辺りが急に暗くなり、灰色の分厚い雲の塊が空を覆い、ゴロゴロと音を響かせはじめる。
金色の細い雷が、次々と村の周りの畑に襲いかかるなり、轟音が続き、鼓膜が破れそうな勢いで鳴り響く。落雷は尚も止まらない。次第に村の中心へと狙いをつけたかのように、収束していく金雷の群れ。
僕は唖然となる。こんな気象現象も、魔法も習っていない。真っ先に魔法を疑うけれども、金雷も知らなければ、あんな大量の数を撃ち込めるなんて、想像も出来ない。
威力でこそ、
「ハワード殿、行きましょう」
騎士の1人が、何事も無かったように先へと促す。
「い、今のは魔法でしょうか……?」
「いや、違うらしいが、私達にもわからん」
(足が早くなるだったかの魔導具を、魔人娘に装着させとくのじゃ。おぬしも他のを付けておけ)
鬼気迫る雰囲気で、そう指示するデメテル様。
「デメテル様が、装着しておけと……」
「わかった……」
僕達は固唾を飲み、村へと進める。
僕達は、近づく事に、異臭がする事に気が付き始める。火事や火の手など無いが、何かが燃えた時のような臭いだ。
僕は、この地獄かと思える光景に、絶句するしか無かった。
先程まで、山賊が暴れていると報告があった村は、しんと静まり返り、何一つと物音がしない。異臭に耐えながら、村の入口から中を見回すと、人だったと思われる形をした黒の塊からは、煙の様な物を纏っている。身体の胸と思われる箇所等には、物体が高音になった際に見られる現象の、赤色の泥っとした粘性の強い液体がまとわりついている。
「うっ、うっ、おぇぇええええつつつ……」
その臭い。その形。人間だ。恐らく人間が、一瞬で焦げてしまったのだ。
そう考えた瞬間、その場で地面に思い切り吐き出してしまった。
「ハワード殿、お連れの方も、一先ず村の外れの家屋を使わせて貰えるとのことです。案内しますので休ませて貰いましょう」
――――
僕達は、炊き出しを提供している。
が、その場は重々しい雰囲気のままだ。そこへ、金色の髪色の、毛束がクルクル波を打つ短髪の、大司教、ゼクスが話しかけてくる。
「少しは落ち着いただろうか?」
「あ、えぇ……。まぁ……」
「驚いたのだね? 仕方ないさ。初めは誰でも驚く」
「そ、そうですか。魔法なのでしょうか……?」
「ふむ。ちょうど良い。場所を変えて少し話をしよう」
僕は、ブリジット先生とデメテル様を、その場に残し、ゼクス大司教と共に、人気の無い家屋へ入る。
「…………」
「なに、とって食おうと言う訳じゃない。楽にしてくれていいよ? 先ずは、そうだね、礼を述べよう。私を呼び出してくれて感謝するよ。これでも、少しは楽しめてる。フフ」
不敵な笑みで語りかけてくるゼクス大司教。呼び出す? そっちが呼んだんでしょ!
「さて、この数週間、君を観察させて貰ってた訳だけれど、何も起こらないんだね」
「……と言いますと?」
「いや、君の周りと言うのか、形容し難いのだけれど、ある気配を感じてたから、祈りを捧げて貰えば、何かしら起こると考えてたんだけれどね? フフ」
「…………」
「それとも、君自身がそうなのかな? でもまぁ、そうには見えない。という事も、わかるにはわかるんだけれどね」
「何を仰っているのか、わかりかねますが……」
「ふむ。どうしたものか」
「…………」
「じゃあ、この話はどうだろう。今の国内のこの有様。軽い飢饉が起こり始めてきている。これって、誰のせいなんだろうね?」
……誰? 誰って、クリスタルが、人とでも言いたいのか?
「僕にはわかりません」
「つまらないねぇ。会話を楽しもうとしているんだよ? あぁ、そうだ。さっきの雷。君も見てたんだろう? それに、あの黒い山賊の燃え尽きた炭、あれねぇ、私がやったんだよ! 山賊だけを狙い撃ったんだ? フフ」
「……っ!?」
「良いねぇ、その顔」
「ま、ほう……?」
「いいや、違うよ。でも、まぁ。君達やその他の、どの種族から見ても、魔法としか表現出来ないだろうから、魔法と言えば魔法なのかもしれないね」
なんでこの人、自分は違う種族、とでもいうような言い回しをするんだろう。それにしても、外が騒がしくなってるが、二人は大丈夫かな……。
「魔法と言えば、君、その身体から流している魔力。あの少女に流しているよね? そして、あの少女、人間じゃないよね?」
さっきから揶揄う笑みで、僕を試すような言い回し。何が言いたい……。
「あれ、『からくり士』の力で作ったんだろ?」
「……!?」
「やはり、そうだろうねぇ。ククク」
どういう事だ……? この人、何を知っている? 混乱してきた、何を言葉にして良いのかダメなのかもわからない。
「君……、デメテ――」
「大司教、祝詞について、村長が話をしたいと申してます」
「ふむ。そうか。では、行くとしよう。また、夜にでも話を聞かせてくれ。ハワード殿?」
(ウィリアム、直ぐに妾の元へ来い)
なんだったんだ、あの人。僕は固唾を飲みながら、デメテル様の元へ向かう。
「なんだったの?」
「いや、僕にもわかりません……」
(そんな事はどうでも良い! 今すぐこの場を去る)
……え? なぜですか?
(話は後じゃ! 妾にお主らの荷物を持たせろ! おぬしの方が軽いから、魔人娘に抱えてもらうのじゃ! はよ急げ! 逃げるのじゃ!)
「ん。どうした?」
「なんか、デメテル様が、物凄く慌てて、逃げろと」
「え? 他には?」
「荷物のが重いから、デメテル様に持たせて、僕はブリジット先生に持ってもらえと」
「……。そういう事か。わかった」
僕は、村民達の影に隠れながら、荷物をデメテル様に持たせる。それを確認したブリジット先生が、僕を背負う。そこに、遠くから騎士が声をかける。
「ハワード殿ー、なにをー?」
其れを聞いたブリジット先生は、魔導具を起動し、デメテル様ばりの速度で、住民達の塊から飛び出す。
「うわぁああっ! うわあー!」
僕はあまりの速さに大声をだしてしまうが、デメテル様を置いてきてしまったので、急いで操作をし、ブリジット先生を追いかける。
――――
「大司教。突然、ハワード殿と連れの方が、村を飛び出して行ったようです」
「あらら。折角楽しめると思ったのに、仕方ないね。全員で探しに行って良いよ。私もすぐ行く」
「捕縛でよいですか?」
「うーん……。『壊しちゃって』もいいよ。というわけで村長、失礼するよ」
(まぁ、私も消えてしまうだろうけど、またタイミングはある)
――――
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。もう、ムリ……」
「ブリジット先生……。本当にすみません……」
三日月山脈から少し離れたところにある、小さな洞窟に僕達は身を潜めている。
僕を背負って、飛び出したブリジット先生の脚は、痙攣を止めず、あちこちに、ぶつけまくった身体や服も、ボロボロの様相となっていた。
デメテル様、なんで逃げる必要があったんですか?! 教えてください!
(家の中におったおぬしには、わからぬ事じゃが、おぬしと話していた奴は、今にも空を操り、あの雷を落とそうとしてたのじゃ)
なんですかそれ! そもそも、あんな魔法習ってないですよ!
(あれは、魔法では無いのじゃよ……気分とでも言うのかの……。神の機嫌とでも言えば良いのか。ほれ、空を見てみよ。あの雲、此方へ追いかけてきてるじゃろ)
「っ!?」
「はぁ……、はぁ……、ど、うした……はぁ……、はぁ……」
(このままじゃと、恐らく殺されるじゃろ)
それは、逃げたからじゃないですか!?
(いいや、村にいた時からその威圧は出ておった。遊んでおったのじゃろ)
遊んでたって……、僕達もあの山賊の様に炭にされるってことですか!?
僕はデメテル様に、ただ感情をぶつける。悪党であろうと、簡単に炭にされた人達を見て震え上がっていた僕に、ゼクス大司教が意味不明な事を語り続け、挙句、いきなり逃げろと言われ、僕を背負って走り続てくれたブリジット先生は、前身ボロボロになっている。
この際、女神様だろうが知ったことではない。
(奴は、殺すと決めたら殺すはずじゃ。余程気まぐれを起こさなければの。妾も、まだ消える訳にはいかぬ。すまぬ。覚悟を決めて欲しい)
なんですか、その覚悟って! あの人達と戦えって事ですか!? そんなの無理ですよ! なんで僕なんですか! 勝手すぎますよ! いきなり僕に争いを止めろとか、魔物を狩ってくれとか、全部僕じゃないですか!? なんでですかって聞いてるんですよっ!!!
「ウィリ……アム……? はぁ、はぁ……」
(済まぬ。だが。そこのブリジットを助けてやれるののも、また、おぬししかおらぬ)
僕はブリジット先生へと振り返る。仰向けになりながら、息を切らすその姿。恐らく脚も何かしらの影響を抱えているだろう。動かせるわけもない。
雷雲も、すぐそこまで迫ってきている。デメテル様の言うことが、確かな証拠は何も無い。何も無いが、あの山賊の光景に、自分を重ね合わせて見ればを、今にも失禁でもしてしまいそうな程、僕は震え上がる。
(これ以上は、悩んでる余裕は無い。だが、戦う必要も無い。奴は身体その物は人の也だ。おぬしと変わらん。1度の魔法で済むはずじゃ。)
ブリジット先生。
僕らが殺されるのは、確かでは無い。けれど、ただ身構えてあの雷を落とされれば、間違いなく死ぬ。僕もブリジット先生も。
くそっ、くそっ、このままじゃ。
殺られる……、殺られる殺られる殺られる……。
殺されたくない!
殺させたくないっ!
アイツは殺るしか無い
僕は、デメテル様を洞窟の前まで連れていき、灰色の畝りを上げる空を見上げる。その近くには、聖騎士達の集団と、恐らく大司教もいるであろう人影も見える。
……ふぅ。大きく息を吐く。
僕は、右に見える、三日月山脈の壁肌の方角へ意識を合わせる。まだ教会騎士達は、僕達にも気が付いてない。もう、今しかない。
――
――
2つの最上級魔法を、崖の壁肌目掛けて撃ち込んだ。
ドゴォオオオオオオオンンンン!!
山の壁肌が、凄まじい爆発を起こし、山頂までの全ての岩や土や木や、その全てが四方八方に吹き飛んでいく。
ズ、ズ、ズド、ズドドド、ズドドドドドオオオ!!
同時に、地響きが起こり、爆発してしまった全てを、魔力で作りあげた泥が飲み込み、傾斜の着いている山下へ大きな波のように流れていく。
あらゆる存在を飲み込む。津波はどんどん大きくなり、大司教が作り出した雲の塊さえも、地平線に見えるまでの、その全てを……。
気持ち的には、殺さずにしても、追い返したかったと考えていた。なので、人の集団に魔法を使うでは無く、地形を利用しておい返せないかと。今更甘い考えだった事にあとから気が付く。
山の一つを消し去った僕は、聖騎士や大司教、他の全ても飲み込んでしまった事に、暫く気が付けなかったのだった。
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