第2章 閑話 自立を得た女神

 しかし、昨日も感じたが、自らの意思で動き回れる日が来るとは思わなんだ。ヘカテーにも少なからず感謝せねばならぬな。


 悪い奴ではないのじゃが、昔からどーにも好かん。天地海冥時の門番という大層な呼称の魔女のくせに、『悪さを許さず』等とぬかしおる。


 妾からすれば、あやつの謎の儀式とかの方が、余程悪事の様な気もするのじゃが、妾も含め、魔女と言えど神というのはつくづく、最初の指針を元に動くのじゃろうな。


 あとは、そうじゃ。ヘルメスの行動も気になるの。あやつは昔から着の身着のままというのか、何とも掴みどころのないやつじゃったの。


 他者への伝達があやつの役割だったか。にしては、昔から手癖も悪いは、他者を弄ぶ様に簡単に騙しよる。言葉の何処に本心があるのか、何処が嘘なのか。到底信用の置けぬ奴じゃが、あやつがウィリアムにも、ペルセポネの失踪にも興味を示したのなら、そう悪いことも起こらぬと……、思いたいがの。


 妾も他人の事など言えぬか……。


 ペルセポネが行方知れずとなり、回りが見えなくなった妾は、偶然にも祈りがあったあの村に、たまたまおったウィリアムへ、勢いだけで接触し、挙句に眷属契約までしてしもうたのじゃ。


 何の因果か、からくりの転生者なのじゃから、神々の気まぐれとは、ほとほとよく出来た代物よ。


 妾とて、思い出せぬ事もあるし、長い事この世を見てきても尚、知らぬこともあると言うことか。


 それに……。妾の機嫌で大地が枯れていく等、当時はウィリアムには言えたものでも無かった。


 ペルセポネを誘拐された等、知った今となると、妾の気持ちとは関係無く、完全に『壊れて』しまうのじゃろうか。


 ……考えてたら、余計に腹がたってきおった。何処のどいつじゃ! 妾の大切な娘を拉致した糞悪党は! 絶対嬲り殺してやろうぞ!


「デメテル様、ずっと動いてるんですか?」


 お、ウィリアムか。そろそろ時間かの。


「そうじゃの。じゃが如何せん賊が多い。無茶はしないと約束もしたから、遠回りもしておる。人よりは早く動いておるが、やりすぎるとおぬしの魔力も減りやすくなるからの、それなりに時間もあるし、1週間も有れば王都に着くじゃろうて」


「わかりました。僕達も問題ありません。もうすぐ街に着きそうですよ」


「そうか、無理せぬ様にの。そろそろ時間じゃろ、また起きたら声をかけてくれ」


 にしても、本当に賊が多いの。妾のせいでもあるが、人間とは争いをやめられぬ生き物じゃ。


 ウィリアムは、素材狩りや自分の趣味以外で女神の視界を使うことはあまり無い。


 出会ってから初めて、別行動をしている2人だが、ウィリアムは既に1個人として女神に接している。恐らくは、女神の行動を制限したくないのかもしれない。


 いい加減、畑に森にと、景色に飽きてきたのお。次に街か村を見つけたら、通り過ぎ程度に見ても良いじゃろうか。


 なるべく人目に付かないように、人気を避けて移動していた女神だが、自立を得た身体もあってか、枷が外れた事で、少しくらいは、と思っている様子だ。


 その後、それなりに大きな街を見つけた女神デメテルは、期待に胸ふくらませ、るんるん大通りを進んでいた。


 なんじゃ? 戦でも始めるつもりかの? それとも賊狩りか何かかの? 武装した男達が多いのじゃ。 にしても、品の無い奴らばかりじゃ、武器を手にして己が器を見失って居るのかもしれん。


 街の住民に乱暴な声色で怒鳴り散らしたり、通り過ぎの酒場で好き放題暴れる者達を見かける女神。勿論、深青ドレス姿で、人としては10歳程度の見た目では、酒場の様子は見に行けない事も、分かっているのだろう。


 ウィリアムからも止められておるしの、無茶は出来ぬ。まして、暫く身体の化粧もしておらん。継ぎ目も目立つじゃろ。


――くぉらーっっ! 何しやがっとんじゃボケがぁ!


 じゃがのぉ……。小さな娘1人に、大の大人が大声張り上げるのは気に入らんのお……。


「おい、おぬし。こんな小さき娘に向かって、何を怒鳴り散らしておる。可哀想じゃろ」


「なんじゃ? ガキがあっ! さっさと消えろぉ!」


「はぁ。おぬしよりは、長い事生きておるのじゃがのお、聞く耳すら持たぬ小童か……」


「なんだっあ!? 先にてめーっから、くぉろすぞこらぁぁっ!」


「臭い息で近づくでないわ。その息だけで気を失いそうじゃ。カカッ」


「いい度胸――」


――ドゴォーォン!


 唾を大量に飛ばしながら女神に近寄る男。その男は、女神の身長に合わせ、屈みながら両手を伸ばした。その丁度良い高さに、たまたまあった顎へ目掛けて、女神パンチは、右から大きな円を描き、振り抜かれた。


「ありゃ? こんなにも威力がでるのか。人攫いよりも加減したつもりだったのじゃが……」


 男は路地の壁に頭をめり込ませ、痙攣を起こしている。男の足元には、壁に使われているであろう、壁材の破片が粉々になって転がり落ちていた。


 独り言を呟いている女神は、首を傾げながら、その小さな拳を路地壁に向かって、金属音のようなカツンカツンとした音を鳴らしながら、拳を打ち付けている。


「おおっ! なんか知らぬが、拳が硬くなっておるのじゃっ! にしても、いつの間にこんな事になったのじゃろ」


「まぁ、良いか……。おい、おぬし。あまり弱いもの虐めばかりしておると、天罰が下るぞ! カッカッカッ」


――ピピーッ


――何事だぁぁぁっ!!!


 女神パンチを繰り出した際に、響かせた大きな音のせいで、住民が兵士に通報してしまったようだ。


 しもた。目立ってしまったか……。仕方あるまい、逃げるとするかの……。


「おい、娘。直ぐ親の元へ帰るんじゃぞ。兵士に詰められてしまうからの! カカッ」


「お母さんとハグれて……うっ、うっ……」

「はぁ……」


 ウィリアムには内緒にしておくしかあるまいか。言えぬ事ばかり増えておる気がするのじゃが……。


「どれ、一旦跳ぶから、しっかり掴まっておるのじゃぞ?」


 女神は、ウィリアムと同じ年齢程の少女を担ぎあげ、裏路地から、各家のベランダへと飛翔していく。恐らくその身のこなしは、辺境伯家の諜報員よりも高い運動能力となっているのであろう。


「して、ハグれたと言うておったの?」

「ひっ!」


 少女は、人間離れした跳躍を経験した為か、フルフルと怯えに怯えている様子だ。


 どうしたものかのお。本来であらば、ウィリアムもこれくらい、幼い様子になるであろうが、相当成長してしもうたし、初対面の幼子など対応に困るのじゃ。


「取り敢えず、自分の家はわかるのか?」


 コクコクと頷く少女へ、女神は案内せい。と手を引かせていく。暫く歩き、怯えながらも自らの家を見つけた少女はニコッと笑顔を取り戻し、家へと掛けていく。


「これ、もう大丈夫じゃろ? 手を離してはくれぬか?」


 フルフル首を横に振る少女に手を引かれ、女神は少女の家へと案内され溜息を漏らしていた。


「ママーッ!」

「ミーチェっ!! どこに居たのっ! 心配ばかりかけて!」


「この、お姉ちゃんが助けてくれたの」


 更に深い溜息を漏らす女神。ミーチェが少女の名前らしいが、女神は1個人には興味が無いので、あまり名前を覚えない。女神からしてみれば、唯の幼い人族なのであろう。

 少女の母親は経緯を娘から聞き、何度も女神にお礼を述べている。


「良かったの、次からは気を付けるのじゃぞ」


 しかし、母親もしつこかったのお。食事等、妾は出来ぬし、あまり近くで見られ続けても、人でないことに気が付かれてしまうからの。


 好意はありがたいが、仕方あるまい……。にしても、母娘を見ていると、ペルセポネを思い出してしまうのじゃ。無事でいてくれると良いのじゃが。


 さて、夜もそろそろ遅くなってきおった。急に動きを止める訳にもいかぬ。何処かの屋根で朝を待つかの。


 それにしても、騒がしいの……。あとは、何処までウィリアムの魔力が、妾に届くかが心配事か……。


 女神は街の教会の屋根が丁度良いとでも思ったのか、そこでウィリアムとやり取りを行い、動きを止めた。


  それぞれの心配とは裏腹に、女神の操作範囲は、何の問題もなく、その後4日の移動を終え、凡そ2ヶ月ぶりに、騎士や兵士達等が犇めく王都アルテナに到着する事となる。女神とは別行動の、ウィリアムとブリジットも、昨日、サンリーニへと向かい始めたとの事だった。


 信じられん距離の操作範囲じゃな、何処まで届くのじゃ……。


 それでも、途中で動きが止まらなくて良かったわ! カカッ! 今更の話じゃが、止まったら戻る事すら出来ぬ。存外、妾もウィリアムも、抜けてるという事じゃったな!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る