第2章 閑話 嫉妬の対象者

 (のどかだ……)


 恐らくは、この数ヶ月の間の出来事を思い返し、咄嗟にでた呟きなのだろう。


 学園で勤める様になってからは、割と楽しい毎日を、彼女也に平々凡々と過ごしていたのだから、きっとそれは仕方がないのかもしれない。


 アーノルド・ウィンチェスターにはちんちくりんと呼ばれ、ウィリアム・ハワードにはジト目と呟かれたりしながらも、周りには分からない程度なのだけれど、他人には興味をまるで示さない彼女だけれど、ジト目等と、皮肉ぽく呼称を呼ばれたりすると、稀に喜びの表情を見せる、サウザンピーク魔法学園の魔導科講師のブリジット・ゲインズノーレ(休職中)。


 最近の彼女の楽しみと言うべきか、趣味と言うべきなのか。今まで、魔導具の製作や、開発くらいにしか喜びを表現して来なかった彼女は、ウィリアムと言う少年と、その子が創り出したと言う、大地と豊穣の女神で、少女姿の深青ドレスを着させた人形のデメテル。


 この1人とこの1体が、この1年と少し。彼女の興味の対象に、変革とも言うべき衝撃を与えていたのだった。


 彼女は今、海岸線を歩いている。この所、人気が無い場所を動く際、移動という移動は、ウィリアムが作るゴーレムに任せて、景色を眺める時間が圧倒的に多い。


――サーーッ……


――サーーッ……


 (ホント、海が綺麗。波も穏やか。少し肌寒いけど、うん問題ない……)


 王国自体は温暖な地域なのだけれど、一先ず話しを戻そうと思う。


 本来、魔導具という存在自体を、理論建てて、仕組みや理屈、法則を説明・定義付られる研究者はいない。と、彼女もそう考える1人なのだけれど、ウィリアムの能力と思われる、人形作製とその操作。女神デメテルが最近手に入れた、言語発声や諸々の行動。


 魔導具や魔法とでは、明らかに仕様が違いすぎている。それを自身で解明出来る日が来るのか、はたまた、もっと後の世の話なのか。


 どちらにしても、彼女の知的欲求の矛先は今、ウィリアムにしか向いていないのだろう。


 彼女を知らない存在からしてみたら、その『ギラギラ』なのか『キラキラ』なジト目を、隣を歩く少年に、稀に見せるその瞬間は、若しかすると、特殊性癖を嗜好する、恋する魔人族。はたまた、人智では到底及ばない感情を持ち合わせた、神の如く存在。


 とでも見えるのかもしれない。


 彼女は少年ウィリアムと、お互いに無言のまま海岸沿いの砂浜を歩み進む。

 

――サーーッ……


――サーーッ……


 それはいつからなのか、どんな理由なのかはわからないけれど、彼女は小さな耳飾りを着けるようになっていた。砂浜を歩く彼女の、左耳の耳朶で、歩みを進める度に小さく揺れるその耳飾りは、穏やかな波に反射する太陽の光とは、また違った煌めきを反射している。


 それは、ウィリアムが持つ指揮棒に嵌められた、小さなクリスタルと、何処と無く同じ光を反射している。その色は、若しかしたら太陽反射ではなく、ウィリアムが魔力を込めた際に見せる、発光の色と同じ光を見せている。

 

 そもそも、ウィリアムへの指揮棒と、依頼者でもある、学園生徒会長シャルロッテ・ウィンチェスターが、自分用にも、と制作依頼をしてきた指輪。


 この2つに、シャルロッテから渡された、通常の色とは違う2つのクリスタル。


 このクリスタルを、指揮棒と指輪に嵌めて欲しいと頼まれた彼女は、頼まれる直前にシャルロッテを揶揄って遊んでしまい、シャルロッテを憤慨させた事もあり、依頼を受け付けてしまっていたのだった。


 どうやら、彼女はその見たことも無い色の、2つのクリスタルのうち1つを半分に割り、彼女自身も研究用としてくすねてしまったのかもしれない……。


 当時の彼女は、シャルロッテに対して、恋に憧れる貴族の令嬢(友人の娘)、とでも思っていたのだろうけれど。彼女の知的欲求を満たしてくれる存在が、ウィリアムだった事は確かだと思うけれど。


 まさか、それに纒わり付く、自身の友人の娘に対して、大人気もなく嫉妬心を抱く事も無いであろう。まして、少年少女は彼女よりも遥かに子供なのだ。それだけは無いと思いたい。


 兎も角、彼女はその時依頼されたクリスタルを使って、自身で作製した耳飾りを、彼女の左耳朶で小さく揺らしている事は間違いないのである。


――サーーッ……


――サーーッ……


 少しだけ眩しそうに目を細めながら歩く彼女と、その隣を、笑みを浮かべながら歩く少年。


 その後ろから声をかける、1人の美しい女性の影が見える。



「まさか貴女の様な魔人が、私の旦那の、新たな妻候補とでも言うのかしら……」


――ぐにゃん


 その女性が、前にいる2人に話しかけたのと同時に世界を歪ませる。すると、景色がその全てが変わり果てる。


「君は、そうね、ついでよ。ごめんなさいね」


 少年と彼女の姿は、それぞれに頭と胴体を切り離され。真っ赤な血飛沫を盛大に上空へと飛散させているように見えた。


 彼女の頭は、穏やかな波へ飲まれ、次第に底へと落ちていく。胴体からは今も噴水の様な光景を描いている。


 少年の、切り離された顔の瞳は、その彼女の悲惨な光景を捉え、もう、意識は無いであろうが、悲しげな表情をしているようにも見えた……。


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