第2章7 気晴らし
どういう訳か、何度追い返しても、後を付き纏う妖精族のアーニャ。知る限りは、かなり稀少な種族らしく、ほぼ半永久的に生き続けられると言うのが、専らの教育的な知識である。
先程、これで2度目の救済を行ったデメテル様に、ピッタリとくっつき、本当は話せたんですか? など、構ってちゃんオーラ全開の様子だ。
それ対して、付き纏われてるデメテル様は、相当、鬱陶しいらしく、魔法を失った事もあり女神パンチで小さなアーニャを吹き飛ばす始末。それでもめげないアーニャは逞しいのか、唯の阿呆なのか。はてさて……。
僕もブリジット先生も、少女神と妖精へは我関せずを決め込んでおり、デメテル様に羽虫のようにまとわりついているのを、ただ眺めていた。僕達はまた、山道をひた進む。その後暫くし、女神曰く、鉱山らしい洞窟に来たのであったが……。
「本当に今更ですけれど、魔法使えなくなったの忘れてました。先生は何か使えます?」
「いや。使えない」
教科書には、魔法が得意な種族と記載されてたけれど、ブリジット先生が特殊なのだろうか? 確かに今まで使っているところを見たことがない。
「そうですかー。うーん。木で擦って火起こしも、大変と言えば大変なんですよね。時間掛かりますし。休憩がてら。ゴーレムにでも任せちゃいましょうか」
「キミがそれで良いなら、ボクは問題無い」
それを聞いていたアーニャが、自信満々で語りかけてくる。
「暗闇での光源だけで良いなら、私がなりますよ?」
アーニャは、どぉ? と言いたいのか、羽を光らせキラキラを増していく。洞窟外だと、そこまで分からないけれど、暗闇だとかなり明るいのではないだろうか。
「ほう。松明としては、中々の妖精じゃ。松明としてはの! カカッ」
「デメテルさん、酷いのです! アーニャって名前がありますし、もっとお役にたてるのです」
「なんか蛍みたい」
どうやら、キラキラは強弱を調節出来るらしい。何とも便利な妖精だ。光源としては。
「治癒術だって、見せたじゃないですかあ!」
「すみません、アーニャさん……。そうでしたね。取り敢えず、松明も手に入りましたし、見てみますか」
松明っていうなぁ! とポカポカ叩かれるも、人から指でつんつんされる程度の威力なので、痛さとしては何ともない。しかし、数日で人格変わりすぎでしょう。元がこれなのだろうけれど。
古いであろう洞窟内は、かなり広い上に、あちこちに枝分かれする構造で、僕達はゴーレムに乗り進めていく。広間に着いた僕達一同は、何処に向かって良いのか、全く分からない状況に陥っている……。
「こういう時は、一番左か、右を選択し続ける。迷わない。アーニャ、壁に左手をつけて進み続けろ」
アーニャは、キラキラしながら指示された通りに、壁に手をやり進んでいく。暫く左回りを続け、どれくらい進んだのだろうか。
それを赤い鉱石と言えばいいのか、粘土にも似ている存在が壁一面に姿を表し始め、ブリジット先生は壁の凹凸や地面、興味津々にあちこちと触り始めた。
「これ。パッと見粘土だけど、王国では出回っていない鉱石だと思う。鍛冶屋に聞いてみないと、何とも言えないけど」
王国は本当に金属が高いらしく、通過も紙幣となっている。それにしても出回っていない鉱石か。
あっ! それもそうか、国境沿いを歩いてたのだから、もしかして、ここはスキニア共和国ということか。僕は、なるほどと納得する。
「鉱石からゴーレムにした事あるの?」
「いや、無かったと思いますけど、このままだと、結局は石ですよね?」
「製錬しないといけないのか。王国は……。鍛冶技術も帝国は凄いみたい。いつか行ってみたい。ボクは戦勝国への感情? とか興味無い」
ブリジット先生は、王国の魔導具開発環境に憂いているようだ。
うーん。持って帰っても、製錬出来るかも分からないということか。お金稼いで鉱石じゃなくて、金属を買った方が早いのかも……。頑張って王国!
「試しに作ってみれば良かろう? それと妾にも使ってみたらどうじゃ?」
デメテル様は、アーニャの小さな顔を掌で丸隠しにしてくれている。先にデメテル様からってことかな?
早速、デメテル様と赤い粘土の様な鉱石を、合成するイメージで魔力を流していく。
特に変わらないかな? 魔物じゃないから、特別な能力がつくわけでもないと思う。
それにしても、デメテル様だけが、合成出来るのはやはり中身にデメテル様がいるからなのだろうか。
教えて欲しいです、昔のからくり士さん。
次にゴーレムを作成。やはり出来るけれど、赤色のゴーレムになるだけだった。硬さも、石と変わらなさそう。
んー。改めて、女神人形についてメモに纏めていく方が良さそうかな……。落ち着いたら、纏めておかないと忘れてしまいそうです。
何の成果も上げられずに、移動に手間取らない程度に、少しの鉱石を持ち帰る事にしました。
「炭鉱が放棄された所を見ると、製錬の問題だったんですかね?」
「どうだろ、あとは輸出の問題とか?」
「そっかー。オートマタを作るなら、金属自体を他国なりから買った方が、良い気がしてきましたね……ははは」
「王国不遇すぎる。魔素材と魔石が多い。位しかボクに役立たない」
流石、魔導具製作が趣味の先生らしい発言です。
「松明妖精。おぬしはここまでじゃ。家に帰れ」
「えぇ……、やっぱり帰らないとダメなのです? それとアーニャです!」
「松明アーニャよ、どういう理由かまでは聞かぬが、こうも纏わり――懐かれては、妾も確かにやりにくい。かもしれぬ。だが、今は連れては行けぬのじゃよ。だが、次におぬしと合うことがあれば、連れていかぬこともない。それじゃダメじゃろか?」
デメテル様、纏わりつくって言いかけたのを、無理矢理誤魔化しましたよねっ! 僕も、アーニャが少しだけ可哀想な気にもなるけれど、今は本当に諦めて貰わないと困る。
暫く小さな身体を中に浮かせながら、うーーーん。と、唸るアーニャ。理由を聞いても、大した事ない気もするけれど、彼女なりに必至に考えているのだろう。
「分かりました、あまりデメテルさんに嫌われるのも本意じゃないのです。でも、次は期待して良いのですか?」
「それで良い。おぬしらもそれでよかろう?」
僕もブリジット先生も、まぁ、そこまで言うならと渋々と答え、アーニャに、次はゆっくり遊びましょう等と、慰めに似た言葉をかける。
恐らく、最初に助けたデメテル様に、余程、好意でもよせてしまったのだとは思うけど、如何せん猪突猛進と言えば良いのか、数日前から続く、彼女からしてみれば所謂、超常現象を、直ぐ忘れてしまうような性格でもある……。
僕としては少し羨ましいとも思うけれど、危険な事に巻き込みたくないのも事実。今はお別れするのが良いのでしょう。
「勿論ですよ、アーニャさん。また必ずお会いしましょう」
「元気で。松明妖精」
「という事じゃ、あまり考え無しに行動しないようにの、アーニャ」
「は、はいですぅ! 本当にお騒がせしました!」
キラキラの妖精アーニャは、羽を光らせ空高く飛び立って行くのだった。デメテル様は何だかんだ、甘えられると弱いのかもしれませんね。
廃炭鉱の入口でアーニャと別れ、僕達はキャンプへと戻る。昨日の続きと、明日以降の旅の再開を確認しなければ。
「どうじゃ? ウィリアム。おぬしも少しは気も紛れたのでないか?」
「あ、はい。賑やかでしたしね、ご心配お掛けしました」
「大丈夫。なんの問題もない」
何だかんだ、少しはデメテル様の影響で、中身の成長が早いけれど、大人2人に守られてる僕は、まだまだ子供なのだ。
「して、ペルセポネについては、一旦忘れてもらって構わぬ。先ずは妾3人のこの先じゃな」
「そうですね、昨日もお話しましたが、デメテル様の行動範囲を知る、良いキッカケなのかもしれないと思ってます。勿論、デメテル様が良ければですが」
自ら話せる手段を得たデメテル様は、昨日以降、よく喋る。今まで我慢してたのかもしれません。
「なので、僕とブリジット先生は港街へ向かい、そこから東へ、どれくらい掛かるかも分かりませんが、今まで通り、遠隔対話も出来ますし、戻り次第合流はどうでしょうか?」
「そうじゃの。魔法を奪われてしまった妾は、現状移動が早い位しか取り柄がない。それも良かろう。だが、身を守る術はゴーレムだけになるが大丈夫か? まして、魔人娘も守る事となるが……」
「ボクは気にしないでいい。魔導具も健在だ」
「承知した。妾も夜は動きを止めねばならぬから、その時にでも、お互いの状況を確認するとしよう」
「そうですね、じゃあ、お願いします。幾ら自分で動けるようになったからといって、身体は僕達とほとんど変わりません。呉々も無茶しないでくださいね」
取り敢えずの方向性は決まった。まだ、1ヶ月位は、僕達は巡礼中の予定のはず。その間に、辺境伯様と確認しあわなければいけない。
もしも、デメテル様が王都より遠くまで行けるなら、サウザンピークに行ってもらうのも、ありなのかもしれない……?
まぁ、状況によりますね。今は何よりも自分の身を守るのが優先なのでしょう。
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