第1章3 サウザンピーク魔法学園

――サウザンピーク魔法学園


 都市サウザンピークにあり、王国内きっての在籍数を誇り、石灰岩で作ったと言われる、真っ白な神殿のような建築が特徴的。兎に角巨大な学園。


 貴族から平民まで、さらに多人種が入学出来ることとなっており、先代辺境伯が、差別無き学園を理念として制度改定を行った際に、拡張して建て直したのである。


 とは言っても、学費や制服購入費などは、庶民には負担が大きいので、学園に借金をし、生徒が卒業してから返していく仕組みのようだ。


 この学園は多数の学科を設けている学園で、基本は6歳から10歳までの4年制。一般教養講義は全員が受けなければいけないが、選択科目では、魔法学科の講義を1番多くの生徒が選択しており、次いで魔導学科、他にも騎士科、商業科、研究科などなど、数え切れないほどの講義・学科がある。


 シャルロッテ・ウィンチェスターも、先日6歳になったので今年から入学である。そんなシャルロッテは、入学したその段階で生徒会長として選ばれる。領主一族が在籍する場合は、必ずその立場の序列順で会長になる必要があり、一族がいない場合は、学園長が指名する形をとっている。学園長曰く、これは差別ではなく、区別だそうだ。


 前任生徒会長から、1ヶ月で引き継ぎを行わなければいけないのだから、当の本人は、暫くは目の回るような日々が待っていることであろう。


 ちなみに、王都にも、貴族のみが学ぶ機会を許された教育機関はいくつかあるが、何れも専門制となっている為、それぞれの在籍数は少ない。その為かはわからないが、王都では年少の頃から階級意識が激しく、ここ、サウザンピークとは違い、奴隷も存在するらしい。識字率で言えば、サウザンピークの方が上なのだそうだ。


 これではどっちが王都なのかわかりませんね…。そう独りごちる僕は、壇上のシャルの挨拶を眺めていた。


「皆様ごきげんよう。わたくしはアーノルド・ウィンチェスター辺境伯の長女。シャルロッテ・ウィンチェスター。先代辺境伯の御祖父様が掲げる理念(差別無き学園)を元に、更なる学業の発展へ向けて尽力し――」


 シャルの挨拶を聞いてる際に、背中がゾクリとしたので周囲を見渡すと、1つの視線を感じる。壇上横に着座している講師陣の中の1人。そう、彼女は確か……。


――ブリジット・ゲインズノーレ


 僕は昨年末に出会った日の事を思い出す。


「――来年からよろしくお願いいたします」


「……ブリジット」


「ええと、なんでしょう?」


「…………」


 学園に挨拶に来ていた僕達ハワード家3人。妊娠6ヶ月のミレーユ母様もいる為、ゆっくりと学園長室に入っていく。入学基準年齢に満たしていないが、事前に、特待生扱いの根回しをしてくれていた辺境伯様の手紙を持参し、それぞれが挨拶をしている時の事である。


 青緑色のおさげが良く似合うが、反応も薄いし、なんだかやる気が無さそうな印象の、ジト目のお姉さん。辺境伯様に指名されてここに同席しているとの事だが、僕には理由まではわからない。


「……あぁ、すまない。彼女はブリジット・ゲインズノーレ講師。魔人族の魔導具製作者として有名なのだよ。ちなみに、10代に見えるが実は――」

「は?」


「あ、いや……」


 どうやら学園長は地雷を踏んだらしく、蛇に睨まれた蛙のように、冷や汗をダラダラ流している。なるほど、僕も気を付けなければ…。


「はぁ……。面倒臭いが、学園内ではボクが君の世話をすることになった」


(……ホント余計な事押し付けてくれる。アーノルドめ)


「「「…………」」」


 僕達家族全員が言葉を失い目を丸くする。


 ブリジット・ゲインズノーレは、愚痴を零しながら大きく溜息をついていた。大丈夫か? この先生……。


 学園長曰く、担任制というものは無いが、師弟制度なる制度に、無理矢理ブリジット先生と僕を組ませたようだ。


「細かいことはこの資料を読むと良い。取得単位も一般講義を含めても、半年もあれば取得出来ると思う。しっかり励んでくれたまえ」


 学園長から色々説明を受け、本来は全寮制だが、寮生活と通学生活を選んでも良いと言われた。けれども、集団生活にも慣れたかった僕は、寮生活を選んだ。父様も母様も、ブリジット先生に、かなり、いや、相当不安を抱いていたけれど、心配しないでください! と、なんとか笑顔で返答し、安心させてあげる。


 僕は一抹の不安を抱えながら、母様がくれた毛糸の手袋をはめて帰宅した。


「――皆と共により良い学園生活を」


 生徒達は、壇上で会釈をするシャルロッテへ向けて拍手を送っている。不味いなぁ。去年の事を思い出していたせいで、ほとんど聞きそびれてしまった。後でシャルに聞かれたら怒られるんでしょうね……。


 やはりというべきか、お決まりの展開というべきか、早速シャルロッテに挨拶どーでしたか? と聞かれ、答えられずにいた僕は、しっかりとシャルに怒られた。トホホ……。


 その後、僕達新入生は一同に集まり、入寮手続きや、各種年間講義の説明などを受け、その後シャルは、生徒会長としての引き継ぎに向かうこととなり、その場で別れた。


 僕はと言うと……。


 先程、ジト目で僕を見ていたブリジット先生の元へやってきたのですが……。


「……ボクに何か用?」


「あ、いえ。昨年末にブリジット先生から、説明会が終わったら来るよう言われておりましたので……」


「……そうだっけ?」


「あ、いえ。気のせいかもしれませんね。あはは」


「……ボク忘れやすいから気にしないで」


 気にしないでって、逆じゃありません? それだと、僕が悪い事をしたみたいじゃないですか! なんなんですか、昨年末といい今日といい!


「ねえ……、君ホントに4歳? 随分大人びている気がするけど」


「よく言われます。ブリジット先生は、なん――」

「は?」


 あ、やらかした! ジト目怖っ! この人との会話、気を使いながらじゃないと、いつか殴られてしまいそうです……。


「まあ……、いいわ。明日から講義の無い時はボクの研究室で過ごしなさい」


「…………」


「……予定の無いときで良いわ」

 (入り浸れても面倒臭いし)


「先生聞こえてますよ……」


「あと、これ。アーノルドからの手紙。入学したら見せるようにだって。じゃあ、明日からよろしく」


 シッシッて手を振られ帰らされる。何ともやりにくい先生だ。でも、この先お世話になる先生なんですよねー……。


 とはいえ解放してくれる事に喜びに震える僕。それじゃあ、待ちに待ったお楽しみの寮部屋です! 部屋友! バンザイ! 駆け足で寮へと向かう僕の名前はウィリアム・ハワード!!


 ……って、あれ?


 部屋間違えてないよね? まだ、来ていないのかな? とりあえず手紙でも読みながら待ちますかっ!


 (その前に妾をそなたの鞄からだすのじゃ!)


 あ、忘れてました……。


――――

 ウィリアム君


 学園生活は如何かな?

まだ初日だから如何も何も無いか! あはは!


 (楽しそうですね、辺境伯様……)


 シャルロッテはどうだい? きっと緊張してたと思うが、入学挨拶はキチンと言えただろうか? 心配で毎日寝れないのだよ。


 (お、親バカすぎますよ……)


 さて、君が疑問に思っているだろう事に答えよう。先ず、ちんちくりんな講師のブリジット君だが、彼女は僕の昔の友人なんだ。性格こそ難があるが、とても優秀で信用のおける人物だよ。だから、きっと君を助けてくれるだろう。魔人族については、授業で習うと思うから、此処では触れないでおくけど、あまり偏見の目で見ないであげて欲しい。頼んだよ。あと、年齢については触れないようにね。魔法でも蘇生は出来ないから気を付けてね! あはは!


 (怖っ! ブリジット先生人殺してるのっ?)


 次に、君の能力も考慮して、ルームメイトは暫く置かないで置くよう学園長に頼んである。魔法の講義で、力が明るみになるとは思うけれど、生徒達が君の能力に慣れるまでは我慢してくれ。女神も付いてるし、問題無いとは思うが、念の為に護衛を潜ませている。とはいえ、あまり無茶なことはしないでおくれ。


 最後にミレーユもアルフレッドも心配しているだろうから、休みには家に帰ってあげるといい。安心するだろう。


 追伸

 エレシス村の聖職者が、少し妙な動きをしていたようだ。私も調べているが、学園の外に出る際はくれぐれも気を付けてくれ。


――アーノルド・ウィンチェスター


 (あの魔人族は随分と信用されておるのじゃな。奴が言うておるのなら問題無かろう。とは言うても、妾の話はするでないぞ?)


 大丈夫ですよ。デメテル様のことは、これ以上誰かに話すことは無いですよ! しかし、部屋友が作れなくなってしまいましたね。残念です。ところで、デメテル様の知識には、あまり魔導具についてが見当たらないのですが。


 (当たり前であろう。妾には不要な物じゃ。それこそあの魔人族に尋ねてみればよかろう)


 ちょっと苦手なんですよね……。でもまぁ、それでも教師ですからね、聞けば教えてくれるのでしょう。


 その後も暫くデメテル様と、取り留めもない話を続けながら明日の準備をする。そんな僕は、内心初めて両親の元を離れた事を思い出し、少し不安な気持ちを抱きながら眠りについた。


 翌朝、早くに目が覚めた僕は、軽く走り込みをした後、部屋でのんびりしていた。暫くすると、シャルが新品の制服を身に纏い、僕を迎えに来てくれた。


「おはようございます。ウィル。如何ですか?」


 真っ黒の膝下までのドレスに、真っ白の裏地が見え隠れする。胸元には、金刺繍が入った大きなリボンが付けられており、その独特な制服のスカート部分をヒラヒラしながら、どぉ? とシャルが尋ねてくる。


「とてもお似合いですよ? 思わず見蕩れてしまいました」

「……っ!」


 嘘もなく本当に似合っていたので、素直に感想を述べたのですが、どうやらシャルは照れてしまったようで、真っ赤になりながらモジモジしています。可愛いですね。


これは、抱きしめても良いということでしょうか……?


 僕も、シャルが来ている制服に似た、白と黒の生地を使った上下に、肩には、金刺繍が縫われた、肩当ての様な付属品をつけた制服を着用している。


 高価そうだけれど、こういうのって、貴族様が着るような服なんじゃ……。


「あ、ありがとうございます……」


「シャルは生徒会もありますし、お互い暫く忙しいと思いますが、頑張りましょう!」


 そう2人で励まし合いながら、食堂で朝ごはんを済ませ、午前の一般教養講義に向かう。それにしても、ずっと周りの生徒がヒソヒソと呟いているのは、僕がシャルといるからなのでしょうね……。


 暫く疲れそうです……。


 今日の午後も、僕とシャルは、同じ魔法学の講義を受ける事になっており、魔法学科は当面、座学講義が中心だそうだ。ただ、シャルは領地経営学や、商業学なども選択しており、放課後は生徒会の引継ぎまである。段々とすれ違う事になるのだろう。と、シャルは呟きながら悲しい表情をしていた。


 何かシャルを手伝えることがあれば良いのだけど。と考えながら僕は、ちんちくりん先生。じゃない、ブリジット先生の元へ来ている。


「……お茶」

「……」

「……」


 何を言っているのでしょうか? 何か場を和ませようとでもしているのでしょうか?


「……ボクはお茶が飲みたい」


「はぁ……。どうぞお飲みください?」


「お茶を入れて持ってきてくれたまえ! そこまで言わなければわからないのか」


「先生。僕は先生の側仕えではありませんし、執事でもありません」


「……ぐぬぬっ。君は弟子――」

「ところでブリジット先生。お聞きしたいことがあります。遠隔で会話が出来るような魔導具はございますか?」


「…………」


「わかりました! お茶をお持ちしますから教えてください!」


 ジト目ちんち……ブリジット先生は不貞腐れながら、僕の慣れない手つきで淹れたお茶を啜りながら答える。


「作ったことはない。理論上作ることは出来る……はず……」


「それは、素材があれば可能という事ですか?」


「そう。ただ、その素材の魔物が厄介」


「どんな魔物なんですか?」


「サイレントウルフ……」


「先生。すみません。いっぺんに教えていただけませんか?」

「……ぐぬぬっ!」


 更に先生は不貞腐れ、ブツブツ言いながら教えてくれた。どうやら、そのサイレントウルフと言うのは、数匹の群れで活動する魔物という事と、声を出さずに、念話という能力で仲間同士で連携を取るそうだ。


 理論上、念話の能力を使えば、僕の求めてる道具になるとのことだ、作り方はサイレントウルフの脳の一部と、その魔石と金属があれば作れるとの事。


 メル大森林にもいるそうだが、狩りはそれなりに大変らしく、1匹1匹はそこまで強くはないそうだけれど、連携を取られるとこのうえなく厄介だそうで、最低でも魔法騎士小隊程度は必要らしい。


「先生。僕がそのサイレントウルフを狩って素材を持ってきたら作ってくれますか?」


「はぁ? ボクの話聞いてた? 魔法騎士小隊程度いなきゃムリ。ソロでと言うなら王国十二強でもなければムリ」


 ふむふむ……十二強ですかぁ。ちなみに、十二強てことは、12人いるとは思うけれど、1人1人ってどれ程のものなのだろう。


 確か母様が昔、その中に……。いやいや、母様は妊娠中だから無理です! 辺境伯様のお手を煩わせるのも申し訳ないですし、シャルには危険すぎます。デメテル様にでも相談してみることにしましょうか。


「わかりました。教えて頂きありがとうございます」

「まさか、君1人でメル大森林に行くつもりじゃ無いよね?」


「いや、まさか!」


「……ふーん」


 そんな放課後のお茶会はお開きとなり、寮部屋へ戻ってきた僕は、デメテル様に尋ねてみる。


 (そなたと妾でか? うーん、出来るか出来ないかで言えば出来るじゃろう。しかしなぁ……)


 煮え切らない女神デメテル様。出来るの!? 出来ないの!? どっちなんだいっ!?


 (そなた、たまにおかしくなるの……妾のせいなんじゃろうが……。一先ず方法としては簡単な話じゃ。そなたが妾を操作し、禁忌級とまでは言わぬが、なにかしら魔法をぶつけてしまえば、簡単に仕留めれるじゃろーて。ただ、身体も魔力も安定しておらぬからの、魔法を使っても倒れるのが目に見えておる。せめて、あと数ヶ月は訓練した方が良いと思うぞ?)


 ちなみにゴーレムならどうですか? 今なら数も増やせますし。


 僕は今現在、10体程度はゴーレムを作れるようになった。それならなんとかならないかな? と考えている。


 (ゴーレムか……。ふむ。そなた、土以外のゴーレムは作れんのか?)


 試したことは無いですけど、木材からマリオネットも作れましたし、出来るのでは無いでしょうか? そうなると、素材は石でしょか?


 (そうじゃの、人間だと確かに難しいのじゃろうが、石のゴーレムなら、壊れても痛くも痒くもないしの。サイレントウルフ程度、簡単に屠れるじゃろ。あとは、鉄なら尚頑丈になるとは思うぞ? カカッ!)


 鉄ですかぁ。僕のお小遣いでは無理なので石で試してみましょう。


 (ところで、そなた、何故、念話魔導具に拘るのじゃ?)


 うーん、贈り物をしたいんですよね……。


 良し! 明日からは石ゴーレムの作成をしてみましょう。あとは、獣で良いので練習相手が欲しいところです。

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