第1章2 入学準備

 あの日からの僕は、入学までの間に体力作りと魔法の勉強を始めています。今は朝の走り込みの最中で、前にはシュトレーゼ様が走ってる。シュトレーゼ様は確か12歳なので、僕の8歳年上になるのでしょうか? 普段は忙しいのか、話すこともあまり無いけれど、珍しく話しかけてくれた。


「ウィリアム、体調はどうだい?あまり無理をしてはいけないよ?」


「お気遣い……、はぁ、はぁ、ありがとう……、ございます……、はぁ、はぁ……」


「きつそうだね、一旦休むと良いよ。無理をさせるとシャルが怒るからね……くく」


 むむ、今、一瞬笑いましたよね? そうですよね? なんだかバカにされているような気がします!


「な、何か……、はぁ、はぁ、勘違いを……、されているの……、では……、ないですか? はぁ、はぁ……」


「いやいや、そんな目で見られても怖くないよ……くく」


 僕は、目を半開きにして鋭く睨んだはずなのですが、全く効き目がないようです。


「まぁ、無理せず休んでいなさい。僕は先に戻ってるからね、何かあればあそこにいる護衛に頼むんだよ? あ、でも、頼むと言ってもシャルを拉致してウィリアムの部屋に軟禁しといてください! とか、シャルの春画が欲しい! とかは頼んじゃダメだよ? ウィリアムにもシャルにも健全な行為を期待しているからねっ。でも行為はまだまだ早いから大人になるまで待たなきゃダメだからね?」


「そんなことたのみませんよっ!!」


「おやおや? (ナニ)行為をするというのが、なんなのかわかると言うのは、やはり女神の影響なのかな?……くっくっく」


 いくら女神の影響で知識を共有していたり、思考年齢の成長が早いとわかってるからって、4歳児にむかってなんてことを言う兄だ! 思考が卑猥すぎる!


 今度こそはと僕は、汚物を見るような目をして睨むと、笑いながら彼は走っていった。


 それにしてもシュトレーゼ様か。確か成人が15歳でしたっけ? もうすぐ成人なんですね。本当に大人びているし、年齢は違いますが、見た目も父様より整っている気がします。将来は優秀な領主様になるのでしょう。何となくそんな気がします。


 今から仲良くしておけば、将来美味しい物をいっぱい食べさせてくれるに違いありません!


 でもなぁ、あんな変態な領主はちょっと嫌かも……。


 (カッカッカッ! 遊ばれておるのー、ウィリアムよ)


 別邸の玄関において置いたマリオネット女神は、現場を眺めていたらしく、先程のやり取りを観て楽しんでいたようだ。覗き見とか趣味が悪いですよ? 駄女神様!


 (い、いま、なんと申したのじゃ……?)


 いや、ダメ神様と。そう言うと女神デメテルはギャーギャー騒ぎ始めたので、マリオネットから手を離し、ベンチに置いて無視してあげました。


 遠隔対話かぁ、出来るようになると便利な事もあるでしょうが、不便も増えそうだ……。


 辺境伯様は僕達家族にも、側仕えや護衛をつけてくれると仰ってくれてはいるのですが、そもそも貴族でもないので、僕達は丁重にお断りし、今まで通り3人と、お腹の赤ん坊で暮らし始めてます。とは言っても、見えない護衛はいるのでしょうけど。そこは仕方ありません。


「ウィルー、朝ご飯にするわよー!」


「はい、母様」


「本当は、私が魔法の実技を見てあげたいのに、ごめんねー。」


「問題ありません! 母様は無理のできないお身体なのですから、座学を教えていただけるだけで満足ですよ!」


「本当に、見た目と話す内容に差がありすぎて、お母さん、なんか複雑だわー……」


「す、すみません」


「なんて冗談よ! ウィルが甘えてくれなくなった分、私がウィルに甘えるから問題ないわ!ふふ」


「……そういえば、父様は?」


「アルフレッド、最近徹夜続きなのよ。やめなさいって言ってもやめないから、今は放っておいてるわ、そのうち倒れたら、元に戻るでしょ!」


「な、なにか恨みでも……?」


「……ウィルとの時間を邪魔されずに済むじゃない!ふふふ」


 座学に関しては、女神の知識にもあるけれど、レベルが高すぎて分からないことの方が多いんですよね……。


 さて、今朝の朝ご飯は、目玉焼きとパンとトウモロコシのスープです。いただきます母様。そういえば、女神ってお腹とかすくのかな……? 後で聞いてみるとしましょう!


「午後から、シャルとアメリアさんと街に行ってこようと思うのですが大丈夫ですか?」


「問題ないわよ。護衛ついてるのよね?」


「はい、そう仰ってました。何か必要なものとかありますか?」


「んー、特に無いけれど、割と暇を持て余してるから、毛糸を3種類くらい頼んでも良いかしら、ウィルの好きな色でいいわ、お金はこれを使ってね」


「わかりました! 昼は街で取ると言ってたので、この後の実技が終わったらそのまま行きますね!」


「うん、気を付けてね、アメリアさんから離れちゃダメよ!」


 さて、お腹もいっぱいになったし、シャルを迎えに行きましょう! 午前の実技はシャルと一緒に練習だ。敷地内の訓練場で、下級魔法をひたすら撃ち込むという内容だけれど、どういうわけか、僕は人形を作る時以外は、身体から魔力の放出が出来ないようで、その代わり詠唱すると、マリオネットから放出されるという、不思議な使い方をせざるを得ない現状なのです。


「よろしくお願いいたします、シャル」


「お任せ下さい! ウィルは立派な魔法使いになれますわ!」


「……はは」


 本日もシャルロッテ姫、いやシャルは気合充分の様子です。頼もしい限りで。


――火下級火弾術フォティア


――土下級石雨術ペトゥラ


 案山子に、それなりに勢のある火の玉と石の雨が襲いかかる。今日も絶好調! ただあまり無茶をすると熱が上がるので、程々にしなければいけないのが難点だな……。


 ひたすら訓練場にある案山子に向けて下級魔法を撃ち込む。案山子といっても石で作られてるので、下級程度の魔法ではビクともしない。マリオネットを、操りながら撃ち込むので中々に疲れる。勿論、本当の実践になれば、マリオネットを動かし自分の身を守り、その中でマリオネットから魔法を発動させなければいけないわけで。本当に大丈夫かな……。


 隣のシャルも、クリスタル無しでも魔法を発動出来る特異体質持ちなので、ガンガン魔法を撃ち込んでる。本来はクリスタルが空になると、別のクリスタルへ交換しなければいけないのだそうだが、僕らには関係の無い話。


 シャルの威力に関しては、マリオネットの半分以下くらいでしょうか? シャルのそれが普通らしいですが、女神の魔力は疑いようもなく凄まじい。


「ウィルの魔法は、本当に凄いですわね。これで下級術なのですから、中級、上級になると、訓練場が崩れてしまいそうですわ」


「と言いましても、ほとんど女神デメテルの力だと思うのですけどね……」


「そうなのですか、ですが私も負けていられませんわね!」


 ニコニコとしながら一緒に励む少年少女、いや幼女? ああ、いけません! また変な思考に飲まれるところでした! 本当危険だ……。


 デメテル様ー、ところで今の僕の魔力とか実力? は、どの程度なんですか? 知識の共有でも、思考が追いつかないものに関してはわからないことだらけなので、聞いてみることにした。


 (そうじゃのー、魔力総量に関して言うなら10倍位は伸びると思うがの、威力に関しては完全に妾に依存しておる。効率的な使い方は慣れるしかないのじゃ)


 本来、クリスタルにしろ、シャルのような体質でも、扱える魔力の総量は決まっているので、あとは効率と言うか、変換率を上げていくしかないとの事だそうだ。効率を上げていけば、それだけ少ない魔力で魔法を行使出来るのだそうな。威力は魔力を押し出す圧力のようなものだと教えてくれたが、本来は詠唱事に決まっているので、人間が使う魔法の威力は、変えようが無いらしい。威力ある魔法を人間が使いたいなら、単純に超級等を使うしかないとの事だ。


 どちらにせよ訓練あるのみ。そう、女神は教えてくれました。ちなみに、本当に最高効率まで使いこなせるようになると、僕だとオートマタ(機械人形)を軍団配備出来る位の数を操れるそうな。それは怖い……。


 今日の訓練も一通りこなした頃に、アメリアさんが迎えに来てくれた。


「シャルロッテ様、ウィリアム様、もう少ししましたら出発しようと思っておりますが如何ですか?」


「大丈夫よ、アメリア! ウィルも平気ですわね?」


「勿論です、アメリアさん、母様から毛糸を頼まれたのですが、お店をご存知でしたら案内頂きたいのですがご存知でしょうか?」


「えぇ、存じておりますよ。昼食はご希望はございますか?」


「シャルの希望で構いませんよ」


 そういえば、デメテル様はお腹すく感覚はあるんですか? と女神に尋ねてみた。


 (妾は食欲というの暫く前になくしておるのじや。気にしてくれていたのか? ウィリアムは優しい子じゃの。カカッ!)


 笑いながらそう答える女神デメテル。でも、おそらくずっと食事を取っていないのですよね。取れるものなら取らせてあげたいです。


「ウィル、お魚で平気かしら?」


「えぇ、問題ございません」


「では、決まりですわね!」


 僕達3人と、後ろに着いている護衛の方で馬車に乗り、サウザンピーク内を移動する。シャルの希望で魚料理を頂くことになり、アメリアさんが知るお店に向かうこととなりました。


「いらっしゃいませー」

「おー!」


 なんと、僕は人間以外の人種を間近で見たことがなかった為、長耳族をはじめて近くで見て、少し興奮してしまいました……。


「ぼくちゃん、この街ははじめてなのかな? 長耳は珍しくもないんだよ?」


「そ、そうなんですね、すみません。ちょっと興奮してしまいました……」


「……ウィルは長耳族が好みですの?」


「あ、いえ。はじめてで、ビックリしてしまいまして……」


「んー? ぼくちゃん、彼女がいるのに興奮はダメだぞ?」

「……!」


 シャルは怒ってるのか、顔を真っ赤にして黙って俯いてしまった。軽く溜息を漏らしながら、アメリアさんはさっと僕達の手を引き席に連れて行ってくれました。ありがとうございます。アメリアさん。


 そんなこんなで、僕とシャルは白身魚のバター焼きを、アメリアさんは酒蒸しというのを食べているようです。バター焼き美味しいいいい! アメリアさんが言うには、バターはそれなりに高級な食材だそうで、僕は頬っぺたが落ちそうです! シャルも先程までの怒りは忘れているのか満足気だ。


 デメテル様にも食べさせてあげたかったかも。


「アメリアさん、このお魚は何処で取れるのですか?」


「ここから北に2時間ほど行ったところにある港町ですね」


「へぇ、行ってみたいですね」


「ウィル! わたくしも是非ご一緒したいですわ!」


「はい、辺境伯様のお許しが出れば行ってみたいですね!」


「お父様は間違いなく、お許しになってくれるわ! そうでしょ? アメリア」


「そうですねぇ……、確実とは言えませんが。ですが、来週から辺境伯様とエルリーネ様は王都へ向かわれますので、どちらにせよ暫くは難しいかと思いますよ?」


 アメリアさん曰く、冬の王都は社交や貴族会議など大忙しなのだそうだ。その間はシュトレーゼ様と先代様が領地を切り盛りするらしい。


 そんなこんなで、昼食を終えた僕達は、アメリアさんの買い物を一通り終え、僕のお使いの毛糸も無事購入できました。


 まだ帰るには少し時間に余裕のあった僕達は、30分程馬車を進め、都市の外壁にある、見張り台に連れ行ってもらうことになりました。流石は辺境伯家のご令嬢。紋章入りのネックレスを見せただけで兵士は察した様子。すんなり顔パスならぬ紋章パスで見張り台に登れます。


「おー! 凄い景色です!」


「わたくしも初めてですが、素晴らしいですね!」


「ですが、やはり寒いですね……」


 寒さよりも壮大な景色を見れて大興奮の少年少女。そんな僕達を見ながらアメリアさんは色々教えてくれました。


 ここから北は港町リンブルドン。先代辺境伯様のご兄弟が治めている分家領地。海を渡りそのまま進むとシーガリア公国。公国は巨大な火山を中心に広がる島国だそうです。さらに海を進みドリッケラー帝国。南は僕の故郷のエレシス村。その先に、また別の領地があるそうですが、そこは、辺境伯様の下に付いている上級貴族が治めているとのこと。西へ行けば王都があり、王都までの土地は辺境伯様の直轄領。東は果てしなく広大なメル大森林が見えます。


 メル大森林は魔物が多く、開拓するにはかなりの労力が必要になる為、未だ手付かずなのだそうだ。過去、調査隊が入った際には、大昔の街と思われる遺跡もあったりしたそうです。


「ところでアメリアさん、帝国はどのように王国に攻めてきたのですか? 海を渡る必要があるんですよね?」


「はい、帝国には大きな魔導飛空船が数多くあり、空飛ぶ船とでも言いましょうか。それらが30隻程、大空から攻めてきたそうです」


「王都近くの港は、それはそれは甚大な被害を負い多数の戦死者が出ました。最終的には大量のクリスタルを差し出す形で和睦したそうです」


「母様もそれに参加してたのでしょうか?」


「……すみません。私は存じません」


 ミレーユ母様は昔の事をあまり語らない。最近でこそ頭の中だけ勝手に成長していくので、何となく察する力も増えてきたと思う。きっと何かあったんだろうと思いながら、僕は空を眺める。


 シャルはこちらを見ながら、何か言いたげにしているが、アメリアさんを気にしてなのか、適切な言葉がでない様子。きっと、女神デメテルが言っていた事を思い出しているのでしょう。前にシャルは僕を守ると豪語しておりましたからね。きっとその事なのでしょう。


 そんなに不安そうな顔しないでください……。僕が頑張りますから。


 翌日、案の定僕は熱を出して寝込んでしまった。流石に寒かったな。

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