魔法学園

第1章1 目覚め

 先程までのは夢だったのかな? でも、しっかり覚えている。からくり士にクリスタル、戦争に魔物、そして女神デメテルの眷属ですか。禁忌級魔法なんて単語も出て来ましたね。もう、頭の中がしっちゃかめっちゃかです! 困ります! 何故僕が戦争を止めに行かなければいけないのですか! 非常に怒なのです!


 ……あれ、僕ってこんな話し方だったでしょうか?


 でも、まぁ、兎に角目を開けてみましょう。先ずはそれからです。


「お、おはようございます」

「「ウィル!」」


「すみません。どれくらい寝ていたのでしょうか?」


 2人とも、涙を浮かべながら教えてくれてる。どうやら僕は3日間も寝込んでいたみたいだ。更に暫く高熱を出し、シャルも辺境伯様も、大変心配していたようだ。僕が悪い訳じゃないと思うのですが、心配させてしまったのなら、本当に申し訳ないことをしてしまったな。


「父様、母様、心配かけてしまいすみません。辺境伯様とシャルはどうされてますか?」


「辺境伯様はお仕事があるので帰ったわ。でも、シャルロッテ様は心配だからと言って残ってくれてるのよ。今は裏庭にいると思うわ」


「わかりました。シャルに謝ってきますね」


「……無理しないでね?」


 それじゃあ、急いでシャルに謝りに行かないと。でも、なんて言えば良いやら、本当に緊張するなぁ。


 裏庭には、マリオネットをぎゅっと抱きしめながら、ベンチに座っているシャルがいる。が、僕には気付いてないようだ。


「シャル……」

「ウィル!!」


 シャルは僕を見るやいなや、こちらへ駆けてくる。

なんと、そのままシャルに抱きしめられてしまった。こういう時って男の子はどうすればいいのだろうか。


「シャル、心配かけてしまいごめんなさい」

「……っ」


 シャルの顔は僕の横にあるので、表情まではわからない。が、小刻みに身体を震わせている……。


 なんだろう。シャルってなんか良い香りがする。やっぱり貴族だと体臭からして平民とは違うのかな? いやいや、なんて事を考えてるんですか! ウィリアム・ハワード! なんだか、目が覚めてから僕の思考がおかしい。女神に乗っ取られてる?


 そんな事を考えながら、シャルの手にはマリオネットが持たれている。僕はマリオネットにそっと触れてみた。


 (やっと起きたようじゃな! 待ちくたびれたのじゃ! そなた、あれから全然起きなんだ! それとじゃ! 別にそなたの身体は乗っ取っておらぬわ! 失礼なヤツめ!)


 それを聞いた僕は、思考回路がおかしいのも、身体が熱っぽいのも、何もかも貴女のせいだ! と責めたてた。


 (そ、それもそうか。すまぬ……)


 あれ? 思っていた反応が違う。どういうことだろうか。まぁ、今更怒っても仕方ない。謝ってくれるなら許して差し上げましょう! 細かいことは気にしない。それが男というものでしょう!


 (ところで、妾の事は、信用出来る人間以外には教えぬ方が良いと思うぞ? 言うにしても、昔のからくり士の結末だけは、絶対に言わぬが良いじゃろ)


 前のからくり士? あぁ、暴走オートマタが国を滅ぼした話しか。確かにそれもそうだ。でも、女神の話をするにしても、どう切り出せば良いのかわからない。んー、困った。


「ウィル。すみません。動揺してしまいお見苦しいところをお見せしましたわ……」


「いえ、僕が悪いのでお気になさらないでください。とりあえず、寒いですし家に戻りましょうか……」


 (あ、言い忘れておったが、妾の知識と魔力を同期させておるからの、暫くは体調を崩しやすくなっておるはずじゃ。あと、体内に取り込める魔力総量も、精神年齢も知的年齢も成長しやすくなっておる! 感謝するがよいぞ! カカッ!)


 後から後から追加情報を増やしていくのは、どうにかならないのだろうか? なんとも頼りないのに偉そうな女神だ。


 (何か述べたいことでもあるのか?)

 (いいえ、別に……)


 それからは、僕が意識を失ってからのことを教えてくれた。僕とマリオネットが光ったり、マリオネットが動き出したり、それを必死に隠して家に逃げ込んだりと。いやはや申し訳ありません。


 更に、村長が何事かと確認するために訪問してきた為、辺境伯様は身分を明かし、それを聞いた村長は腰を抜かしてしまったとの事です。一先ず、なんでもないから気にしないで欲しいと口止めをされた村長は、父アルフレッドに抱えなられながら帰って行ったそうです。


 気掛かりなのは、エレシス村の小さな教会の聖職者が、現場を見ていたかわからないらしく、暫くは辺境伯家の諜報員が張り付くことになっているそうだ。どの人が諜報員なのでしょう? と母様に尋ねましたが、全く分からないらしい。素晴らしい能力だ!


「それで、僕が寝ている時に起こった出来事のお話なのですが。辺境伯様にもお伝えしなければいけないと思うのです。明日サウザンピークに行くことは出来ますか?」


「え、えぇ……。い、行くのは構わないけれど。シャルロッテ様も、いつまでも家に居ることも出来ないし、それがいいのかしら……。で、でも、身体は大丈夫?」


数日前までは、必死に大人風の話し方をただ真似ていた僕だが、今回は明らかに僕の話し方に変化があったせいか、3人ともかなり困惑しているようだ。


「僕は大丈夫ですよ、母様。むしろ母様が心配ですが、シャルも平気ですか?」


「はい、大丈夫ですわ……」


「ありがとうございます。それでは明日の事もありますので、お先に失礼します。あ、すみません。食事は今日は結構ですので、おやすみなさい」


「「「…………」」」


 先に寝る事を言い残し部屋に戻ってきたが、3人ともまだ心配している様子だった。迷惑かけてばかりだ。それにしても眠気は無いが、まだ少し目眩がするから横になろう。


 (すまぬの。どちらにせよ、そなたを巻き込まなければならぬ故、今更引き返すことも出来ぬ……)


 浮き沈みの激しい女神デメテルは謝ってくれるが、確かに大地が枯れ果ててしまうのはゴメンだとは思う。でも、好きな事を優先して良いって言ってたし。最近ハマっていたマリオネット遊び。出来れば人間ぽい機械人形でサーカス団を作りたいなあ。あと、喋らせたいよね! 自分で考えて動いてくれるのも有りだ! でも、そんなこと出来るのかな?


 そんなことを考えながら眠りについた。


 翌日、僕の体調はすっかり元通りになっており、僕は、大きな肩掛け鞄にマリオネットを入れて、4人で辺境伯邸へやって来た。


「辺境伯様、ご迷惑おかけし申し訳ございませんでした」


「ウィリアム! 気にしないでおくれ! 先に戻ってからもずっと心配していたんだ、もう大丈夫なのかい?」


「はい。ただ、寝ていた時のお話をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 出来ればエルリーネ様とシュトレーゼ様もお願いしたいのです」

「わかったよ。ウィリアム。側仕えや護衛は外した方が良いかい?」


「出来ればお願いします」


 そうして、僕達ハワード家と辺境伯親子の7人は、防音が施されているらしい、辺境伯様の自室へと案内された。


「どこから話せば良いか悩んではおりますが、話しが飛び飛びになったらすみません。それと、おそらくは僕が死ぬまでこの話は、今いる方々以外へは話すことは無いと思います。仮にあるとしたら将来のお嫁さんでしょうか? アハハ……」


 僕はそう告げ、話し始める。普通に考えれば4歳児がこんな話をするわけもない。精神年齢が成長するのも困りものですね。全員顔が引き攣ってますよ。


 豊穣祭で倒れてから、先ずは夢のような空間で女神デメテルに出会い、女神の手助けをする為に眷属になったことを伝える。例の如く、禁忌級魔法やクリスタル枯渇の問題、争いを止め、さらには魔物を駆除させること。女神との同期したことによる成長の加速。オートマタ暴走事件以外は全て伝えた。


 あぁ、やっぱり。そういう反応になりますよねぇ。全員が完全に固まっています。どうしましょう。


「「「「「「…………」」」」」」


 (皆固まっておるのー。どうするのじゃ?)


 そりゃ固まりますよ! 当たり前じゃないですか! 僕4歳ですよ!? ワーワーギャーギャーと女神とやり合う。


 (兎にも角にも、直ぐにどうして欲しいという訳ではない。争いを止める為には力が必要じゃて。その為には、先ずは身体と魔力を安定させる必要がある。ウィリアムの身体はまだ不安定じゃからな。それには魔法使用に慣れさせていくしか無いのじゃよ)


「と、女神デメテルが申しております」

「……!」


「女神デメテルと会話をしているの?」


「このマリオネットに憑依している形なので、触っていれば会話出来ますよ」


 (慣れてくれば遠隔でも会話出来るのじゃ!カカッ!)


「だそうです……」

「…………」


 やはり、全員固まっています。


 よく僕の話だけで信じてくれるものだと思うが、これだけ人格に変化があったからだろうか。


「と、兎に角状況はわかった。ウィリアムが女神と契約して大きな力を持ってしまったと……」


「……ど、どうしてウィルがその役割を負わなければいけないのでしょう?」


「……戦争というのは、国同士の話しじゃないですか」

「ミレーユ……」


「だって、そうでしょ? アルフレッド。魔物討伐だって、魔法騎士にだって出来るじゃない。それをなんでウィルがやらなければいけないの!? この子はまだ4歳なのよ?」


「ミレーユ! 少し落ち着いて……」


「そんなの……そんなの落ち着いていられるわけないじゃない!」


「父様、母様、勝手に決めてしまったことはすみません。ですが、聞いてください。そもそも、僕は人を殺めることはしたくないし、方法は、女神様自身で考えてくださいと言ってあります。さらに、僕のやりたい事を優先しても良いと約束してくれました」


「ただ、とは言ってもです、女神様の言う事が正しければ、今もクリスタルは減り続け、この世の大地は枯れ果て、やがて飢饉が発生し、食料が無くなれば戦争は更に激しくなり、縄張りを犯された魔物は都市へ迷い込んで来るのでしょう、クリスタルの影響が本当なのであれば、何れにせよこの世界は滅びへ向かうのだと思います。それが10年後なのか、100年後なのかはわかりませんが、僕は母様も父様も、これから産まれてくる兄弟にも、出来れば辛い思いはさせたくありません。もっと言えば、僕は僕でやりたい事も見つけましたし、それを諦めたくはありません」


 長い沈黙が起こる……


「…………」


「なら……、先ずは王に具申するのが筋ではありませんか?辺境伯様なら出来ますよね?」


「あ、あぁ……そうだな……」


 (少しだけ妾に意識を貸すのじゃ……)


「ウィリアムの母、ミレーユ・ハワードよ。聞き及んでのとおり、妾は女神デメテル。急に貴女の息子と眷属契約をし力を与えたこと。これからのことをウィリアムに負わせようとしていることも平に謝る。いつの世も母というのは子を想い必死に守る。子を死地へ行かせたくないというのも当たり前のことよ」


「じゃが、この国の王も、帝国の皇帝も、その他の国々も、争いを止める事は最早出来ぬであろう。それは、遥昔から人は争いを続け、幾度も歴史は繰り返されてきた。先の大戦で大勢の人が死に、街が大地が荒れ果てたのは貴女も見てきたであろう。帝国はクリスタルが減った際の現象をいち早く調べていたようであったが……。王国はそもそも調べようともしておらぬ。嘆かわしいことよ。恐らく、これはずっと続くのであろうう」


「妾はただ事を眺めておった。この先、放っておけば勝手に滅んでいくのであろう。そして、破滅を止められるのは既に我々神々くらいじゃ」


「本来神々がこの世に顕現する事は出来ぬ。が、このウィリアムとの(偶然)をもって妾が止めようと思うたのじゃ。この仮初の身体の人形を使わせてくれるのなら、ウィリアムを戦地の中心には決して置かぬ。それは約束しよう。だから、わかってくれぬか?ミレーユ・ハワードよ」


 10分……いや、それ以上なのか、父様も母様も黙って俯いていました。


「…………」


「……わかりました……、私もできる限りの事は……、してみます……」


 父様も母様も完全には納得していないのでしょう。表情を見ればわかります。僕だって、正直に言えば納得してません。それでも直接僕を、戦地の真ん中に向かわせるわけでは無いとのことなので、なんとか女神の問いに頷いているようです。


「そうか、感謝するぞ。ウィリアムにも伝えたが、先ずは身体を作り、魔力操作を安定させて貰いたい。でなければ、何一つ止めることも叶わぬでな。では、ミレーユ・ハワード。アルフレッド・ハワードよ。力になってくれる事感謝する……」


 ウィリアムに意識が戻り、女神に勝手に意識を乗っ取られたことに毒づきながらも、笑顔で2人に伝える。


「父様、母様、僕は将来やりたいことができました! なので、女神の依頼なんて、ちゃちゃっと終わらせちゃいますよ! お任せ下さい!」


 2人は目を真っ赤にしながら、最高の笑顔で抱きしめてくれた。女神云々は正直な話どうでも良い。僕の大好きなこの2人を苦しませたくないだけです。そうです、やるしかないのです!


「ミレーユ、アルフレッド。済まないが、これからの事を考えると、3人には敷地の空いている別邸を使って貰いたいと思う。突然のことで言いたい事もあるとは思うが……。アルフレッドは村の荷物を運ぶ為の馬車を数台準備させるから持ってきなさい、ミレーユとウィリアムはこのまま残るといい」


「「……はい」」


「エルリーネ、シュトレーゼ、シャルロッテ、これからは3人を友人であり家族として考えてくれ。先代や家臣達へは私から話す。他にも諸々の根回し等もあるから、エルリーネとシュトレーゼは手伝ってくれ。シャルロッテはウィリアムと同じように、クリスタル無しでも魔法が使える。しばらくの間、ウィリアムに初級魔法を教えてあげてくれ」


「承知しましたわ」


「「はい、お父様」」


「辺境伯様、エルリーネ様、シュトレーゼ様、シャルロッテ様、これから本当に何度もご迷惑をおかけしてしまうと思います。出来る限りの事はしてみるつもりですが、何卒よろしくお願いします」


 僕は頭を下げる。辺境伯様一家は、一大事だから気にする事はない。むしろ手伝わせて欲しいと、逆にお願いされてしまいました。4歳児を手伝う爵位辺境伯か。ごめんなさい。


 年があけるころには、僕はサウザンピーク魔法学園に、特待生として入学させて頂くこととなりました。シャルとは歳が1歳下になりますが、早く女神との同期を安定させ、体調の不安定さを治す為に、ガンガン魔法を使わせてくようです。偉い人の権限という絶大な力ですね! わかります!


 そうして、僕は2ヶ月かけて屋敷でマリオネットを使いながら、魔法の行使をしたり、熱で倒れてみたりを繰り返すことになります。

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