第3章5兄妹と姉弟

 ゼウスの一件依頼、本当に色々な事があり、今はシャルとブリジット先生の安否は、ヘカテーの言葉を信じているだけの状態だ。


 今、恐らくは王国も秋を迎えており、収穫の時期だと思う。デメテルの影響が緩和されていると思いたい。これだけ音信不通な状態が続いているのだから、既に自分は亡くなっていると、父様達は考えていると思う。そう考えると本当に胸が痛む。


 サウザンピークから王都へ向かってから、1年近くたってしまっている。つまり、身体は6歳だ。頭の中だけは、色々な出来事の結果、相当年数を経ているようにも感じれば、まだ年相応な感覚もある。


 形容し難い感覚だ。


 温泉村を探している途中、帝国の空飛ぶ船が、王国へ向かったと思われる事が起こった。


 というのも、実際に見たことは無いから、予想でしかないけれど、魔導飛空挺と思われる、阿呆みたいな大きさの船が多数、南下していくのを空に見つけてしまったのだ。


 どんな理由かまでは俺には分からない。政治に関わってる訳じゃないし、ヘルメスの言い方だと、世界が其れを選択した様な言い方だった気がする。


 それ程、俺達は影響を与えていただろうか? そもそも、ペルセポネを攫ったと言われる、その存在のせいとしか思えない。


 彼奴らの中にいるとは思うけれど、果たして話が通じるのかもわからない。ヘラの様な事にならなければ良いけど、どちらにしても力ずくじゃ、どうにも出来ないとも思う。

 

「ふぅ……。そうか、遂に始まったのかな……」


 俺はヘルメスの言うように、きっと帝国の意識が王国へ向かったのだろうと溜息をつく。


「ぬしよ、本当に良いのか? 妾のことは構わぬよ」


 デメテルは此方を見ながら、不安そうに語り掛けてくる。 


「いや、辺境伯様やシュトレーゼ様を信じるよ。王族並に力があるって父様が言ってた。きっと守ってくれる。今はペルセポネ救出の前に、可能性を上げておきたい。だから、ヘパイストス探しが先だ」

「そうか……。なら先を進もう」


 半年以上、平穏な日々を送っていた事もあってか、楽観してた事もあるし、辺境伯様親子が何とかしてくれるとも考えている。勿論、かなり心配ではあるけれど、今は進むとしようと考える。


 母様、父様、マリー。どうか無事でいて欲しい。


 魔導飛空挺を目撃してから、少し。夕方になる頃、やっとの事で温泉村を見つけた。森の中にあった為、探すのに少し手間取ったが、噂通り、卵の腐敗臭がしている村だった。


 遊んでる暇は無い。早速鍛冶屋を探していく。すると、小さめの木造平屋から、


――キーンキーン、コーンキーン


 鍛冶屋と思われる建物から、金属を叩く音がする。俺は迷わず入口へ向かった。


「誰〜? ごめんけど、見ての通り手が話せないんだ〜。また後で来てくれるかな〜?」

「…………」


 青年は、此方を見るわけでもなく、後にしてくれと言う。


「おぬしよ、仕方あるまい。仕事じゃて、言う通りにしよう」

「…………」


 デメテルにも言われ、鍛冶屋を出る。仕方ない、何して時間を潰そうか。と俺は考える。


「腹ごしらえでもしたらどうじゃ? と言っても、宿屋位しかなさそうじゃのぉ。どうなっとるんじゃろ」


 泊まりの旅人や、療養で来る人が多いからだろうか。確かに、商売っけのある建物が、雑貨屋程度しか見当たらないが……。なら、どうして鍛冶屋があるんだろうか。


「デメテル、暫く終わらないと思う、宿屋で部屋を取って、そこで何か出してもらうよ」


 そこから近くには、大きめの池があり、その池沿いに佇む、それなりの大きさの3階建ての木造建築。


 池沿いには、真っ赤な葉や黄色等の葉が特徴的な木々が生えている。この辺りは紅葉が既に終わりかけの様に見えるが、美しい景観が見れる宿屋だった。


「◆△◆♂♀―△」

「え……? あっ、ええと、わかりますか?」


 言葉が通じないのだろうか、カメクラでもどうにかなった事に油断していたのかもしれないが。


「オオ、ゴメンゴメン。トマリカ? カネアル?」

「はい……。2人です」


 一応は何とかなりそうだ。それでもこれは、苦労しそうだ。受付は、指で金額を表しているのであろう。金寄越せと言いたげな素振りを見せてくる。幼さ故の先払いなのかもしれない。大人しく少し多めに渡し、受付が部屋へ案内してくれ、俺は手振りでお腹が空いていると伝えていく。


「ゴハンネー」


 サウザンピークの石や石灰、大理石が中心だった建物と比べると、カメクラでもそういう建物は見かけた。ちなみにこの宿は、床で有ろうが壁だろうが、全てが高そうな木材で作られている。昔の記憶や映像を持つ俺としては、古い東アジアを思い起こさせるような様相を持つ建物だと感じた。


「おぬしよ、妾でもわかるが、中々の宿屋じゃ。妾達が幼いのもあるが、舐められぬようせぬとな! カカッ」


「そうだね……、これは凄いとしか言えないかも」


 なんとも語彙力の無さもあるけど、内装もそうだが、美術品や家具に至るまで、そこそこの金額を掛けているのではないだろうか。そこそこの金額だった先払いがチップ分だとは思いたくない。


 暫くすると、俺達で言うところの使用人。部屋の係なのだろう女性が、食事を運んでやってきた。


「あら、お若いおふたりですね、ごめんなさいね、受付の言葉、分からなかったでしょ?」


 言葉わかる人だ。王国人かな? 自分で言うのもなんだけれど、普通はこういう時って、両親は? とか聞かないのだろうか? と疑問に思う。


「はい、姉弟で旅をしているもので、親が放任主義と言いますか、世界を見てこいと……はは」


 言葉もそうだけれど、2人という単語に反応してしまう。流石にこれは苦しすぎるかっ!? 嘘が下手すぎて悲しくなりながらも、俺は、押し通すしかないと目をキョロキョロさせているのであろう。


「おぬし、済まぬがこやつは、腹を空かせておる。先に、出してはもらえぬだろうか?」


 ナイスフォロー! と内心でデメテルを褒めてあげる。やはり通じてなかったのか、首を傾げながら準備していく部屋係り。食事は見ても豪華とわかる、2人前となっていた。後から請求されるのだろうか……。


「ふたりとも、温泉も入っていってね? 此処の旅館はそれなりに有名なのよ、大きな浴場も有るし、部屋にも湯を通してるの、どっちも良いから、気に入ると思うわ」


 子供と思われ、少し馴れ馴れしさを出す部屋係りは、そう言い残し部屋を後にした。


「2人分来ちゃった……。無駄使いっ!」

「カカッ、好きな物だけ食べればよかろう。贅をしても良い雰囲気なのではないか? 妾は、奴が言うておうた、部屋の風呂でも行って、旅の汚れでも磨いてくるかの、ぬしはゆっくりしておれ」


 本来、デメテルは疲れなど無いのだけれど、大層、この宿を気に入ったみたいで、あちこちを見回しながら、部屋の風呂へと向かっていった。着替えの残り、あったっけ。洗うのめんどくさいな。


 これでもかと言うほどの量を食べ、動け無くなった俺は、カメクラからの疲れもあったせいなのか、暫く横になり、いつの間にか、そのまま寝てしまったようだ。


 家族の事を考えていたせいなのか、俺は夢を見た。


 あの豊穣祭で、デメテルに出会わず、月日は流れ、妹のマリーだと何となくわかる、父様似の少女と、裏庭で遊んでる姿だった。マリーは、今の俺と同じ位の年齢に見える。横の俺は10歳くらいだろうか。どこか俯瞰的な視界で俺はその光景を眺めている。


 暫くすると、ミレーユ母様が、ご飯よー! と兄妹を呼び戻す姿。兄妹は家に戻り、手を洗い食卓へと座る。ミレーユ母様は、部屋で作業中のアルフレッド父様を呼び出し、小言を言っている様子だ。


 父様はタジタジになりながらも、皆を見ながら、せーのっ、と掛け声を掛ける。すると、家族4人はいただきますっ! と声を合わせ、幸せそうに食事を進めていく。暫く賑やかにしている4人。


 そろそろ食べ終わる頃に、父様と母様が俺を見つめているようだ。


「――――」

「――――」


 2人は俺に、何かを話しかけている様子だったが、声は聞こえない。俺はそれに対して、必死に語りかけている様子。


「――――――――」


 同じく聞こえない。


 マリーはその光景を不思議そうな顔で見つめているが、3人とは逆ににこやかな笑顔を見せている。

 そのマリーが3人の名を呼び語りかける。


「お兄ちゃん大丈夫。安心して――」


 それは、誰に対しての言葉なのかわからない。5歳程のマリーはそれだけ伝えると、また食事を進めた。




「…………」


「ウィリアム……」


 あれ、寝てたのか。なんで寝てたのに声を掛けれられたんだ。


「…………あぁ、デメテル、ごめん。寝てたね」


 目覚めた瞬間にでも動き出したんだろうか……?


 しかし、あれは俺に対してだったのか、2人に対してだったのか。デメテルに声を掛けられ、少しずつ意識を取り戻しながら、そんな事を考えていた。


「…………」


「ん、どうしたの? って、夜になってるっ!」


 鍛冶屋は明日になるかぁ。って、デメテル、なんで何も言わないんだろ? しかも手まで握られてるし。魘されてたのだろうか? いや、それもおかしいかな。動けなくても、意識ってあるんだろうか? そう言えば聞いた事無かったかも。


「おーい、デメテルさーん。どうしたの? 大丈夫?」


 俯きながら俺の手を握り続けるデメテルの反応が無いことに不思議と考え、俺は首を傾げる。


「本当に、本当にすまぬ。おぬしを巻き込んでしまった、取り返しのつかない事をしてしまった」


「本当に、本当に……すまぬ……」


 あぁ、そうか……。見てたのか。


「いや、気にしなくていいよ。お風呂入ってくる」


 なんて声をかけてあげれば良いか、分からなかったのだと思う。何となく大風呂だかは行く気になれなかったので、デメテルの手を離し、気まずくなった俺は、部屋の風呂へと逃げるように向かった。


 部屋の風呂と言ってたが、どちらかと言えば外風呂だった。夜でも、宿に面している池があるのがわかる。お湯に浸かって無い顔は、少し肌寒い。

 終わりかけの紅葉でもあるが、確かにこれは、有名になると素直に感じた。


 暫く風呂を楽しみ、さっきの夢についても、デメテルの様子のおかしさについても、風呂に長いこと浸かり、既に先程のことは忘れてしまっていたと思う。暫くの後部屋に戻ると、デメテルは部屋に居なかった。


 どこ行ったんだ?


――デメテル、どうかした? 部屋に居ないけど。


 答えは返って来ない。


 無理矢理操作しても良いのだけど……。一緒にいない時に視界を奪うのもなぁ。成る可く避けたいんだよな。


 人特有の感覚なのかもしれないけど、できる限り、行動を束縛したくないと思う。特に、普段から一緒にいるし、視界や意識、諸々を共有してるのだから尚更だ。


 まぁ、こっちからすると居場所は分からないけど、そのうち戻ってくるかな? と、暫く待ってみることにした。


 呼べど待てど帰ってこないデメテルだけど、何となく近くにいるだろと考え、そのまま寝てしまった。


「もお、心配するじゃないかぁ、どうしたの?」


 朝暫くしてから、デメテルが戻り、真っ先に俺は声をかける。デメテルは、何処か落ち込んでいる様子。


「いや、済まぬ。ちょっとその辺をふらついておったのじゃ」

「ふらついてたって……。危ないじゃないかっ。 今朝まで、俺が意識無くしてる時、動けなかったんだろ?」


 俺はどういう訳かその返答にイラつき、彼女に悪態をつき始める。


「それに、昨日俺が寝てる時、どうやって同調したんだよ?」


「あぁ、済まぬ」


「済まぬばかりじゃないか、ちゃんと答えろよ」


「いや……、ただあれじゃ。寝てる時でも、少しだけ目覚める時があるじゃろ。そういう時は魔力を吸えるのじゃ。それだけじゃ。済まぬ」


 済まぬ済まぬって……。


「つまり、こういう事!? 俺が寝てる時に、少し魔力が流れてきたから、その隙に同調したってことっ!?」


「済まぬ、そういう事になるの」


 あぁ、嫌だ。きっとこれは、そうだ。ただの八つ当たりだ。


「それに、いなくなったあと、デメテルに声掛けたじゃないか、なんで返事しないんだよっ!」

「…………」


――きっと神だって、1人で考える時間が欲しい時も有るだろう。


「わかったよ、もういいよ!」


――良くないだろ、ウィリアム。きっとデメテルだって反省してるさ。


 俺は荷物を乱雑に抱え、早足で部屋を出ようと扉へ向かう。


「……っ、なんだよ」


 デメテルが震えながら左腕を掴んでいる。俺は未だにデメテルへ負の感情が止まらない。


「妾が、妾が全て、悪かった、許して欲しい……」


 デメテルは俯きながら、ただ、ひたすら謝る。


「…………」



――判断を間違えるな。ウィリアム・ハワード。



「…………」



「…………」



「…………」




「もう、二度と、勝手に居なくならないで……くれたら、許す」




 先程から自分で自分に語りかけてたのは、何とか自制が効いてたのかもしれないし、違うのかもしれない。




「…………」




「わかった、二度とせぬ。済まぬ……本当に済まなかった……」


 ただの餓鬼の我儘だったと、自分でも本当に思う。海岸で目覚めてから、大人の記憶が流れてきてから、ずっとよく分からない状態だった。かっこつけたり、口調を変えてみたり。今の自分は、ただのクソガキで、浅はかで、自分勝手に喚き散らす、ただの傲慢な6歳のウィリアムだ。


 いつもいつもこうだ。


 散々ゼウスの時に学んだじゃないか……。


 学ばないな、僕は……。

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