第2章1 翠の風
(考え込むのは後からでも出来る、先ずは魔人娘をどうするのか、決めるのじゃ)
あれから、どれ位呆然としていたんだろうか。数時間なのか、数分なのか。
何度もデメテル様に呼び掛けられても、それに答える事が出来なかった僕は、ブリジット先生の傍で、ただただ震えていた。
僕は……、人を殺めてしまった。
デメテル様の言い分は、わかるにはわかる。僕とブリジット先生が死ぬか。それとも迫る相手が死ぬか。動かす事が出来なかったブリジット先生を、その場に残すことは、選択肢としてありえなかった。
デメテル様を動かして、僕とブリジット先生を担いで逃げる、というのは出来たかもしれないけれど、恐らく難しいであろうと思う。
勿論、鈍足のゴーレムでは間違いなく、逃げることは無理だったであろう。
僕は、責任から逃げる様に、ひたすら言い訳を考える。
(ウィリアム! いい加減にせぬか! 先ず魔人娘を治癒しなければならぬのが、わからぬのか!)
「……っ」
僕は母様と違い、聖系治癒魔法が使えない。
「動かせない以上、近くの街か村を探せば良いのでしょうか……」
(やっと戻ってきおった! そういう事じゃ。今動けるのは妾しかおらぬ、わかるじゃろ? 先ずは魔人娘が冷えない様に、火を炊かねばならん、そして水分じゃ)
洞窟をでると、土石流が広がった景色しか無いことはわかるので、崩れていない三日月山脈で、焚き木を探すことにする。先ずはそれからだ。
デメテル様に散々叱られた僕は、考える事を辞め、ブリジット先生の体調回復を優先させることにする。逃げけてる事にはなるけれど、今はその時じゃ無いのだろう。
僕はデメテル様を操作する。一度高い箇所を探し、木がある所を探す。
やはり、山ということもあってか、洞窟から裏手の山を行くと直ぐに、森のような林のような箇所を見つけた。早速焚き木を集めて洞窟に戻る。とは言っても、ここで魔法使うのは危険だ。
下級でも、デメテル様は火力が強すぎるので、太めの木を何度か往復して洞窟前に運ぶ。洞窟前で大きめの焚き火を作り出し、その中から洞窟内に火の元を移す作業。とにかく、温めてあげなければ。
洞窟の奥に風の抜け道があるので、暫く問題無いとは思うけれど、気を付けろと、デメテル様が教えてくれる。
暫くブリジット先生を温めたあとは、水分か。道具も、汲める物も無い。
(汲む必要等、無かろう? 魔法で作れば良い、精々、貯めておく物位で良いじゃろ)
た、確かにそうだ。忘れてた。焦ってるな自分。
次はゴーレムが良いかな? どんどん木を集め、四角に組木をしていく。中には細かな砂の土魔法と、粘土で、水が漏れないように組木を固めていく。
多少は、漏れるけれども、魔法で足せば問題ない。後は組木が壊れない様に、魔法を何とか空遠くに発動させ、貯めて言った。
威力下げれないの、不便ですよ女神様……。
デメテル様が使ってる魔法は、威力と魔力は、デメテル様のものでほぼ全てを賄っている。声を出すのは僕なので、詠唱しても発動出来ない。と言った理屈になる。恐らく、デメテル様が声を取得すれば、詠唱可能になると思われる。ちなみに、使用可能魔法は、持って生まれた才だ。
簡単な桶も作って、ブリジット先生に水分補給をしていく。よし、飲んでくれた。次は食料か、でも、早い内に街に連れて行きたい。
獣は水場に訪れる事が多いため、川や池などを探す。再度、山を登りすすめ、暫くした所に川を見つけた。
なんだろう? 数匹? キラキラした、小さな生き物らしきものが、何かを話し合っている様子が見える。
僕はそれどころじゃないので、気にせず獣を探している。すると、こちらに気がついた、1匹のキラキラから声をかけられたのだ。
「ねぇ、貴女。以前助けてくれた方ですよね?」
色々な童話にある展開だ……。なんて答えましょう。と、洞窟にいる僕は小声で呟いた。
変なことに巻き込まれても嫌なので、全力で横に首を振ってみる。
「いえ、間違い無いのです。あの時の方なのですよ」
めいっぱい否定したのだけれど……。それにしても、どの時だろ? そんな事は先ずしてない。
少しの間、様子もを見つつも、攻撃的な様子も無いので、手振り素振りで声が出せない事を伝える。
暫く黙って見ていたキラキラが、ようやく理解を示してくれた。
「声が出せないのですね、理解しました。私のことは覚えていませんか?」
再度僕は首を横に振る。
「あの、人攫いの男達から救ってくれた時に、あの中に私はいたのですよ」
もしかして、あの小さな羽が生えた人間ぽい子か! キラキラが強すぎて分からなかった。僕は、片手をぽんと、もう片方の掌に叩き。理解したことを伝える。とにかく、会話が続かないので、洞窟の方角を指差し、着いてきてと素振りを見せ、キラキラは了承してくれた。
キラキラを両手の掌に乗せて、一気に洞窟へ戻る。キラキラは、洞窟に着くまでギャーギャー喚いでいた……。
僕自身は、はじめましてという事になってしまうので、慎重に会話を進めることにする。
「うわっ! お、おかえりなさい、早かったですね」
こんな感じで大丈夫かな? ちょっと大袈裟な気もするけれど。
「ゴホンっ……。初めまして。此方の貴女に、以前助けて頂いたものなのです」
「もしかして、人攫いの……ですか……?」
「ご存知だったのです?」
「えぇ、その子から、聞いておりましたので。僕はウィリアム・ハワードです」
あー、デメテル様の名前どうしよう。考えてなかった!
「ご丁寧にありがとうございますです。私は、アーニャと申します」
「あ、えぇと……」
(普通にデメテルで問題なかろう。名前が被ることなどよくある事じゃ)
「その子は、デメテル。今横になってるのが、ブリジットです」
「えぇと、其方のブリジットさんは、まさか、先程の大きな衝撃か何かで……?」
「あ、えぇ。そうですね……」
「其れは大変なのです! 少し見させて頂いても?」
大丈夫だろうか。信用しちゃって平気なんだろうか。先程の山で声をかけられた時から、感じてるけれど、少し強引な子なのだろうか。
「大変です、身体中、傷ついてもおりますが、何より、脚が真っ青になってるのです、直ぐに治癒致します!」
「え、え?」
僕の返答も待たずに、アーニャは直ぐに治癒魔法を詠唱する。
――
アーニャが詠唱した瞬間、薄い翠色の柔らかな風が洞窟内を一気に包む。
「ふぅ……、よし。勝手な真似をしちゃいましたが、放っておくと危険だったのです、免疫治癒だけだと、後遺症にもなりますのです……」
「え、あ、すみません、ちょっと驚いてしまって……。ありがとうございます。其れに、なんだか、僕も暖かい何かを頂けた気がします……」
なんだ……? この子、極級使ったよね?!
「はい、この魔法は、辺り一面にいる方を、纏めて治癒することが出来きるのです。それで、まだ、寝ていると思いますが、暫くは安静にしてあげてください」
「すみません、本当に助かりました」
「あの……、この洞窟に来る時にも、辺りの光景に驚きいたのです。何が起きたか、ご覧になっていたのでしょうか?」
「あ、はい……、ただ僕達も必死だったので、ハッキリとは……。見るに、山が崩れたように見受けられますが……」
「なるほどぉ。妖精は、この辺りを住処にしている者が多く、その誰もが、未だかつて、そのような事は聞いたことも無いのです、今回木々のざわめきも無く、急に起こったのです……」
「え、ええ……」
咄嗟に嘘をついてしまったけれど、探られているような気もする。察しが悪いと良いのだけれど……。デメテル様に、魔力流してるの見られるの大丈夫なんだろうか……。
(妖精族じゃろ? 問題無いとは思うがの。昔から知ってはいるが、基本的に抜けた者ばかりじゃったぞ? そもそも、空を飛べてこの小ささで、人攫いに捕まるど阿呆など、妖精族しかいなかろーて! カカッ)
(どちらかと言うと、魔人娘が目を覚ました時に、妖精がいた時の方が、余程厄介なのじゃなかろうか?)
うーん。困りましたね。ブリジット先生は、洞窟に着いてからは、ずっと寝ているから、何処から説明していいものやら。とりあえず、少し話を逸らせないだろうか……。
「あの、ちなみにですが、アーニャさんは、人攫いにはどうして……?」
「メルの大森林にも、妖精族がいるのですが、其方に向かってた最中に……」
「はぁ……。網か何かにでも引っかかったのですか?」
急に顔を真っ赤にし、恥ずかしがる様子を見せるアーニャ。目を泳がせながら説明をし始める。どうやら、サウザンピークに到着した頃に、あまりの空腹に耐えきれず、屋台の裏に置かれていた食べ物に手をつけてしまった所を、あっさり件の兵士に握られてしまったとの事だった。なるほど、抜けているとはこの事だ……。
(じゃから言ったであろう? カカッ)
僕達は今後の話を始めたいのだけれど、如何せん帰る素振りも見せない、妖精アーニャ。
それでも、何となくではあるけれど、数時間前では、何も手につかなかった頃から見ると、忙しかったり、賑やかな存在がいるだけで、意識せずに済むのだから、僕は心が冷たいのだろうか。と、考えたら、再び落ち込んでしまう。浮き沈みが激しく、自分に疲れてしまう。
「あれ。ボク、どうしてたんだっけ」
あぁ。不味い。完全に傷が癒えたのだから、そうなりますよね。ブリジット先生が目を覚ました。
「おはようございます、ブリジット先生」
「ん。おはよう。何が起こった」
「えぇと、今はお客様がいるので、後程でも良いですか? ただ、ひとつだけ言えるのが、ここにいるアーニャさんが、先生の傷を治癒してくれたんですよ」
「そうか。ありがとうアーニャさん。ボクはブリジット・ゲインズノーレ」
「とんでもございません。私も以前、デメテルさんに助けて頂いたのです、当然の事です。ね? デメテルさん」
気を抜いていた。一生懸命縦に、少女デメテルの首を振り、頷くように見せる。
「そうか。兎に角、助かった」
「ところで、アーニャさん。この辺りには、大きめの街等は有りませんか? ご存知の通り、僕達はサウザンピークから旅をしている所なのです」
僕は、ブリジット先生に、チラリと目線を合わせ、素振りで話しを合わせて欲しいと、心で話しかける。
伝わって欲しい!
「大きめの街ですか、詳しくはありませんが、かなり離れてしまうはずです。峠を超えて東に行くか、北に進んで、海沿いまで行かないと無いはずなのです」
「そうですか……。いえ、其れだけ聞ければ大丈夫です。デメテルとは、突然の再開だったと思いますが、僕達は急がなければいけませんので、またお会いしましょう」
「でも、もう夜ですし、たつとしても朝ですよね? もし良ければ、明日お迎えにあがり、ご案内させて頂くのです、 仲間に街の場所、聞いておきますから!」
「いえいえ、お構いなく! これ以上ご迷惑かけられません!」
「うーん。じゃあこうしましょ! 私が勝手について行くのです! これなら良いですよね?」
「あ、え、まぁ、そうなりますね」
「なら、明日迎えにあがります! それではおやすみなさいませ!」
そう言い残し、羽を広げて洞窟から飛び立っていく妖精アーニャ。
「で、どゆこと?」
(強引な妖精じゃったのー。ありゃ、本物の阿呆かもしれぬ。全く空気というものが読めないのじゃ)
何処から説明したものやら。ただ、賑やかな存在がいなくなったので、やはり思い返す。ブリジット先生には、言っておかなければいけないことがある。浅はかな僕ですが、これだけは逃げちゃいけない気がするんです。
「先生」
「ん?」
「ブリジット先生。その、僕。人を……。人を殺めてしまいました……」
「そうか」
ブリジット先生は、僕の目を真っ直ぐ見ながら、何かを言うでもなく、ただ沈黙を続ける。
僕は段々と焦りが募る。
何か伝えなければと、僕は声をかける。
「あの――」
「言わなくて良い。わかってる。頑張ってくれたね。キミがボクを守ってくれた。キミが弟子で本当に良かった」
「……っ」
ブリジット先生は、柔らかな笑みで答えてくれた。
「う、う……。ぐっ……、ゥ、ウワアアアっっっ!!」
止められなかった。先生から見放されてしまうと、心の何処かで思っていた。そう考えてしまってた。どれだけ罵られても、罪を犯した僕は、絶対に我慢しなければと。ずっと緊張してたんだ。怖かったんだ。先生から嫌われることが。
僕は、身体中の水分を出し尽くしたのかもしれない。頭を撫でられれば、また目から溢れ。両手を握ってくれれば、鼻からも溢れ。暫くそうしていると、何も出なくなっていた。
へへっ……。とにやけてしまった僕は、瞼が腫れ上がり、きっと、酷い顔になっているのであろう。
「ちょっと、顔を洗ってきますね。外に貯めてあるのて、先生も使ってくださいね」
洞窟の外へ向かいながら、デメテル様にも、僕が呆然と立ち尽くしていた時から、ずっと僕に声をかけ続けてくれた事へ、感謝と謝罪の言葉を伝えた。
デメテル様は、妾では、おぬしに触れてやることも、抱きしめてやる事も出来なんだ。本当にすまぬ。と言われ、何とも言えない複雑な気分になり、これ以上、この事について話しかけるこは辞めておこうと、何となく僕は思った。
身勝手だけれど、散々泣いてしまった僕は、甘やかされて喜んでしまうような、ろくでなし。
そう、自分に言い聞かせながら、でも、先の話をしないといけない。でも、とか。だけど、とか、そればかりだ。
「これからの事を相談したいのですが、先に何か食べましょう。獣肉くらいしか探せませんが」
そうして、一旦食事を挟むことに。これからの事を考えなければならない僕達3人。この話ばかりは、今日中に決めなければいけないのだ。
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