047 尖塔から響きゆく鐘の調べ②

「……遅い。お祈りの時間を過ぎちゃってたら、どうしてたの?」

「うーん、近頃ちかごろこしがツラくてね……」


 姿勢を変えず、視線もそのままにそう言葉を返す少女の後ろで、こしをトントンとたたき少しばかりの小休止をしてから……ゆったりとした足取りで老人が歩みる。


「それに…………」


 そこに振り向きざま、少女は続ける。


「なあに、その´おひげ´? なんだかおじいちゃんみたい」

「…………」


 一瞬いっしゅん、足が止まる老人。

 だけども、それは本当に一瞬いっしゅん。思わずと顔に出してしまった小さな困惑こんわくを隠すかのように、老人はその´しわくちゃ´な顔でニコリと笑う。


「リリー。わ━━、…………。´僕´はもう、お爺ちゃん……なんだよ?」

「……?」


 キョトンとした表情を見せる少女の二つのひとみには、そう答えた老人の……深いシワが幾重いくえにもきざまれた、相応そうおうの年月を感じさせる優しげな笑顔がうつりこんでいた。


 そこへ……


「ん? ……ん?」


 えての空気の読めなさで、自身がこのまま蚊帳かやそとになる事を危惧きぐした者のそんな反応が。ちょっとした空気をかもし出していた二人の間へと、事も無げに割って入る。


「……おや? もしかしてその子が、うわさになってるリリーの新しいお友達かな?」

「うわさ……? ロッコっていうの。ほら、ロッコもこっちに来て?」

「おう!」


 無事に話の輪に入れたことで、クマのぬいぐるみは意気揚々いきようよう。少女にかかえ上げられ、そのフワフワなボディは老人の前に。


「よっ。よろしくな!」

「ああ。よろしく、ロッコ」


 得意げに片腕を上げているクマのぬいぐるみの頭に、そっと老人の右手がれる。

 そうした挨拶あいさつもそこそこに……目線を合わせるべく中腰ちゅうごしとなっていた老人は立ち上がりながらも、自分のこしをさすりさすり。


「っと。あー……いたたたた……」


 ついつい、口からこぼれてしまう老人の言葉。

 そんな姿を目の前で見せられた少女は、先程さきほどまで座っていた椅子いすを指差し、いていたクマのぬいぐるみを老人へとあずけ。


「もう、本当におじいちゃんみたい! あなたはそこに座っててっ。お昼のかねは、リリーが鳴らしてあげる。……ロッコを持っててっ!」


 ´ふんすふんす´と鼻息をあららげ、頭上に並ぶかねの一つから眼前がんぜんにまで伸びている一本のひもの前で両手をこし仁王立におうだち。

 やる気をあらわに、少女はその時を待つ。


 一方いっぽう、老人の方はと言うと。

 げられた通りに壁際かべぎわ椅子いすに座り、小さな少女の背中を見ながら、自身のひざの上で毛繕けづくろいを始めたクマのぬいぐるみへ……声も小さく、かたり出していた。


「……ロッコ。そのままでいいから、少しだけ……聞いてほしい。私はもう、´こんな´だからね……彼女と一緒になって走り回ったり、色々な事を分かち合う事が難しいんだ。だから……これからは君が、彼女のそばにいてあげてほしい……」

「そんな事、言われなくても大丈夫さ。それに……リリーの方が俺を離さないよ」

「……そうか。それならいいんだ」


 こちらに見向きもせず、黙々もくもく毛繕けづくろいを続けるクマのぬいぐるみの答えに老人は微笑ほほえみ……かねから伸びるひもへと手をかけた少女にその視線をうつす。


「そういえば、じいさんはリリーとはどんな関係なんだ?」


 今度は逆に、クマのぬいぐるみから老人への言葉。


「……ん? それは……いやぁ、は、ははは……」


 よくある、当たりさわりのない質問……にも関わらず、どうしてだか老人の答えはぎこちなく、声色こわいろ若干じゃっかんと違って聞こえる。


「??」

「もう、ずかしがるようなとしでもない……か」


 軽く頭をかき、そう言う老人は少女を見ながら少しだけ目を細め……つぶやいた。


「彼女は、私のはつ━━」


〈ゴーン……!!〉


 そんなつぶやきをさえぎるよう、今、この場所から街全体へとかねひびき渡る。


 ビリビリと震える空気。楽しそうに両耳を手でふさぎ、その場にしゃがみ込む少女。

 毎日のお祈りの時間をげる、いつものかねおと

 街の人々はこの音を聞き、より信心深しんじんぶかい者達はこの音を聞くよりも先に、バジリカにある礼拝堂れいはいどうへと足を向ける。


 少女は再度、かねから伸びるひもに全体重をかけて目一杯めいっぱい下に引っ張り、その手を離すのと同時に耳をふさいでしゃがみ込む。


〈ゴーン……!!〉


 耳をふさいでいてもなお、一時的には離れてしまう世界がはっする言葉。


 やがて、かね余韻よいんが小さくなったところで少女は耳から手を離すと立ち上がり。

 その満足そうな表情と共に、椅子いすに座る老人の方へと向き直る。


「ありがとう、リリー」

「これからはひまなときになら、リリーが代わりに鳴らしてあげる。でも、あなたもちゃんとここまで来てないとダメ。あと……夜も暗いからダメ」

「ああ。助かるよ」

「リリー、そろそろ俺たちも行かないと……」

「うん!」


 老人のひざの上で立ち上がるクマのぬいぐるみを胸にき、地上に続く階段まで歩いていく少女だったが……何を思ったのか、クルリと振り返るとけ足で戻ってくる。

 そして、椅子いすに座る老人のあごから白く伸びたひげをじっと見つめると、クマのぬいぐるみをかかえたまま自身の服についているポケットの中をゴソゴソとさぐり始めた。


「うーん…………あっ!」


 そうして顔を見せるのは、元々は別の物に使われていたであろう赤いリボン。

 それを苦心くしんしながらも老人の白く長いひげの先端に結びつけると……


「ほら……おそろい!」


 そう言って少女は頭の赤い´双葉ふたば´をうれしそうにらしてみせ、クマのぬいぐるみはその腕の中から自慢気じまんげに自身の首に巻いた赤いバンダナを見せつけた。


「━━じゃあ、またね」


 かかえたクマのぬいぐるみの腕を使ってバイバイをしてから、足早あしばやに階段の先へと消えていく少女の姿を目で追いながら……一人残された老人はひげの先から感じる心地ここちの良い重さに´ふふ´とみを浮かべ、


「おそろい……か」


 こしに手を当てつつも椅子いすから立ち上がり、ゆっくり、ゆっくりとその場をあとにした。


━━━━━━━━━━


「━━ただいま」

「おかえりー! ……あれ? ジーチャンのヒゲになんかついてる!」

「ん……? ああ、これは……久しぶりに会った、おじいちゃんの大切な友達からもらったんだよ」

「へぇー……」

「そうだなあ……お前が立派りっぱ鐘持かねもちになれたら……もしかしたらその時、お前も会えるかもしれないな」

「ふうん━━」

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