046 尖塔から響きゆく鐘の調べ①

 道化市どうけいちの開催期間が過ぎ去れば……人々の流入が減少すると共に、街は徐々じょじょに普段の落ち着きを取り戻していく。

 しかしながら警備用や産業用など、道化市どうけいちに関連する名目めいもくで新たに召喚されていたドール達は再配置というような形で街のあちらこちらにて見かけるようになり、それに付随ふずいしてか街全体の雰囲気ふんいきは以前よりも活気があるようにすら感じられる。


 どこかしら、お祭りの余韻よいんが残っている街並み。

 どことなく、お祭り気分が抜けていない住人達。


 そんな人々のいとなみを肌で感じながら、クマのぬいぐるみをその胸にたずさえた一人の少女は……螺旋らせんに続く階段を、多少の休憩をはさみつつも´せっせせっせ´と上っていた。


「ふぅ……ふぅ……」


 この街のバジリカがゆうする大聖堂。

 そこに隣接りんせつし、高く高くと天にそびえているのが街随一ずいいちの高さと言われるこちらの尖塔せんとうである。

 中心には、塔の上部を支えるための巨大な柱。それをぐるりと取り囲むようにして、ただひたすらに上へと伸びる階段は徐々じょじょ徐々じょじょに……上る者を、天へと近付けてゆく。


「ふぅ……ふぅ……」


 普段からあまり運動をしていない者であれば、間違いなく見上げただけでたじろいでしまうほどの高さだ。


「ふぅ…………ふう、ん……しょ!」


 さてさて、そうこうしている内にも少女が上りきった高い高い塔の上。

 物好きな……いや、頑張がんばった者以外にはけっして見ることのかなわないものが、そこには二つ。

 何一つさえぎるものが無い、東西南北を見渡せる四方しほうへの眺望ちょうぼうと……


「おっ、あったあった。へぇ……けっこー大きいんだな」


 そう声を上げて自分をかかえる少女の胸元から、ぐいっと身を乗り出したクマのぬいぐるみのもう少し上。

 時折ときおり、街のどこかから反射してきた光を受けてはキラリと輝く、召喚室にあるステンドグラスと同様……それぞれにことなる天使の姿がえがかれた、素晴らしくも神々こうごうしい三対さんついの大きなかねである。


「うん。いつも、これが鳴ってるの」

「(そわそわ)……な、なあ……誰も見てないし……」

「……だめ。もう少しで´鳴る´から、待ってよう?」

「ちょ、ちょっとくらいなら……」


 一日三回。

 毎日のお祈りの時間を街のみなげるために鳴らされるこれらのかねは、朝昼夜と鳴らすかねがキチリと決められている。そして、その栄誉えいよ鐘持かねもちと呼ばれている家が、先祖代々昔から受け継いできたというわけだ。


「ロッコ……?」


 いまだしぶとく、目の前にぶら下がっているひもの先へと一生懸命に両腕を伸ばしていたクマのぬいぐるみだったが……


「あっ! ああ……」


 かかえられている以上、少女の意思にはさからえない。

 そのまま、置いてあった椅子いす壁際かべぎわまで引きろうとして動いた少女によって……ようやくとつかみかけたクマのぬいぐるみの両腕からは、頭上のかねつながる一本のひもはいともたやすく。スルリと、抜け出してしまうのであった。


「くぅ……」


 残念がるクマのぬいぐるみをよそに、その場所からのながめは格別だ。

 かねを街全体へととどこおりなく行き渡らせるため、四方しほうの壁には大きく窓が取られている。

 もちろんそこにガラス等のたぐいはなく、太く、二本の柱がそれらを支え……街随一ずいいちという言葉通りに、眼下がんかにはいつもと少しだけ違うようにも見えるお馴染なじみの街並み。


 さらには、この街をぐるりと囲っている壁の向こう。

 目にも遠くにうつるのは、小高い丘に群生ぐんせいしている花のだいだい色。広大な原っぱや、深い森の緑色。

 そして、いにしえの時代に使われていたであろういくつもの建物あとが、自然に飲み込まれるような形でポツポツと点在てんざいしている様子が一望いちぼう出来た。


「ロッコ、落ちないようにね」

「おうおう」


 窓枠まどわくの上に寝そべり、両腕で頬杖ほおづえをつくように外の景色けしきながめるクマのぬいぐるみのとなりで、椅子いすに腰を下ろした少女は窓枠まどわくに両手を乗せてあごを乗せ……一緒になって、普段は見られない景色けしきを楽しみ始める。


~~~~~~~~~~


「━━ねえ、お父様みたいになるにはどうすればいいの?」


 立派りっぱな屋敷の、立派りっぱな一室。

 白を基調とした家具の数々に、空間の中にいてそこかしこで可愛らしさを演出している様々ながらつくりの小物こものたち。

 複数ある窓には、一様いちよう素敵すてき優雅ゆうがなレースのカーテンがかかり……それを左右で止め、開けはなたれている一つの窓。


 そこの窓枠まどわくに父親からの誕生日プレゼントである人形を座らせ、心地ここちよい日の光をもたらしてくれる暖かな外の様子を共に静かにながめていた一人の少女は、何気なにげ無しとそう言って後ろにひかえていた白髪はくはつの男性へと言葉をかけた。


旦那だんな様のように、ですか。……お言葉ですが、お嬢様はそのような事を気にされずとも━━」

「もうっ! 貴方あなたったら、全然分かっていないのね! それじゃあ、お父様のとなりにはいつまでっても立てないじゃないっ!」


 おそらく、求めていた返答ではなかったのであろう。

 顔を外へと向けたままプックリとほおふくらませる少女に、どうしたものかと白髪はくはつの男性は頭をかかえる。


「うーん……やっぱり、見た目から入るべき? まずはかみをもっと短くしてみようかな……?」


 窓枠まどわくに座らせた人形に見せるように自身の指でハサミを作り、手入れの行き届いたサラサラのかみに指バサミを当ててみる少女。

 事前に何かしらをあるじからおおせつかっているのか、目の前にいる少女の行動力の高さをかんがみてなのか……サァと顔を青くした白髪はくはつの男性の狼狽ろうばいたるや、いつもの二乗にじょう三乗さんじょうどころではない。


「それとも……言葉づかい?」

「い、いいいいけませんお嬢様! それでは立派りっぱ淑女しゅくじょに━━」


~~~~~~~~~~


 特に何を話すでもなくするでもなく、椅子いすに座ったままの少女が足を´ぷらぷら´とさせながら遠くにうつ景色けしきをぼんやりとながめていると……


〈カツン…………カツン…………〉


 誰かが、長い長い尖塔せんとうの階段をゆっくりと上ってくる足音が聞こえてくる。


〈カツン…………コツン…………〉


 少しして、徐々じょじょに強くひびき始めたその音に気がついたクマのぬいぐるみが自身の顔をそちらへと向ける……と。


「ん? ……ああ、リリー。ここで会うのはいつ以来いらいかな」


 階段の先から真白ましろひげあごたくわえた、一人の老人がちょうどその姿を現したところであった。

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