035 お揃いの服、お揃いな顔②

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 露店ろてん屋台やたいが数多く立ち並ぶ、先程さきほどまでのエリアを抜けた先。

 道化市どうけいちかなめでもある、巨大な天幕てんまくられた中央付近までやってくると……今度はそれらに変わり、道化どうけと呼ばれる色鮮いろあざやかな者達が次第しだいにその存在感をあらわとし始める。

 視界のあちらこちらでは大小様々な人だかりが見受けられ、そこでは脚光きゃっこうびた道化どうけ達が´ここぞ´とばかりに自慢じまんの芸を披露ひろうしては、観客からの´おひねり´……すなわち、チップをねらう。


「う~ん、お師匠様に何かプレゼントしようかなあ? 色々あって目移めうつりしちゃうなぁ……」

「……あっ。これとかどうでしょう? 色合いも素敵すてきですし、持ち返るさいにも邪魔じゃまにはなりにくいかと」


 売られているかもしれない動物系のお土産みやげ……確かに、気にはなる。

 しかし、今はそれどころではない。それどころではないのだ。


 楽しげな音楽には必死と耳をませ……聞こえてくる歓声かんせいには大きく胸を高鳴たかならし……

 先行さきゆく二人のあとを付いて回り、こちらに気付いた道化どうけ達がおどけた様子で手を振ってくるたび……少女の足は止まり、少女の手は無意識に小さく左右へと動く。


 まだかな、まだかな。

 土産みやげ屋の前ではことごとくに動きを止めてしまう二人の後ろで、少女はソワソワとしながらも自身を取り巻く心地ここちの良いにぎわいを楽しんでいた……そんな時だった。


〈━━━━〉


 どこかで聞いた事のあるような音が……一瞬いっしゅんあたりにひびいた。


「…………?」


 道化市どうけいちの中では、初めて耳にする音。

 それほど大きくはなかったはずなのに……周囲の雑踏ざっとうかいさず、不思議とクリアに聞こえた音。

 その出処でどころ辿たどるかのように、少女の視線は´ゆらりゆらり´とちゅうただよう。


〈━━━━〉


「……! また……ねえ、何か聞こえるの……」


 再び聞こえた音について少女はそううったえかけるが……お土産みやげ選びに夢中むちゅうなのか、目の前にいる二人はこちらに見向きもしない。


「ロッコ……」


 少女は続けてポシェットの中におさまる大好きなクマのぬいぐるみへと声をかけるも、生憎あいにくと現在は´ぬいぐるみモード´。

 誰かに相談することもかなわず、自由に動くこともあたわず……されど、不思議な音に対する好奇心こうきしんだけは縦横無尽じゅうおうむじんに体の内側をめぐる。


「…………」


 自制じせい放縦ほうしょう混在こんざい……いや、どちらかと言えば放縦ほうしょうりか。


 肩からななめにかるポシェットのひもを嬉しそうににぎめた二つの手。

 目の前にいる二人にバレないよう、ジリジリと後退あとずさりを始める右足。

 それらと比べ……断固だんことして、動こうとはしない左足。


 ´勝手に離れたりしない、いい子に出来るなら´


 若いシスターが少女を降ろす時にはっしたあの言葉が、かろうじて左足を大地にとどまらせていた…………はず、だったのだが。


 〈━━━━〉


「……!!」


 唯一ゆいいつ、少女をその場につなぎ止めていた罪悪感ざいあくかんとも取れる小さな躊躇ためらい。

 それを知ってか知らずか……今再いまふたたび音がひびいたことによって、足元のくさりは完全にプツリ。

 音が聞こえてきたであろう方向を左足は率先そっせんして確認し、お土産みやげながめている二人の様子もねんためにと確認し。そうして少女はあふれにあふれた好奇心こうきしんみちびかれ、大人は通ることが難しい店と店とのあいだにコッソリと入って行くのであった。


 ━━少女がせま隙間すきまを抜けてから少しもしないうちに、そこらでは山積みとなった何かの資材やいくつものテント……周囲の雰囲気ふんいきはさながら、舞台裏ぶたいうらへと変わる。

 気付けば人の気配けはいはどこかに消え、あゆみのたよりとしていた例の音もいつの間にか聞こえなくなっていた。


「どうしようロッコ……ねえ、出てきて」


 先ほどまでは確かに聞こえていた、にぎやかな人々の雑踏ざっとう

 耳が痛いほどの静けさのなか、一抹いちまつの不安にられた少女はポシェットからクマのぬいぐるみを引っ張り出すと強くきしめ……ひとり立ちすくみ、しゃがみ込む。


「……戻ろう、リリー。大丈夫、来た道を戻ればいいだけさ」


 人の視線がない事を確認し、´もぞもぞ´と少女の腕の中で動き始めるクマのぬいぐるみはそう言うと……うつむき下がった頭に、ポンポンと優しく腕を置き。


「うん……」


 お友達にはげまされた少女がわずかに顔を上げ、立ち上がろうと腰を伸ばした時…

 やわらかな一つの感覚が、少女のほおを´ふわり´とすべり落ちていった。


 ふわり。ふわり。

 風も無いのに目の前を´ゆらゆら´とおどるように流れていく……白い、羽根はねの様な何か。

 思わずつかんだそれを少女は興味津々きょうみしんしんと顔の前に持ってきてみるも、ひらいた手の中にはかげも形もない。


「……?」


 目を´ぱちぱち´とさせて首をかしげている少女の元へ、今度は不意ふいに誰かの言葉がとどいた。


「やあ、お嬢さん。何か……お困りごとかな?」


 クマのぬいぐるみをいだく力を強めながらに、ソロリと振り返った少女の後方こうほう……誰もいなかったはずのその場所には、容姿ようしひとしい男性が二人。

 双子ふたごなのだろうか? 一人は横たわった資材に腰をかけ、もう一人は立ったまま静かにたたずんでいる。


 紳士が着るような燕尾服えんびふくに、薄手うすでの白い手袋。

 かみは短く明るめで、顔も同じ。服装も同じ。

 違いがあるとすれば、彼らは右と左でそれぞれに片眼鏡かためがねをつけているくらいなものだ。


「…………。……お嬢さんじゃなくて、私はリリーよ」


 突然現れた二人に最初は警戒している様子だったが……おだやかな表情にられて少し安心したのか、いつものように言葉を返す少女。


「リリー?」

「そう、リリーよ」

「……きみには━━」


 資材に腰を下ろしていた男性が、一瞬いっしゅん何かを考える。

 そして、あらためて口をひらこうとしたところをとなりに立つもう一人の男性がせいし。何も言わず、首を小さく横へと振った。


「……そうだね、やめておこう」

「??」

「ん……ああ、こいつの事は気にしないでくれると助かる。とても無口むくちなやつなんだ」


 ……聞けば、彼らは人々を笑顔にさせることを生業なりわいとしている道化どうけ達とは少々ことなるらしい。

 様々な小動物を時折ときおり使役しえきするという点では同じだが、何も無い所から次々と物を出してみせたり、手にしたつえ瞬時しゅんじに変化させたり……もっぱらは人々をおどろかせて感嘆かんたんとさせる事に特化した、奇術師きじゅつしと呼ばれる職種なのだそうだ。

 巨大な天幕てんまくの中で行われる舞台ぶたいにおいても担当があるらしく、自分達の番が来るまでここで時間をつぶしていたのだという。


「こんな場所で出会ったのも何かのえんだ。リリーさえよければ、特別に少しだけ見せてあげよう」


 座っている男性のその言葉に合わせ、無口むくちな男性は動き始める。


 まずは足元に置かれていた、四角くガッシリとしたつくりの仕事かばん。大事な商売しょうばい道具が入っているであろうそれを、しげもなく地面の上で横にし……

 上着のうちポケットから取り出した白いハンカチで、ヒラリとかばんの上に特等席を作り上げる。

 そうして丁寧ていねいととのえられた後で少女に向けられる、優しげな微笑ほほえみ。


 ´……お待たせしました´

 ´……さあ、こちらにどうぞ?´


 そこに、音をともなった声というものは存在しなかったが……小さなお客様を席へといざな物腰ものごしやわらかな所作しょさの一つ一つから、違うカタチとして言葉は確かに伝わってくるのであった。

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