049 その向日葵は黄金に移ろう②

 ひざの上に感じる小さなあたたかさをいつもとは違って、少しだけ遠慮えんりょがちに抱きしめ、向日葵ひまわりの女性は言葉を続ける。


「……いつも私の´出番でばん´は途中まで。何度か、最後の方まで行ったことはあるけれど…………結局、そこで終わり。すぐに新しいお話が始まるの」


 ……ただよう光。

 それはそれぞれが形をして、一つ一つのつぶとなり。


「このお話の最後はいったいどうなるんだろう? 物語の主人公はあの人に会えたのかな? ……いくら私が思っても、本当の最後は分からず終い。それが私の´役目やくめ´ですものね。だから、お話の最後を……自分でね、作ることにしたの。

 どんな悲しいお話でも、最後は誰かが必ず幸せになれる……そんなラスト、とっても素敵すてき。……でも、心のどこかでは思ってたのかな? この物語の作者なら、どんな終わり方にするんだろう……って。」


 向日葵ひまわりの女性が思いを吐露とろするたび、徐々じょじょに大きさを増していく光のつぶ

 それはドール達が最後に残すような白色しらいろとはことなり、黄金こがねに輝くあわき色。


「私一人だったら、きっといつもみたいに途中で読むのをあきらめていたかもしれない……。でも、やっぱり……最後まで見て良かった。他の人が作った物語を読み終えると、こんな気持ちになれるのね。

 ……あなたがいてくれたおかげよ、リリー」


 そう言って向日葵ひまわりの女性は満足げに笑顔を浮かべると、目の前でれる´赤い双葉ふたば´しに少女の頭を優しくでた。

 すぐ横の窓を叩く雨音が強くなっていくなか、ぼんやりと明るいその場所に……まるで、おさない子どもが家族に甘えるかの様な声が、仕草しぐさが、ポソリとれ出る。


「ねえ、リリー……最初に会った時みたいに…………もう一度、してほしいな……」

「うん……いいよ」


 ひざの上から降り、いだいていたクマのぬいぐるみをそばにある小さな机の上へと座らせ……少女が振り返る。ちょっとだけ、普段よりも大人びて見える横顔。


「えへへ、なんだか……ちょっぴりずかしいね?」


 口ではそうといいつつも、どことなく嬉しそうな様子で向日葵ひまわりの女性は椅子いすに座ったまま体を小さく、その頭を下げる。


「……大丈夫、もう一人じゃないよ」


 言葉を聞いて、再び、嬉しそうに笑う向日葵ひまわりの女性。

 そんな彼女の姿を少女は自身の胸へ優しくいざない、小さなほおを静かに押し当てる。


「…………。……ありがとう、リリー」


 向日葵ひまわりの女性を包むあわき光が、黄金こがねに強く、大きく、キラキラとまたたく……


~~~~~~~~~~


「━━ん? 誰だ? 誰かいるのか……?」


 …………。


「……おい! お前、そこで何してる!」

「なんだよ、ばあさんには俺達以外の親族しんぞくはもう居ないって話だったろ?」

「ちょっとアンタ! かぎはちゃんと閉めてあったんでしょうね!?」


 何をさわいでいるのだろう?

 私はずっとこの場所にいたのに。


 あたたかな日差ひざしが差し込む、本に囲まれたこの空間。

 書斎しょさいと呼ぶには広く、いくつもの本棚が林の様に並び……あふれ出た本達が床の上に直接積みかさなっては、そこかしこで山を作っている。

 そんな場所でいつものように壁にもたれかかり、床に腰を落とし、手にした本を静かにながめながら時をも忘れただひたすらに読みふけっていると……


 ドタドタ、ドカドカ。


 数名の男女がそう音を立てながらいきなり入ってくるなり、読書の邪魔じゃまをするかのごとく私の前へと立ち並んだのだ。


「おい、何とか言ったらどうなんだ!」

「あ……ぅ……」

「……なんだコイツ、まともにしゃべれないのか?」


 その内の一人。体が大きく、粗暴そぼうそうな男が声をあららげながらに近付いてきたかと思うと……力任ちからまかせに持っていた本をうばい、乱暴に私の腕をつかんでは無理やりにと立ち上がらせる。


「うぅ……」

「ったく……じいさんが死んでから何年だ? 残ったばあさんもようやくくたばって、やっとこの古臭ふるくせ屋敷やしきを売っぱらえると思ったらコレだ…………おい、暴れんな!」


 必死に腕を振りほどこうとするも、大柄おおがらな男の力は強い。私はなかば、引きられるようにしてその場をあとにした。


「━━しばらくここにでも入ってろ!」


〈ガタン!!〉


 必要以上に大きな音を立てて閉められた目の前のとびら

 その振動で部屋はきしみ、長らく使われていないであろうたなや木箱からは積もっていたほこりちりい上がる。


「…………」


 ……どれだけの時間がったのか。

 長かったのかもしれないし、短かったのかもしれない。

 せま物置ものおきの中では、そんな感覚すらも曖昧あいまいだ。


「…………」


 どうにかこうにか腰を下ろせた場所。そこで、私がただただうずくまってふるえていると……


〈ドタドタドタ〉


 いまだ耳に残る、あの粗野そやな足音。

 そしてとびらが開けられるなり、大きな声がとどろく。


「おい! さっさと出ろ!!」


 より一層いっそうちぢこまる……私の体。


「……彼女ですか?」

「ええ、勝手に人様ひとさまの家に入り込んでまして」

「ふむ…………分かりました。さあ、来なさい」

「ぁ……う……」


 私が何をしたというのだろう?

 私はただ、沢山たくさんの本を読んでいたかっただけなのに……


 ……大柄おおがらな男が連れてきた別の者。

 そこに乱暴さという物はりはしなかったが……かといって、そこにすくいがあるわけでもなかった。私は両手をその場でしばり付けられ、何処いずことも知れず、連れかれる。


 ━━やがて辿たどり着いた場所で、何も言われず私は閉じ込められた。

 薄暗うすぐらく、そして、冷たい場所だった。


 格子こうしがはめられた明かり取りの様な小さな窓から見える、唯一ゆいいつの小さな小さな空には……依然いぜんとして何一つ変わることのない太陽がのぼってはしずみ、のぼってはしずんでいく。


 そんな事を数えるのにもきてきた頃、私に会いたいという女性がたずねてきた。

 としはそれなりのようだがどこかの修道服に身を包んでいるその女性は、私をここに閉じ込めた者と何やら話をしていた様だったが……それが終わるとこちらに振り向き、ニコリと微笑ほほえんだ。


「つらい思いをさせてしまいましたね……ですが、もう安心ですよ。さあ、私と共に行きましょう?」


 ━━それなりの距離、それなりの時間。

 長い事を馬車にられ……知らない街へと入り……

 やっとのことで馬がそのあしを止めた先には、見たこともないような巨大な建物の姿が。

 それは、とても繊細せんさいで……それでいて、おごそかな雰囲気ふんいきまとって静かに私を待っていた。


「ここで少し待っていて下さいね。すぐに戻りますので」


 修道服の女性はそう言うと私をその建物の入口付近で待たせ、近くにある詰所つめしょのような場所に足を向ける。


 ……今なら逃げられるかも。


 私は走った。ただひたすらに走った。

 無我夢中むがむちゅうで、建物のより中へと走る。

 何故なぜ外ではなく、中へと走ったのかはあまり覚えていない。


 私を見つめる周りからの視線が怖い。

 走る。走る。

 息が切れるまで走り続け、おもむろに顔を上げれば……


「あ……」


 その場所は、無数の本棚がこれでもかと立ち並び。

 見渡す限りの、数多あまたの本達であふれていた。


「あぁ……」


 素晴すばらしい光景に一瞬いっしゅん目をうばわれかけるも……近くで聞こえる誰かの声でハッとわれに返ると、人の視線をけるようにしてそそくさと中央にある幅広はばひろな階段を使って二階へ。


 話し声をけ、物音ものおとけ、人の気配けはいから逃げるように本棚の森を抜け。

 周囲に誰もいない事を確認してから、窓際まどぎわに置かれた小さな机にそなえ付けられた椅子いすの一つへと腰を下ろした。

 ここなら誰にも見つからない。ここなら何処どこにも連れていかれない。

 自分に言い聞かせ、必死に心を落ち着かせようとしていると……


「ん、しょ。よい……しょ」


 小さな声と共に、かすかな足音が近付いてくる。

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