025 お祭りが街にやってくる③

「やれやれ……ひどい目にあった……」


 そう愚痴ぐちをこぼしながらも、何かを探すようにキョロキョロと頭を左右にらすクマのぬいぐるみ。

 そこへ、少女が壁際かべぎわたなに置かれていた手のひらサイズの立て鏡を持ってくると、クマのぬいぐるみはすぐさま飛びつき……定位置からずれてしまったお気に入りの赤いバンダナを、可愛らしく丸みをびた小さな腕を使って器用にととのえていく。


「よしよし、やっぱりこの位置が一番……って……ん? ……んん? …………ああっ!」

「……? どうしたの、ロッコ?」

「あ、あぁ……なんてこった……。なあ、リリーも見てくれよ……」

「うん?」


 少女が持つ鏡に向かい、初めはご機嫌きげんな様子でバンダナをいじっていたクマのぬいぐるみ……しかし途中からはしきりに顔を鏡へと近付けたり遠ざけたり、そして最後にあがったのが驚きの声だ。


「ほら、ここだよここ! なんかさぁ、前より少し……れ目になってる気がするんだ。俺の目っていうのはさ、もっとこう……キリッとしてたはずだろ?」

「うーん……ロッコの目は、元から´まんまる´だよ?」

「いいや、違うね。きっとさっき´ぺしゃんこ´にされたせいで変わっちまったんだ……くそう……」


 何度確認をしようとも、鏡にうつる自分の姿は変わりようが無く。

 されど何故なぜくやしがり、鏡を見るたび鬱々うつうつとしているクマのぬいぐるみを少女はそっと抱き上げ……なだめる事だけに時間をついやし……やがておとずれる昼のお祈りを前に、少女は静かに立ち上がった。


「━━それにしても……道化市どうけいちかぁ……」


 礼拝堂に向かって廊下を進む少女の胸元から、クマのぬいぐるみがそう言葉をらす。

 余程よほどはげましを受けたのか……その表情は見るからに機嫌きげんがいい。


「どんな事をするんだろうな?」

「クマは来るのかなあ?」

「うーん……」

「うーん……」

「…………よし! じゃあさ、それっぽい本があるか……後で図書館にのぞきに行こうぜっ!」

「……うん。そうしよ、ロッコ!」


━━━━━━━━━━


 昼のお祈りをませた少女は、祭壇さいだんの前に集まって何やら盛り上がっている他の子達など気にもめず……自分は一人、早々そうそうに大図書館へと足を向ける。


 大聖堂をゆうするバジリカは勿論もちろん、街全体としても初めてやってくる大きなお祭りによって誰もが心をおどらせていた。

 行きう人々はみな道化市どうけいちの話で持ち切りとなり……

 楽しそうな声、楽しそうな顔……すれ違わずとも感じられるそれらの雰囲気ふんいきにより、クマのぬいぐるみをいだいた少女の顔には自然と笑顔があふれてしまう。

 そんな感覚を持って歩いていた少女に、ふと芽生めばえた一つの疑問。


(みんな同じなら、本……もう残ってないかも……?)


 はやりはあせりへ、慌てて大聖堂内をけ出す少女。


「━━ふぅ……ふぅ……」

「こんにちは、リリー。そんなに息を切らして……どうしたんだい?」


 やっとの事で辿たどり着いた大図書館の受付にて、司書ししょつとめるドールが不思議そうな様子で少女を見つめる。


「あの、あのね…………ふぅ。道化市どうけいちの本が見たいの」

「ん……道化市どうけいちかい?」

「うん」

「ああ、それなら……少し高い所に並んでいるから、一緒についていってあげるよ。本棚に戻さないといけない本も……ちょうど何冊かあることだしね」

「うん、わかった」


 一時的な不在を伝える小さなプレートを受付の上に置き、いくつかの本をかかえて立ち上がったドールの後ろを……安心したように胸にいるクマのぬいぐるみと顔を見合わせ、少女が続く。


「でも……道化市どうけいちの本は文字がいっぱいだから、読むのに時間がかかっちゃうかもしれないよ?」

「大丈夫、ロッコと一緒に絵だけを見るの」

「……なるほどなぁ」


 話の途中途中で立ち止まっては、かかえている本を対応した本棚にそれぞれ戻しつつ。最後の一冊を戻し終えたところで、前を歩いていたドールが後ろの少女へと振り返った。


「さあ、おまたせ。奥にある本棚が、リリーのお目当ての場所だよ。新しくコーナーをもうけてさ、上半分を道化市どうけいちに関連した本でめたはずだったんだけど……初めてだからかな、みんな考える事は同じだね」


 確かに、ドールが言うその本棚だけはのそれと比べても一目瞭然いちもくりょうぜんいくつもの本がびっしりと並んでいたであろう棚はすでまばらで……左右の支えを失った本が、パタリと横向きに倒れている。

 そして何より、今この瞬間にも別方向からやってきた一人の女性が……少女の目前もくぜんで、数冊もの本をその手にしているのだ!


「……あっ! ねえ、はやく! はやく本を取って!」

「ご、ごめんごめん。それじゃあ……えーっと…………こ、このシリーズとかいいんじゃないかな? ……あ、それともこっちだろうか」


 道化市どうけいちの本を見るためだけにここまで来たのに、余計よけいな話を聞いていたせいで自身の目の前から目的の本が無くなるなどあってはならない。

 怒気どきすらはらんだ少女の催促さいそくにドールはあわて、急いで何冊かの本を見繕みつくろうと……そのまま少女を連れ、一階中央にある読書スペースへと足を向ける。


「なるべく絵が多い本を選んでみたんだ。リリーの見たい本はあるかなあ?」


 様々な人達が静かにその腰を落ち着ける、幅広はばひろな階段前にもうけられた読書を楽しむための空間。

 少女が座った席の前で、長机に広げられた道化市どうけいちかんする本の数々。

 表紙、色、大きさ、厚さ。どこを取ってみても同じものがない、そんな個性ゆたかな本の中から選ばれたのは……一番大きくて、それでいて一番分厚い辞書のような本であった。


「……これ。これにする」


 持っていたクマのぬいぐるみを長机の上に置き、少し重そうにも見えるその本をズリズリと引きりながら少女は胸の前まで持ってくると……横に立つドールを見上げ、言葉を続ける。


「ねえ、ここにロッコを入れて?」

「え……そ、そこに入れるのかい?」

「うん、ここ」


 どこか困ったような表情と声色こわいろ……

 少女から直接お願いをされたされないにかぎらず、おそらくはどこの誰が聞いてもみな同じ様な反応をしてしまうことだろう。

 ……それもそのはず。

 少女がうなづき、ここだとアピールをした場所はなんと胸にかかえた本と体との間であり、そこにはわずかばかりの隙間すきまがあるだけなのだから。


「ちょ、ちょっとせまいんじゃないかなあ?」

「大丈夫、ぐいぐいして」

「うーん…………じゃあ、失礼するよ?」


 若干じゃっかんの疑問をいだきながらも少女にうながされ、ドールは手にしたクマのぬいぐるみを押し込むべく徐々じょじょに力を入れ始める。


〈ぐぐぐ……〉


「この引っかかりは……お腹の部分だろうか……」


〈ぐりぐり……〉


「うぐっ」

「ん? リリー、今何か言ったかい?」


 たまらず声をらしてしまうクマのぬいぐるみ……しかし今はぬいぐるみという都合上つごうじょう、なすがままにされるしかない。


「ううん。ねえ、もっとぐいぐいして」

「あ、ああ……。よっ……と! …………ふう、これでもう落ちないと思うよ」


 容赦ようしゃなく本と少女の間に押し込まれ、再び´ぺったんこ´となってしまったクマのぬいぐるみはさておき。


「じゃ、残りの本は受付で預かっておくよ。他の本が見たくなったらまた声をかけてね」


 そう言葉を残して仕事に戻っていくドールと別れると……少女は両手にかかえた大きな本をあらためてしっかと持ち直し、二階にあるいつもの場所に向け一段一段足元を確かめながらに階段を上り始める。


「うぐぐ……また、これかよぉ……」

我慢がまんして、ロッコ。あとちょっとだから」

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