024 お祭りが街にやってくる②

 さて、普段であればこの結果を上々じょうじょうとして喜ぶべきところ……

 ここ数日少女からの´補給´がうまくおこなわれておらず、エネルギー不足を危惧きぐした若いシスターの体は……もはや自動的にそれをおぎなおうと、新たな言葉を口にする。


「……さあ、ここでリリーに質問です! 道化市どうけいちの事をちょっとだけ教えてもらえるコースと、たっくさん教えてもらえるコース……リリーはどっちがいいかな?」

「…………。たくさんがいいな」

「よしきた! それじゃあ……はい、こっちこっち!」


 再びひざを叩きながら´さらなる高み´を追い求める若いシスターは、こちらを見て怪訝けげんとする少女に小さく息をくと……急に雰囲気ふんいきあらため、真面目まじめな顔つきとなる。


「ねえ、リリー? 私が今からするお話はね、みんなの前ではえてしていなかったお話なの。やっぱり、楽しみが減っちゃうからって……あまり多くを聞きたくないっていう子も中には居るじゃない?

 だからね、このお話をする時は……ひざの上に乗ってもらって、他のみんなには聞こえないようにこっそりと教えてあげてるの」

「……本当?」


 若いシスターの真剣しんけん口振くちぶりをよそに、その真偽しんぎを確かめようとする少女からの言葉と視線。

 おだやかなティータイムからは一転いってん突如とつじょとしてかった難題に先輩シスターの体はティーカップを持ったまま石となり……

 この場を丸く収めるべきかいなか、思わぬ決断をせまられたその目はあちらこちらと泳ぎに泳ぐ。


「えっ? ええっ……と…………」


 抱きしめたクマのぬいぐるみと共に、純粋じゅんすいひとみでこちらを見上げる小さな少女。……見れば、後ろでは若いシスターが顔の前で両手を合わせている。


「(お願い……っ、先輩!!)」

「(ちょ、ちょっと……!)」


 言葉をもちいない秘密の会話。

 少女の頭の上を何度も飛びう、二人のアイコンタクト。


「(こんなチャンス……滅多めったにないんですっ! どうか、どうかお慈悲じひを〜)」

「(だからって…………。もう……)」


 その必死ひっしすぎる懇願こんがんによって押し切られ、最後に先輩シスターは仕方しかた無さそうに若いシスターを一瞥いちべつすると……持っていたティーカップをテーブルに下ろし、自身からの言葉を待つ少女へと向き直った。


「……ごめんね、リリー。道化市どうけいちについて、私はそんなにくわしくは知らないの。でも、楽しみは最後までとっておきたいっていう子達が居るのは……本当よ?」

「ふうん……」


 自分に聞いても求めるような答えは返ってこない、という事を初めに知らせることで少女ののちの行動に誘導をかけ……確かな部分を再度強調することで、それとなしに話の本質をずらす……

 目の前にいる少女をふくめ、バジリカで生活を共にしている子達には出来る限りうそをつきたくなかった先輩シスター。その優しさもあいまった、この場に居る誰しもへの理想的な回答である。


「ほらぁ、どうする〜? お話を聞きたいなら〜……リリーの席はこちらでっす!」


 どこかおかしなシスター達の様子に多少の違和感いわかんを覚えはしたものの……少女にとってそれ以上の収穫はなく、二人の顔を何度か見比べたうえで腕の中にいるクマのぬいぐるみへと視線を落とし、そして諦めたようにゆっくりと腰を上げた。


 やわらかなぬくもり……

 心地ここちの良い重み……


 自身のひざの上に座った少女を見て、若いシスターの頭の中では耐えがたい気持ちの葛藤かっとううずを巻き。

 やがてそれらは白と黒……二つの相反あいはんする存在として、朧気おぼろげながらも思考しこうの中でそれぞれの主張にもとづく姿形すがたかたちし始める……!


(おいおい……見ろよ、リリーがひざの上に座ってるぜ! な〜に我慢がまんしてるんだよ、今すぐ抱きついちまえばいいじゃねえか!)


 耳元でささやかれるは、黒い悪魔な自分からの魅力みりょく的な甘言かんげん。そこに、状況をかんがみた白い天使な自分が両手を広げてかさず割って入る。


(いけません、冷静になるのです! ……いいですか? 今はまだ様子を見つつ……リリーが逃げられないと確信したタイミングで行くべきなのです!)

(……み、見ろよ、あのやわらかそうなほっぺた。吸い付いちまえよぉ〜らくになるぜぇ?)

(いけません、よく考えて行動をするのです! このまま行っても以前と同様であれば、ロッコを使われてガードをされてしまいます。あらかじめ左手でさり気なくロッコをふさいでおき……その後、右からめていきましょう!)

(…………な、なあ、本当はさっきから気付いてるんだろ? リリーのにお━━)

(何を言っているのですか! リリーのにおいがあるだけで味のしないパンでも御馳走ごちそうに早変わりするのなんて当たり前じゃないですか!! 目先の利益だけを求めて行動を起こし続けるのはおろかな者がすることであり失敗を繰り返し繰り返しその中から常に最適を見つけ出し選択をしていく事でより良い結果を……)


「……ねえ、まだ?」


 刹那せつなに巻き起こる論争ろんそうのさなか、少女のはっした不満げな催促さいそくによって若いシスターはハッとわれを取り戻す。


「(いけないいけない。平常心よ、私。) ごめんね、じゃあ……さっそく。道化市どうけいちっていうのはね? 道化どうけ……つまり、見世物みせものを職業にしてる人達が沢山たくさん集まって開いている、大きなお祭りの事なの。

 いつもはずっとずっと遠くにある大きな街とかを中心にして、周期的に移動をしながら活動をしているみたいなんだけど……今回は試しにって事で初めてこの街にも来るみたいね」

「お祭り……」

「ええ、そうよ。街の外に移動式の劇場と天幕てんまく……あ、すっごく大きなテントみたいなやつね。それを数日間かけて組み上げたら、楽しいお祭りの始まり始まり。周りにはいろんな露店が並んで……美味しいお店もいっぱい集まって……」


 えへへと顔をゆるめた若いシスターのお腹がグゥと鳴る。


「……動物は? どんな動物がくるの? 何か出来るって聞いたよ」

「そうね〜。大きな象が玉の上に乗ったり、ライオンが燃える輪の中をジャンプでくぐったり……他にも色んな動物が見れるかも?」

「わぁ。……聞いた? すごいね、ロッコ」


 そう言って持っていたクマのぬいぐるみの顔を見つめた少女は、思い出したかのように続けて口を開く。


「ねえ、クマは? ……クマもくるかな?」

「どうかな~? 楽しみだね、リリー」

「……うん!」


 こちらを見上げ目を輝かせながらにそううなづく少女へ、先輩シスターはにこやかに言葉を返すと……手にしたティーカップを口元へと運び、そして優しく微笑ほほえむのだった。


「━━そろそろ戻りましょうか」


 和気藹藹わきあいあいと話を続ける三人だったが……壁にけられた時計の長針が真上の少し手前あたりをしたのを見て、先輩シスターはゆっくりとソファーから立ち上がる。


「え~っ、まだリリーと一緒にいた〜い。リリーもそうだよ……うぐぐ」


 どさくさにまぎれて少女の体に腕を回し、その流れのまま頬擦ほおずりをしようと自身の顔を近付ける若いシスターの前に……突如とつじょとして立ちはだかる、小さな二つの手。

 可哀想かわいそうな事に両手でしっかりとかかえられていたはずのクマのぬいぐるみは……少女の咄嗟とっさの行動によって、まるでサンドイッチの様に二人の間にはさみ込まれてしまっていた。


「リ゛……リ゛リ゛ィ゛……うぐぐぐぐ…………」


 この腕を離せば逃げられてしまう……

 どうにかしてこのまま目的を達成しようと、ほおを近づけるべく必死な面持おももちで頑張がんばる若いシスター。


「ゃ……ぁ……!」


 ひざの上には仕方しかたなく座っただけ……

 せまりくるほおを抑え込み、なんとか押し返そうと´しかめ顔´でかざした両手に力を入れる少女。


 一進一退いっしんいったい攻防こうぼう、若いシスターのほおが少女に届くか届かぬかの瀬戸際せとぎわ……!


「はいはい、そこまで。……ほら、これはあなたがやるって言い出したんでしょう?」


 使っていたティーカップを片付けながら、先輩シスターがテーブルの上に並べたいくつかの書類。

 それを見てもなお頑張がんばり続ける若いシスターではあったが、自身のほおに小さな手形てがたがくっきりと残るまでねばったのち……時計をチラと確認すると、残念そうに少女を解放した。


「ちぇ~。仕方しかたない、ちょっくら行って来ますか! ……またね、リリー!」

「……あ、ちょっと! 書類を忘れてるわよ! ……もう。それじゃあね、リリー」


 にぎやかさが部屋から離れ、足音が徐々じょじょに遠ざかっていくと……それを確認したのか、ソファーの上でうつせに転がっていたクマのぬいぐるみはノソリとその体を動かし始める。

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