023 お祭りが街にやってくる①

〈ゴーン……ゴーン……〉


 大聖堂から街全体へ、ゆるやかに響き渡っていくおごそかな鐘の音。

 やがて少女の´お披露目ひろめ´会場にシスタースズシロが姿を現すと……少女はクマのぬいぐるみを胸にかかえ、最前列にある特等席へと足を向ける。


「天にします御使みつかい様……どうか我らの罪を━━」


 ステンドグラスから差し込む朝の光。

 礼拝堂に広がる、清浄せいじょう雰囲気ふんいき


 みな黙祷もくとうささげるなか、少女はクマのぬいぐるみをでる事も忘れ……ただただ、ステンドグラスの中できらめく三人の天使達をながめていた。


「どうすれば会えるのかな」


 ぽつり……少女がつぶやく。

 そこに、存在に対しての疑問は無い。それはいたって純粋じゅんすいで……光をまとって優しげに輝いている天使達への漠然ばくぜんとした興味、おもいからくる言葉だった。


「━━俺、見るの初めてでさ。今からもう……って、リリー?」


 突然、顔の前に伸びてきた手によって返ってくる、周囲をただよう人々のざわめき。

 気が付けば朝のお祈りはすでに終わっていたらしく、閑散かんさんとし始めた礼拝堂内では修道服姿のドール達が静かに祭壇さいだんまわりの後片付けを進めている。


「おーい、聞こえてるかー?」


 それらを背に……長椅子ながいすに座ったままぼーっとしている少女の前で、いつものやんちゃそうな少年はしきりにその手をらしていた。


「…………うん?」

「ったく、やっぱり聞いてなかったんじゃんか! もしかして、姉ちゃんがみんなに言ってた話も聞いてなかったのかよー」

「話? ……何か言ってたの?」


 思っていた通りの返答に、少年の口からは溜息ためいきれる。


「はぁ……。何って、道化市どうけいちだよ道化市どうけいち! この街にも来るんだって! 街の外にこーんなでっかいテントを張ってさ、一日じゃ回りきれないくらいのお店や見世物みせもの沢山たくさん並ぶんだ!」


 飛んだりねたり身振り手振り、自身の体をめいっぱいに使ったアピールで少女の興味を少しでも引こうと少年は躍起やっきとなるも……

 とうの本人からはのない返事ばかりで、しまいにはひざの上に座らせたクマのぬいぐるみで一人遊びを始める始末しまつ


「何だよ、リリーも初めてのはずだろー? ……よし。じゃあ、これならどうだ! 道化市どうけいちには……いろんな動物もくるんだぜ!」

「…………動物?」


 クマのぬいぐるみをでていた少女の手が止まった。


「へっへー、やーっとこっち向い━━」

「どんな動物がくるの?」

「えっ!? えーっと……げ、げい? を覚えさせた動物だよ……たぶん」

げいって何? どんなげいを覚えさせた動物なの?」


 運良く少女の興味が引けたとしても……それで終わり、となる事は極めてまれ

 ……なんで? ……どうして?

 そこから始まる様々な質問への答えに、少女を納得させうるだけのちからがなくてはならないのだ。


「う……。……お、俺だって初めてなんだよっ! そんなに知りたいなら、姉ちゃんに直接聞けばいいだろー!」


 こちらをぐに見つめる少女のひとみ

 嬉しいような、ずかしいような……そんな視線からも逃げ出さず、語尾にハテナのついた言葉のあらしにも負けじと食らいつき。

 そこには意地いじもあってか、最初のうちはどうにかこうにかえていたはずの少年も……結局最後はそのいきおいに飲まれ、少女の前でたじたじとなった姿を見せてしまうのであった。


━━━━━━━━━━


〈ガチャリ……〉


 ━━大聖堂二階。

 談笑だんしょうれ聞こえる一室いっしつの前で立ち止まった少女が、クマのぬいぐるみを片手におもむろとびらを開けると……


「ほらほら、うわさをすれば」

「あら……本当ね」


 テーブルをはさんで向かい合うソファーにそれぞれ腰を下ろしたまま、そう言ってこちらに顔を向ける二人の女性。

 ……いつもの若いシスターと、その先輩シスターである。


「´門番もんばん´、ご苦労様でっす!」


 礼拝堂の入口にて行われていた数々の´やり取り´を遠目とおめに見ていたらしく、部屋に入ってきた少女を見るなり若いシスターはその体をピシリとあらためる。


「リリー、どうかしたの? こっちにいらっしゃい」

「おいでおいで〜!」


 小さく手招てまねきをする先輩シスター。

 広げた両手を前に出し、嬉しそうに体をらす若いシスター。


 せいどう……対照的たいしょうてきな二人からのさそいにもまようことなく、至極当然しごくとうぜんといった様子で少女は先輩シスターのとなりへと腰を下ろした。


「あっ! ……いいでしょう。先輩がその気なら……私にだって考えがあります!」

「何を言ってるの、もう」

「やだやだ、私もリリーの横がい〜い!」


 言うが早いか立ち上がり、少女をはさみ込むような形で座ろうと若いシスターがソファーを移動するも……

 移動を終えた頃には、少女はすでに先輩シスターの逆隣ぎゃくどなり


 ひざに乗せたクマのぬいぐるみをでながら、こちらを気にする素振そぶりすら見せない少女に若いシスターはがっくりと肩を落とすと……両手で顔をおおい、その隙間すきまからめそめそとした声をらし始める。


「しくしく……そうだよね、リリーも私なんかより先輩の方がいいよね……しくしくしく…………

 あぁ……この先ずっと、私のとなりに座ってくれる人なんて出てこないんだ……」


 言葉を続けながら、若いシスターは時折ときおりチラチラと少女の様子をうかがう。


「もし…………もしも、クマのぬいぐるみを持った可愛かわいい女の子がとなりに座ってくれるなら……

 私はきっと、どんなお願い事でも喜んで聞いてあげちゃうんだろうなぁ……」


 名付けて、´お願いするなら今がチャンスだよ作戦´。

 ……これこそが、少女と過ごしていく日々ひびの中からた経験をもとに若いシスターみずからがみ出した、´とっておき´に´とっておき´を重ねた作戦のうちの一つである。


 付かず離れず……少女がこの様な態度を取っているときには往々おうおうにして、何かしらを求めている場合が多い。


「何でも聞いてあげちゃうのになぁ~……´ほんと´に´ほんと´なんだけどなぁ〜」


 そう、如何いかにわざとらしくともこれはただのひとり言。本作戦ではこちら側は言葉を並べているだけであり、あくまでも主導権をにぎっているのはそれを耳にした少女……とするのが肝要かんようなのだ。


「お師匠様の事でも〜……バジリカの事でも〜……もちろん、私の事だって〜。あとは〜……´どうけい━━´」


 クマのぬいぐるみにれていた少女の手が、その言葉でわずかに動きを止めたことを若いシスターはけっして見逃みのがさない。


「(……きた! 道化市どうけいち……道化市どうけいち……リリーのお願い、リリーが聞きたい事……)」


 フル回転させた頭の中、手に入れたピースでみちびき出される一つの答え。


「(……これだっ!) たとえば~……道化市どうけいちで出て来る動物の事とかぁ、色々教えてあげられるのになぁ~」

「…………」

「(ど、どうだ……っ!)」


 ……緊張きんちょう一瞬いっしゅん、流れるしじま

 そんな若いシスターの様子にも先輩シスターは慣れたもので、間にはさまれながらも特に気にする事はなく。

 テーブルに置かれた自身のティーカップへと手を伸ばしては……香りをまじえた口当たりの良さに一人、舌鼓したつづみを打つ。


 そしてついに、その時はやって来た……!


「……リリーが知りたいこと、どうして知ってるの?」


 お待ちかねの仕草しぐさ、お待ちかねの表情、お待ちかねの声色こわいろ……

 先輩シスターのかげから不思議そうな顔をのぞかせる少女に、若いシスターは隠した右手を強くにぎりしめる。


「(よっし、作戦成功!)」

「……?」

「ふふん。リリーの事ならぁ〜……な〜んでも分かっちゃうのだ! ほ〜ら、教えてあげるからおいでおいで〜」


 そう言ってひざをぽんぽんと叩きながら、満面のみを見せてくる若いシスターに少女は少なからず不満げではあったが……やがて観念かんねんしたのか目的のためか、クマのぬいぐるみを胸にいだくとシスター達の間でポスリとその腰を落ち着けた。

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