022 仲良しのあかし②

 ━━窓から見える四角い空が、うっすらとしらみ始めた頃……

 特に何も起こらなかったためか椅子いすの背もたれに体を預け、静かな寝息を立て始める先輩シスターのとなりで少女はじっとその時を待っていた。


「…………」


 やがて、先輩シスターがそのまま深い眠りに落ちた事を確認すると……座っていた椅子いすを窓の近くに動かし、あらためてそこに座り直したところで少女はこっそりと口を開く。


「(……おそろいだね、ロッコ)」

「(へっ、なかなか気に入ったぜ。見る目あるじゃんか、あのシスター)」


 そう言葉を返しひざの上に立ち上がるクマのぬいぐるみは、少女の手を借りながらも窓枠まどわくへとよじ登り……しばらく動かせずにいた両の手足を存分に伸ばしては窓にうつった自分の姿に目を向ける。


「(うんうん……いいね、こうでなくっちゃ。やっぱり、シスターってのはちゃんとした心配こころくばりが出来てこそなんだよなあ)」


 とある誰かを思い浮かべ、感慨深かんがいぶかそうに上下じょうげするふわふわとやわらかな頭。


「(ねえ、ロッコ。早くみんなに見せてあげたいね?)」

「(……だな、朝になったら一番で自慢じまんしにいこうぜ)」


 窓の向こうにいる自分に様々なポーズを取らせてえつひたるクマのぬいぐるみを見ながら、楽しそうに笑っていた少女の耳に……


「リリー……どうかしたの……?」


 不意ふいに届いた、後方からの言葉。

 クマのぬいぐるみはすかさずその場でコテリと転がり、少女はビクリとね上げたままの肩越かたごしに後ろをゆっくりとかえりみる。


「…………」


 しかしそれも、先輩シスターの口かられた寝言ねごとの一部だった事が分かると……杞憂きゆうと知って起き上がったクマのぬいぐるみ共々ともども顔を見合わせ、クスクスと小さく笑い合うのだった。


━━━━━━━━━━


 食事の準備にあわただしい朝の食堂。

 そこに隣接りんせつする準備室へ、ソロリソロリと足をしのばせながらにやって来ては……入口のとびらに張り付く影が一つ。

 とびらに出来たわずかな隙間すきまから慎重に中の様子をうかがうその影は、ほどなくして安堵あんどのため息と共に大きく胸をで下ろした。


「……セーフセーフ。寝坊ねぼうしちゃったけど、お師匠様がまだ来てなくてラッキー!」


 正体は言わずもがな……張り付いていたとびらを開き、何食わぬ顔で朝食の準備にざろうとする若いシスターが自身の足を一歩前に踏み出した時。ガシリと肩はつかまれる。


「あっ」

「おはよう。ゆっくり眠れたかしら?」


 今……この場所で一番聞きたくなかった声に、瞬時しゅんじこおりつく体。


「あ、あの……め、目はひらいてたんです! ただ、お布団ふとんが私を離してくれなかっただけで……え、えへへ」

「それは起きてるとはいいませんよ。まったく……」

「あ……あぁ~、先輩! それ、私が持っていきまっす!」


 ちょっとした声のトーンの違いから、説教せっきょう気配けはいさっした若いシスターは素早い動きで調理台に置かれていたいくつかの皿へと飛びつき、そう言ってそそくさととなりの部屋に逃げ込んだ。


「……ん?」


 軽めの朝食をテーブルの上に並べる若いシスターの視界のすみで、何かがチラチラとうつり込む。

 テーブルをはさんだ反対側……そこのはしにあたる部分から、見覚えの無い´赤い双葉ふたば´がひょっこりとえているのだ。

 それは、右に動けば左へと移動し、左に回り込もうとすれば右へと移動をするためにらちかない。


「んんん?」


 食堂に置かれたテーブルを中心にしばらくのあいだぐるぐるとしていた若いシスターだったが……ポンとその手をたたくと椅子いすに手をかけ、テーブルの下から向こう正面じょうめんのぞき見た。


「……あれ?」


 そこにあったのは、自分が良く知る修道服。

 なぞる様に顔を上げた先では、準備室を背にシスタースズシロがあきれた様子でこちらを見つめる。


「何をしているんですか貴女あなたは……」

「あの、お師匠様……今そこに……」


 はて……と首をかしげながら立ち上がった若いシスターの前に、それは再び現れた。


大体だいたい、おつとめが終わればいつも我先われさきにと自室へ戻っているはずなのに━━」


 テーブルしに説教せっきょうを始めるシスタースズシロの後ろから、隠れるようにして振られる見覚えゆたかな黒く小さな腕。


(む?)


 徐々じょじょに見えてくる黒く可愛かわいらしい顔、つぶらなひとみ


(むむ?)


 そして最後に姿すがたを見せる、クマのぬいぐるみを胸にいだいた少女の頭には……先程さきほどまでテーブルをかいして追いかけていた、あの´赤い双葉ふたば´がれていた。


「むむむ…………あっ! やったな、リリー!」


 ようやくことに気が付き、思わず声をあげた若いシスターに反応して……次に起こる事が分かっているかのように少女はスススと顔を引っ込める。


「は、な、し、を。話を、ちゃんと聞いているのですか?」

「あ……うぅ。今のは……リリーが……」

「……? リリーなら、私と入れ違いで部屋から出ていきましたよ?」

「え゛っ!? でもでも、お師匠様! ほら、すぐ後ろにリリー……が…………あれぇ?」


 言葉と共にシスタースズシロの後ろへと回るも、ときすでに遅し。

 少女が確かに居たんだという若いシスターからの必死ひっしうったえもむなしく、普段のおこないもわざわいしてか口をひらけばひらくほどにその信憑性しんぴょうせいは薄まっていくばかり。


「まったく……作り話にまであの子を使おうとするなんて……」

「ち、違うんですお師匠様ぁ〜……本当にリリーがぁ━━」


 食堂から聞こえてくるそんな二人のやり取りなどは気にもめず……シスター達への´お披露目ひろめ´をませた少女は、クマのぬいぐるみを胸に次の´お披露目ひろめ´先である礼拝堂に足を向けた。


 お祈りをげるかねが鳴らされるにはまだ時間があるためか、数多く並べられた長椅子ながいすに腰を下ろしている人の姿はまばら。

 修道服を着たドール達はみなせかせかと体を動かし……少女以外に、バジリカの子供達がやって来る様子も無い。


 朝も早くから御使みつかい様の前につどい、その日最初のお祈りが始まるよりも先におのれとしての祈りをも静かにささげているような信仰しんこう熱心な者達にじり……

 少女は入口わきに置かれた一人掛ひとりがけの小さな椅子いすにて腰を落ち着けると、ひざの上に座らせたクマのぬいぐるみの赤いバンダナをぴっぴとととのえ始める。


〈コツ、コツ……〉


 座ってすぐに聞こえてきた誰かの足音……少女はクマのぬいぐるみを抱き上げ、急いで立ち上がった。


「…………」

「おはよう……あら? 今日はいつもより素敵すてきね、リリー。ロッコも、赤いバンダナがとってもかっこいいわ」


 前をふさぐようにけ寄ってくるも何も言わずただこちらを見上げるだけの少女を見て、今しがた礼拝堂に入ってきたばかりの女性は慣れた様子でひざを折り、微笑ほほえみながらに言葉を返す。

 すると……

 みるみるうちに少女は笑顔。クマのぬいぐるみをいだき満足そうに離れていく後ろ姿に、女性はくすりと笑うと入口近くの長椅子ながいすへ静かに腰を下ろした。


〈カツリ……カツリ……〉


 ……次の足音だ。

 先程さきほどと同じ椅子いすに座っていた少女は、クマのぬいぐるみのバンダナを再びととのえると……のんびりとした足取りで入ってくる壮年そうねんの男性へとけ寄った。


「…………」

「やあ、リリー。どうしたんだい?」


 口はひらかず、壮年そうねんの男性を見上げる少女。


「えっと……私に何か用かな? ……あ、挨拶あいさつかい? おはようリリー」


 しかし、少女は動かない。

 礼拝堂の入口で頭をきながら、どうしたものかと立ち往生おうじょうしている壮年そうねんの男性だったが……ふと見やった先で、長椅子ながいすに座っている女性が自分に何らかのジェスチャーを送っている事に気が付いた。


「(……?) …………あっ! あぁ、リリー……気付くのが遅くてごめんよ。お揃いなんだね、似合っているよ」


 求めていた言葉を受けて、ようやく離れていく少女に壮年そうねんの男性はほっと息をつき……女性に軽く会釈えしゃくを返しつつも礼拝堂の奥に足を進める。


 その次も、そのまた次も、存分に気が済むまで……少女の´お披露目ひろめ´は続いていた。

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