021 仲良しのあかし①

 一日の業務が終わり、バジリカに残っていた街の人々もみなそれぞれ家路いえじにつけば……

 やがて大聖堂が正面にかまえる大きな三対さんついとびらは、そこをまかされたドール達の手によってピタリと閉じられる。

 必要最低限のあかりだけを残し、それ以外は月明かり程度とする夜のバジリカ。あるのは、ぼんやりとした暗さと……驚くほどの静けさだ。


〈ぱたぱた……ぱたぱたぱた……〉


 昼間ひるま明々あかあかとした雰囲気ふんいきとは打って変わって、其処彼処そこかしこからおおかぶさってくる闇を振り払うように少女はクマのぬいぐるみを抱きしめ、大聖堂の二階にあるいつもの部屋へと足を急がせる。


 風でカタカタと音を立てる窓の向こう側。

 先の見えない薄暗い廊下の曲がり角。

 どこまでも広がる闇に、ふくらむ不安。


 それは、廊下にひびく自分の足音でさえ……得体えたいの知れない何かが立てた、恐ろしげな音のように聞こえてしまうほど。


「………………」


 少女は事ある毎に立ち止まっては振り返り、立ち止まっては振り返る。

 見えない何かが自分のうしろをひたひたと付いてきている気がして……ぬぐることの出来ないそんな感覚が、ただただ底気味そこきみ悪くて。


〈ガチャリ━━〉


 急ぎ足のままに飛び付き、押し開けた先。

 他の部屋と比べてあまりかざが無く、ややせまつくりとなっている室内ではすでに一人のシスターが椅子いすに座り、ゆったりとその体を休めていた。

 どこか落ち着いていて物静ものしずかな印象いんしょうあたえる彼女は、元気がな例のシスターの先輩にあたる。


 この部屋は主に宿直しゅくちょく室として利用されており、不測ふそくの事態にそなえるべく夜間やかんはバジリカにぞくする者が必ず待機をしている決まりとなっている。

 明るく、それでいてつねに誰かが居る……夜が来るたび、少女は決まってこの場所へと足を向けていたのだった。


「━━いらっしゃい、リリー」


 クマのぬいぐるみを胸にかかえながら、後ろにゆっくりととびらを閉める少女へ先輩シスターはそう言ってニコリと笑う。


「そろそろ来るかなって思っていた所なの。ほら、いつもみたいに一緒におはなしをしましょう?」


 ひざをぽんぽんとたたき、おいでと両手を差し出す先輩シスターに少女はこくりとうなづく。


 先輩シスターのひざの上には、小さな少女。

 小さな少女のひざの上には、もっと小さなクマのぬいぐるみ。


 どこからともなくホンワカとしてくる様な、そういった居心地いごこちの良さを楽しみつつも……ひかえめにこちらへと体を預けてくる少女に、先輩シスターはそっと腕を回した。


「……ねえ、リリー。バジリカは……この場所は好き?」

「うん」

「ここのみんなは好き?」

「うん」

「どんな所が好きなの?」

「みんな、リリーとおはなししてくれるから好き。にこにこしてるから、好き」

「笑ってるみんなが好きなのね。じゃあ……嫌いだな、って思う所はあったりするのかな?」

「…………」


 そうわれた少女はかかえていたクマのぬいぐるみをじっと見つめ……少しののち、ぽそりとそれを口にした。


「…………みんな、いなくなっちゃうのが嫌い」


 言葉と共に、クマのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。


「……そっか。リリーはみんなのお姉さんだもんね。はなばなれになっちゃうかもしれないけれど……それはね、みんなとのつながり方がほんのちょっと変わってしまっただけなの。

 みんなみんな本当にリリーの事が大好きだから、どんなに離れてしまったとしてもその気持ちやおもいはずっと、いつまでも。今までと変わらずリリーのそばにいて、一緒に笑ってくれているって事を…………忘れないであげてね?」

「でも……。……リリーには、何も見えないよ?」


 左右に何度か顔を動かしたうえで、改めてさびしそうに声を返してくる少女へ……先輩シスターはゆっくりと、静かに答える。


「そうね……たとえ目で見ることが出来なくっても、そこにいると知っていれば……すぐそばには、いつもみんながいてくれるって事が分かっていれば……

 それって、見えているのと同じ事……なんじゃないかなあ?」

「…………。みんなが……」


 ……その言葉は、小さな少女には少し難しかったのかも知れない。

 されど、胸にいだいたクマのぬいぐるみを見つめたまま一生懸命に何かを思おうと頑張がんばっている……そんな少女を後押あとおしするかのように……

 ひざの上に座った確かなぬくもりへ、先輩シスターは優しく口づけをおくっていた。


〈カチ……カチ……〉


 静かな夜。静かな室内。

 唯一ゆいいつ壁際かべぎわから規則的な音を立てている時計だけが、その場においての時間の流れを感じさせる。

 ……と。


「そうだわリリー、今日はね? いつも仲良しなあなた達に、プレゼントを用意しているの!」


 頑張がんばり続けるのもそこそこに……そのうち普段のようにクマのぬいぐるみを使って何やら遊び始める少女を見計みはからい、先輩シスターは明るめな声をあげた。


「プレゼント? ……ロッコにもあるの?」


 すぐさま手を止め、自身をいだく先輩シスターに少女は振り返る。


「ええ、勿論もちろんよ。何日か前に街のかたから端切はぎれをいくつかいただいてね、休憩時間を利用してみんなには内緒ないしょで少しずつ作っていたから……リリーも全然気付かなかったでしょう?」

「うん……分からなかった!」


 こちらを見上げる少女に笑顔を返し、抱きかかえるようにしてひざの上からとなり椅子いすへと少女をうつすと……


「気に入ってくれるといいんだけど……」


 そう言いながら先輩シスターは椅子いすに座ったまま身をかがめ……足元の先をさぐさぐり、その手を伸ばした。


「…………?」


 予想にはんし、テーブルの影から現れたのは街でよく見る紙袋。

 ごくごく普通の無地むじであり、どちらかと言えば地味じみ部類ぶるいに入るものではあったが……それは、一瞬のうちに少女の目前もくぜんいろどる事となる。


〈ガサリ……〉


 先輩シスターが紙袋を開くと……まず最初に顔をのぞかせたのは、明るい色合いのカチューシャだ。

 頭頂部には赤い生地きじむすばれるようにあしらわれており、ピンと上に張り出した二つの赤は植物の双葉ふたばを思わせる。


 続いて姿を見せるのが、少し小さめなバンダナ。

 しかし、小さいとは言え´ほつれ´を防ぐためかその端部たんぶ隅々すみずみまでがしっかりと縁取ふちどられ……かどの一つには刺繍ししゅうとして、可愛かわいらしい黒クマの顔がほどこされる。


 そしてそれらは同じ一つの生地きじから作り上げられているようで、大好きなクマのぬいぐるみともっともっと仲良くなりたかった少女にとっては……これ以上ない、まさにうってつけなおくり物であった。


「……あっ、ロッコがいる!」


 テーブルの上で広げられたバンダナにその姿を見つけ、楽しそうに声をあげる少女の頭へ……優しく着けられる、先輩シスターお手製の赤いカチューシャ。


「わぁ…………ねえ、ロッコにも! はやくはやく!」


 自分だけでなくお友達へのプレゼントですらも待ち切れず、体をらしながらにそうせがむ少女の様子は……思っていた以上に嬉しいものだったのだろう。

 それが手作りであったのであれば、その嬉しさは殊更ことさらである。


「ふふっ。すぐ着けてあげるから、少しだけロッコをさわらせてね?」

「……! うん!」


 お願いに対して大きなうなづきを返す少女の前で先輩シスターは一度微笑ほほえむと、少女のひざの上からつぶらなひとみをこちらに向けているクマのぬいぐるみの首元にななめ半分としたバンダナをわせ……後ろ側でキュッとむすびつけてから、丸くやわらかな頭をぽんぽんとした。


「……はい、出来たわよリリー」

「わぁ……! わあ……!!」


 バンダナを巻いたクマのぬいぐるみを持ち上げるたび、抱きしめるたび、少女の口からは嬉しそうな声がれる。


「……あっ!」


 そんななか……ふと声をあげた少女は小さな気付きそのままにぴょんと椅子いすから飛び降りると、とびらの近くにはいされた姿見すがたみまで歩き、腕の中のお友達にも自身の姿が見えるよう鏡に向かって両手を突き出した。


「ほらみて。ロッコ、かっこいい!」

「リリーもロッコも、とても良く似合っているわ」

「本当? ……だって、ロッコ!」


 姿見すがたみの前に立ったまま、離れることなくニコニコとした笑顔を鏡にうつし続ける少女。

 鏡の中の少女にいだかれるクマのぬいぐるみの表情は……いつもより、どこか自慢じまんげなのであった。


 なごやかな空気に包まれ、夜はますますけてゆく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る