040 ちょっぴり不思議な道化市④

 ━━…………おかしい。


 あれからあたりをウロウロと確認して回っているのだが、どうしてもあの静かな場所が見つからない。

 そもそも、何処どこにいてもえず人の声や演奏が流れてくる道化市どうけいちだ。舞台裏といった場所でさえも静寂せいじゃくとは程遠ほどとおく、そこに例外などりはしなかった。


「あれ……? どこだっけ……」

「んー、雰囲気ふんいき的にも近いと思ったんだけどなあ……。あの時はどこから行ったんだっけ? もしかしたら、場所を間違えてるのかもなあ」

「えーっと……」


 あの時……あの時は……

 頭の中に広がる´面白おもしろい´をガサゴソとき分け、下の方からやっとの事で引っ張り出してきた記憶と共に少女はあゆみを進める。


「さあさあ、もうすぐで舞台ぶたいが始まるよ! これを見なくちゃ始まらない、これを見なくちゃ終われない! さあさあ、お楽しみの舞台ぶたいが始まるよ!」


 まずは目印めじるしとして、道化市どうけいちの中央でそびえる巨大な天幕てんまくの入口まで戻り……


「う~ん、お師匠様に何かプレゼントしようかなあ? 色々あって目移めうつりしちゃうなぁ……」

「……あっ。これとかどうでしょう? 色合いも素敵すてきですし、持ち返るさいにも邪魔じゃまにはなりにくいかと」


 お土産みやげ選びを楽しそうに続けている、若いシスター達の後ろを通り……


 ……そう、ここだ。確か、この隙間すきま

 店主同士がたがいにきそい合うように声を張り上げている二つの店。そこに出来たせま隙間すきまへと体をすべらせ、少女は進む。


「…………」


 やはり変わらぬ、先ほどにも見ていた通りの同じ景色けしき

 しかしながら、取り巻きの雑踏ざっとう達は次第しだい遠退とおのいていき……


 そして。少女の周囲からは、人の気配けはいがフッと消えた。


「おや、また会ったね」


 すると耳に届く、聞き覚えのある声色こわいろ

 振り返れば見覚えのある二つの姿……一人は資材に腰を下ろし、一人はその後ろで静かにたたずみ。同じ姿、同じ顔で少女に微笑ほほえみを向けている。


 声をけてきた男性は何かを確認するようにもう一人へ視線を投げると、無口むくちな男性は´ふるふる´と首を横に振ってそれに答え……

 少しだけ考える仕草しぐさを見せたのち、クマのぬいぐるみをかかえて近付いてくる少女へ言葉を続けた。


「……どうだい? 道化市どうけいちには色々なものがあるだろう?」

「うん! 動物のげいを見たでしょ、演奏も聞いたでしょ、それから……それから……」


 指を一つ一つっては数えながら、自分が見てきたものを一生懸命いっしょうけんめいと説明する少女に男性は笑顔をともなった相槌あいづちを返す。


「うんうん、それはなによりだね」

「あっちにも……あ、あっちにも! 面白おもしろいものがいっぱいあったの! ……でも……でもね」


 男性達の目の前で、くもり始める少女の表情。

 うつむき、いだいたクマのぬいぐるみに顔をうずめ……少女はおもいを口からこぼした。


「なんだか……´楽しく´ないの……」

「……ん? 色々あって面白おもしろいんだろう? 何か、いやなことでもあったのかい?」

「ううん、違うの。リリーが一人だから……みんなと一緒じゃないから、´楽しく´ないんじゃないかって……ロッコが教えてくれたの……」

「……ふむ。ロッコが…………ね」


 返ってきた答えに、クマのぬいぐるみへとうつされる男性の視線。

 それに気付いたのか、少女の腕の中ではどうだと言わんばかりの自慢じまんげな顔がこちらを見返してくる。


「…………。まわりには沢山たくさんの人がいるだろう? それじゃあ…………駄目だめ、なのかい?」


 立ったままの無口むくちな男性は変わらず静かに微笑ほほえんではいたが、会話を続ける男性は視線を戻すと……ジッと。

 見据みすえるように、少女にけた。


 ……やや、少しして。


「……だめ、だめなの。でも、一緒に来たのに二人にはリリーの声が聞こえてないみたい……」

「……そうか。リリーにとって、その人達は特別なんだね」

「トクベツ……?」


 小さく首をかしげる少女に、男性は座ったままで天をあおぎ……´ふぅ´と軽く息をく。


「そうだね……私達にはそういった人はもう居ないけれど、君には居る。…………戻ってみるといい。特別なその人達の所へ。君が居るべき、特別なその場所へ」

「でも……」

「おいおい、聞いてなかったのか? ´ここ´でマトモに話が出来るのはあんた達くらいなんだぜ? それに知らないかもだけどさ、街に行こうとしても見えない壁があって通れないんだよ」


 このままでは何の解決にもならず、さらには少女をそのまま帰そうとする男性に対し……会話を聞いていたクマのぬいぐるみが、居ても立っても居られずに口をはさむ。


「ん……ああ、それは´ふち´だね」

「´ふち´……?」


 クマのぬいぐるみの言葉に、男性は微笑ほほえみながらも´さらり´。


「大丈夫、何の心配もいらないよ。……さあ、早く戻るといい。もうそろそろ……舞台ぶたいも始まる頃だからね」

「……! ほんとう? ロッコ、急いで戻らなくちゃ!」

「えっ? いや、だって……」


 まだ何かしらを言いたそうなクマのぬいぐるみをよそに、その腕を使って少女はあわててバイバイとすると……

 若いシスター達にも舞台ぶたいが始まる事を伝えるため、二人の待つ土産みやげ屋に向けて足も早くにけていった。


「…………」


 特別な人達の元へと帰る少女の背中を、ただだまってながめていた男性だったが……その姿が小さくなっていくのを見届けると立ち上がり。薄手うすでの手袋を着けたままに、自身の指を打ち鳴らす。


〈カシャリ━━〉


 それを合図あいずとして周囲に戻ってくる、楽しげな音色ねいろや人々のにぎわい。


「私達には━━」


 優しく肩に手を置いた無口むくちな男性に、困ったような……さびしいような……そんな顔を見せると、少女がけていった方向に視線を戻し。男性は、小さくつぶやいた。


「私達は、君が本当にうらやましいよ。リリー……」

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