041 とっても楽しい道化市①

 次第しだいあらわれ聞こえ始めた、周囲からの雑踏ざっとう

 少女は来た道をけて、店の間に出来ている隙間すきまを通り……


「う~ん、お師匠様に何かプレゼントしようかなあ? 色々あって目移めうつりしちゃうなぁ……」

「……あっ。これとかどうでしょう? 色合いも素敵すてきですし、持ち返るさいにも邪魔じゃまにはなりにくいかと」


 ポシェットの中にクマのぬいぐるみを押し込むと、少し緊張きんちょうした面持おももちとなり、お土産みやげ選びにいそしんでいる二つの背中を前にする。


「ね、ねえ……もう舞台ぶたい始まっちゃうんだって」


 そう言葉をかけながら、若いシスターの服裾ふくすそを´ぐい´と引っ張る少女。

 何度も、何度も何度も、近くを通るたびに試しては諦めた……同様の行為。


「い……行かないの?」

「…………」


 やっぱり、何も変わらない……

 肩を落としてうつむいた少女が、つかんだ服裾ふくすそから右手を力無く離そうとした時。


「おっと〜? もうそんな時間かあ! お師匠様へのプレゼントは〜、舞台ぶたいを見た後にでも´ちゃちゃっと´選ぶとしますかっ!」


 何気なにげの無いいつもの調子で、若いシスターが´くるり´とこちらに振り返った。

 続いて、向日葵ひまわりの女性も振り返る。


「ええ、そうですね。先に見に行きましょう。……行こう、リリー?」

「行こう行こう!」


 目の前に差し出された二人の手に少女は見る見ると顔をほころばせ、うれしそうに手を取りにぎめ。


「……こっち! あそこまで行くには、こっちを通るのが一番早いの!」

「あれ? リリー、場所を知ってるの?」

「うん! ここの事なら、リリーは何でも知ってるよ?」


 不思議そうな顔を見せる若いシスターに対し、少女はその手を引きながらに満面まんめんみを浮かべるのであった。


 あんなにも見て。いて。

 全てを知っているはずなのに、どういうわけだか今は何もかもが新鮮に見える。感じる。


「はやく、はやく!」


 みちすがら、足をはずませる少女にみちびかれ。

 道化市どうけいちかくとされる巨大な天幕てんまくふもとにまで、三人が仲良くやってくれば……


「さあさあ、もうすぐで舞台ぶたいが始まるよ! これを見なくちゃ始まらない、これを見なくちゃ終われない! さあさあ、お楽しみの舞台ぶたいが始まるよ!」


 すぐさまと耳に届く、赤く派手色はでいろ道化どうけの呼び言葉。

 声を張り上げての熱心な案内にしたがい、流れるままに天幕てんまくから伸びた行列の最後尾さいこうびへと加わる三人……


「…………」


 時折ときおり、少女は何かを確かめるかの様に後ろを返り見た。


 自分達にならって次から次へとつらなり、その行列を長蛇ちょうだのものとする数多あまたにぎわい。

 そこをチラチラと気にして、そして嬉しそうな様子で視線を戻す……そんな少女の不思議な行動に。


「……?」


 向日葵ひまわりの女性もられてか、列の後方こうほうへと視線を流すと……それは、小さな疑問となって少女に向けられた。


「リリー、どうかしたの? 何か面白おもしろいものでもあった?」

「ううん、何でもないよ。……ね、ロッコ?」


 こちらを見上げ、そうと口では言うものの。

 少女の雰囲気ふんいきからは見て取れるほどの喜楽きらくにじみ、ポシェットに収まったお気に入りのクマのぬいぐるみへ、しきりとその頭をでては言葉をけている。


「ねえ、私にも━━」


 列に並ぶという待ち時間の中で出会えた、素敵すてきな笑顔の理由。

 それをたずねようとして、向日葵ひまわりの女性が身をかがめた時……


 ざわり。ざわわ。


 人々がはっしていた周囲のざわめきが強くなり、並んでいた列がゆっくりと動き始めた。


「おっ! そろそろ始まるみたいだね!」

「ええ、そのようです。……楽しみね、リリー?」

「うん!」


 いよいよ。とうとう。待ちに待った道化市どうけいち舞台ぶたいが始まる。

 そう思うだけで少女の気ははやりにはやり、それとは別に我先われさきにとの動きを見せるその両足は……まるで、自我じがを持った他の生き物のよう。


「ちょ、ちょっと……! リリーってば!」

「……? ……おや、これはこれは」

「あらあら……」

「す、すみません……」


 少しでも早く先に行きたいのか、少女は自分達の前を歩く老夫婦ろうふうふ背後はいごにピタリ。

 若いシスターがあわてた様子で幾度いくどと引きがしにかっても、スルリと抜け出て、やはり……ピタリ。


 ペコペコと頭を下げる若いシスターに、おだやかな微笑ほほえみで返す老夫婦ろうふうふ

 そのとなりでは向日葵ひまわりの女性が少女の手を取り、向けられた笑顔に笑顔で答え……そうとしている間にも、彼女達がぞくする行列は少しずつ、少しずつと前に進んでゆく。


「はい、三人です!」


 天幕てんまくの入口前にて、若いシスターが入場料を支払っている際にも……少女はあっちでウロウロ、こっちでソワソワ。

 ……付近は、かなりの人混みだ。

 はぐれてしまわないようにと向日葵ひまわりの女性が再び差し伸べた手を、少女は逆に自分からガッチリとつかみ。支払いを済ませてこちらに振り返った若いシスターの背中をぐいぐいと押しつつ、そのままかすようにして少女は二人をおともにその先へと足をみ入れた。


「……!!」

「おお〜!」

「これは……予想以上、ですね」


 実際に舞台ぶたいが行われる天幕てんまくの中に入ってみると、外から見ていた時よりも高く感じられる天井。その外周部には、採光さいこう用の窓が無数にある。

 おそらくはそれを閉じたり、すぐ下に組まれた足場に配置される大きめの鏡を動かしたりなどして、全体の明るさ調整や舞台ぶたいへのライトアップを行うつくりのようだった。

 そして、この巨大な天幕てんまく舞台ぶたいは全て、街から街へと移動させる事が出来る組立式というのだから驚きである。


 比較的早くから列に並んでいたという事もあってか、中央の舞台ぶたいを囲むようにもうけられた擂鉢すりばち状の観客席の中でも、最前さいぜんの席に腰を下ろすことが出来た三人。

 周囲の席も一瞬のうちにまっていき……意識せずとも耳に届く、他者からの楽しげな笑い声や期待をするむねの話し声が、待ちきれずに落ち着かない様子の少女の内側をこれでもかとくすぐり続ける。


「いやあ、リリーのおかげでこりゃあ特等席ですなあ!」

「この人数ですから、少し遅れただけでかなり後ろの席になっていたかもしれませんね」

「うんうん、さっすがリリー!」

「う……うん…………」


 そう言って若いシスターから視線を送られるも、二人の間に座った少女は気もそぞろ。

 目はぱちぱち、足はぱたぱた。とっても嬉しいの中で見え隠れする、ほんのちょっとの難しさ。


 やがて……ほぼ全ての席が様々なにぎやかさによってまり、ややしばらくすると。

 天井にある窓が順番に一つずつと閉じられていっては、舞台ぶたい全体が徐々じょじょに暗くなっていくのに合わせ、観客達のざわめきもスーッと何処どこかに引いていく。


 ……ゴクリ。


 飲み込んだつばの音が聞こえそうなまでの静けさが、観客達を包み込んだ刹那せつな


〈パンパンッ!〉


 ひび軽快けいかいな音と共に閉じられていた窓が一斉いっせいに開かれ、いくつもの鏡によって集められた光が観客達の中央……紙吹雪かみふぶきう、あざやかな舞台上ぶたいじょうらし出す……!


老若男女ろうにゃくなんにょ皆々様みなみなさま! そちらの素敵すてき御婦人ごふじんも! あちらのイケてるお兄さんも! そして━━」


 外の道化どうけ達にも引けを取らないような、派手はでな衣装にこれまた派手はでなシルクハット。

 それらに身をつつんだ一人の男性が、光にらされる紙吹雪かみふぶきの中から颯爽さっそうと現れると……声を張り上げながらに大振りな動作でもったずさえていたステッキを使い、ピシリピシリと観客達を指し示し。


「━━こちらに座る小さなレディーも! 本日はおいそがしいなか、ようこそ我らが道化市どうけいちにお越しくださいました! さあさ、いよいよ舞台ぶたいの始まりでございます! それでは皆々様みなみなさま、この特別な´ひととき´を……心行こころゆくまで、存分にお楽しみ下さいませ!!」


 そう言葉を言い終えると、ワッと沸き起こった歓声かんせいの中で男性はかぶっていた派手はでなシルクハットを胸に押し当て、満足そうに深々ふかぶかと頭を下げる。


「レディーかあ! 良かったね、リリー?」

「……? そんなにいいことなの?」

「もっちろん! 男性からそう呼ばれるって事は、自分が素敵すてきな女性だっていうあかしなんだから〜」

「……ふうん」

「んもう、リリーってばそんな顔しちゃって〜。私だっていまだに言われた事ないんだぞ〜? もっと嬉しそうに…………ん? あれ、なんで私はレディーって呼ばれないんだろ……?」

「ほ、ほら……見て下さい、奥の方から何か出てくるみたいですよ?」

「んん? ……んんんん??」

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