042 とっても楽しい道化市②

 何故なぜだ、どうしてだと、周囲を包みこむ歓声かんせいのなかで一人……難しそうな表情を浮かべては、二度三度と首をかしげる若いシスター。

 そんな様子をいち早く察知さっちし、いずれ飛び火とびひしてきそうな気配をただよわせる危険な思考しこうには早急においとましていただくべく。少女をはさんで反対隣はんたいどなりに座っていた向日葵ひまわりの女性は、言葉と共にサッと舞台ぶたいを指さした。


 挨拶あいさつを終えた男性が舞台ぶたいの奥へと戻っていくのに合わせ、そこに掛かっていた厚手あつでまく。それが、勢いよく左右に開かれると……

 まず、目にまるは大きな玉。その上で立ち、複数の小さなやいばを落とさぬよう両手で空中にほうりながら器用に玉に乗る一人の道化どうけを先頭にして……様々な道具をかかえながらに手を振り現れる、幾人いくにんもの道化どうけ達。

 そして、それらに囲まれながらやって来たのは……ぞうだ。大きなぞうが、太い鼻をユラユラとらしながら´のっしのっし´と歩いてくるのだ。


「……すごい━━」


〈ワァーッ!〉


 驚きで目を大きくする少女の言葉をき消すような、大きな歓声かんせい

 続いて巻き起こる、満員御礼まんいんおんれい天幕てんまくをも内側かららしかねない程の大きな拍手はくしゅ

 そのどれもが、外にいる道化どうけ達のげいに対し贈られていた時の´それ´とはくらぶべくもない。


 ……ただただ、圧倒的。

 目の前にある舞台ぶたいとは別の驚きに少女は´びくり´と体がねては、キョロキョロと周囲を見回すも……自分の両隣りょうどなりに座るいつもの面々めんめんがこちらを見て楽しそうに手を叩いて見せている姿に安心をすると、自身も顔を戻して´ぱちぱち´とその輪に加わった。


 そこから先は少女を含め一人の例外も無く、みなみな……見たこともない、聞いたこともない、素晴すばらしいという言葉だけでは到底とうてい収まり切らぬ多種多様な光景にその目は釘付くぎづけ。

 最初に出てきたぞう一つを取っても、大きな玉の上に乗ったまま長い鼻を動かしてキャッチボールをしたり、運ばれてきた道具を使い上手に絵をいてみせたり。入れ代わり立ち代わりに前へと出てくる道化どうけ達との、様々なげい披露ひろうする。

 その後もメインとなる動物が変わるたび、大掛かりな道具が用意されるたび、中央の舞台ぶたいを取り巻く観客席は熱を増していき……


 たして、ようやく少女のお目当てが舞台ぶたいの奥からノッソリとその姿を現した。


「……!! クマ! クマが来たの!」


 あわてた様子でポシェットからクマのぬいぐるみを引っ張り出そうとしている少女の先では、一人の道化どうけの後ろをややげ茶色な巨体が時折ときおり左右に体をらしつつも四つ足でやってくる。


「ほら、ロッコ……見て!」


 自分のひざの上へとクマのぬいぐるみを座らせ、そう言って少女が嬉しそうに舞台上ぶたいじょうに目を向けると……タイミング良く、舞台ぶたいの中央で足を止めた道化どうけが頭をペコリと下げた。

 それを合図あいずに、くま道化どうけの後ろで二本足をもとにして立ち上がり。両腕を大きく広げては、うなり声を一声いっせい


〈グオォ!〉


 最前列……しかも、真正面。

 そのあまりの迫力はくりょくに思わず目を固く閉ざし、手近なクマのぬいぐるみを´ぎゅっ´と抱きしめてしまった少女も……周囲からあふれ出した歓声かんせいによっておそおそると目を開くと、すぐさま笑顔は舞い戻る。


「わぁ……!」


 暗めの巨体にえる、頭に´ちょこん´と乗せられた赤い三角帽子。

 特注であろう三つの車輪が付いた小さな椅子いすからは、かじ取り用とおぼしき一本の棒が伸びている。

 大きなくまが小さなそれにまたがり、道化どうけに合わせてキイキイキコキコと音を立てながら動かして見せる様はなんとも滑稽こっけいで……されど、とても愛らしい。


〈あははは……!〉

〈すごいすごい!〉


 ギャップというものは、それだけで観客を沸かせる武器となりる。

 もしも森の中でバッタリと出会ってしまったら、恐怖そのものでしかない存在の代名詞でもある大熊おおぐま。それを観客達は見世物みせものという名のもとで、安心安全な立ち位置からの非日常感を楽しむ事が出来るのだ。


〈グオオ!!〉

〈わーっ、はははは!〉


 そんな大柄おおがらな相棒と共にいくつものげいで場を盛り上げている道化どうけではあったが、最後のめに取り掛かるべく、舞台ぶたいを囲むようにもうけられた観客席へグルリと視線を一回し。すると……


 初日の一発目。最前列で……しかも、ど真ん前。

 人一倍に目を輝かせては、一生懸命に手を叩いている少女のひざに……赤いバンダナを首に巻いた、オシャレなクマのぬいぐるみの姿。


「(…………)」


 自分達の同胞どうほうとあっては、無下むげにするなど到底とうてい出来るはずもなく。

 舞台ぶたいに立つ道化どうけは、顔にられたペイントの奥に心做こころなしかみをにじませ、おどけた動きで最前列に座る少女へとあゆみを進めた。


「え、何……? ほらほら、こっちに来るみたいだよリリー」


 そう声を出す若いシスターのとなりで、少女は何事なにごとかと目を´ぱちぱち´とまたたかせる。


 そこへ、やって来た道化どうけがまずはペコリと一礼いちれい

 そのまま少女の目前もくぜんに自身の右手を伸ばしたかと思うと……くるっと手首を一回転させ。すると次の瞬間には、道化どうけの手のひらには美味しそうな赤リンゴが一つ。


〈おぉ……!〉


 周囲からは小さくおどろきの声があがるなか、その道化どうけは何かに気が付いたそぶりを見せると……手にしたリンゴを顔に近づけては遠ざけ、大きくハァーッと息を吹き掛けては、ゴシゴシと胸元でいてから少女へとそれを手渡す。

 そんな何気なにげない一挙手一投足いっきょしゅいっとうそくがやけにわざとらしく、やや大袈裟おおげさにも感じられたが……

 道化どうけ派手はで衣装いしょうあいまってか、それはどこか面白おもしろく。観客席からも、幾重いくえもの笑いが生み出される。


「……?」


 両手に収まったリンゴへ不思議ふしぎそうな視線を落とす少女に、道化どうけは再びに一礼いちれい

 そして、舞台上ぶたいじょうへと戻ると、大人おとなしく待っていた相棒の肩を´ポン´と一叩ひとたたき。


「……?? …………あっ」


 どうやら、今度はくまの出番のようだ。

 キョトンとしていた少女の前方ぜんぽうで、くまはその場に足を投げ出すようにして腰を落とすと……こちらに向かい、まるでそのリンゴを頂戴ちょうだいと言わんばかりにクイクイと右腕を動かし始める。


 うーん、どうしようか……

 少しだけ迷いを見せる少女に対し、続けざまに舞台上ぶたいじょうくまは´お願いっ!´と両腕を合わせて頼み込む様なポーズを取ると、観客席からは再度大きな笑いが巻き起こった。


「あはは……! リ、リリー……クマさんがそのリンゴを頂戴ちょうだいって言ってるよ?」


 周囲と同様に目の前のくまを見ながら楽しげに笑う若いシスターに改めてうながされ、小さくうなづいた少女の手から離れる赤リンゴ。


「……えいっ」


 ひかえめな掛け声と共に綺麗きれいな放物線をえがいて飛んでくるリンゴを、くまは座ったままに両腕でキャッチすると……大きな口で´むしゃり´。一口に食べ終われば、腕をペロリと一舐ひとなめ。

 最後に、おやつをくれた少女に大きく腕を振り、そのまま道化どうけの後に付いて舞台ぶたいの奥へと帰っていった。


「わあ……!」


 一番の楽しみとしていたくまとのやり取りに、流石さすがの少女も興奮した様子で手を振り返し。クマのぬいぐるみを胸に抱きしめ、見えなくなっていく大きな熊の背中をながめている……と。


 ふわり。


 舞台ぶたいの奥で、何かが舞ったような気がした。


 あれ? 少女がそう思っているのもつか舞台ぶたいの奥から歩いてくるのは見知った二つの姿。

 小綺麗こぎれいな黒い燕尾服えんびふくに、両手にはめた薄手うすで白手袋しろてぶくろ

 ……そう。それぞれ右と左に片眼鏡かためがねを付けた、同じ顔をしたあの二人である。


「あっ……見た? ねえ、二人とも……今の見た? 今、私を見て微笑ほほえんだよね? 絶対にそう! ……ああ、でも私はシスター…………御使みつかい様、罪作つみつくりな私の美貌びぼうをお許し下さい……!」


 舞台ぶたいの中央に立ち、最前列に座るクマのぬいぐるみをいだいた少女に向けてかすかにみを送った男性に大きく勘違かんちがい。

 一人嬉しそうにはしゃぐ若いシスターをよそに、観客達に深く頭を下げてから二人の男性は奇術きじゅつと呼ばれるわざの数々を流れるように披露ひろうしていく。


 今までの道化どうけ達とは全くと言っていいほどの、毛色けいろが違う見世物みせもの

 観客席かられるのは歓声かんせいではなく、おどろきや感嘆かんたん声言葉こえことばだ。


 恙無つつがな奇術きじゅつ披露ひろうが進んでいくなか……


「━━それでは、最後に´とっておき´をごらんに入れましょう!」

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