028 あめ玉、何色、どんな味?②

「あっ……あれは……!」


 首をぶんぶんと左右に大きく動かし、まずは周囲に人がいないことを確認。

 次に、足先にあるネズミりはそのまま通路へと押し出し、かかえていた箱は入口わきに置かれた台の上に。

 そして最後。若いシスターは再び周囲に向けて細心さいしんの注意を払うと……おもむろに腰を落とし、緊張した面持おももちで右手を伸ばし始める。


 白に薄赤うすあかじる包み紙……

 両端りょうたんをキュッとねじられた、素敵すてきな丸いシルエット……


 胸をざわめかせる姿形すがたかたちに、どこか包容ほうよう力すら感じさせるそのたたずまいは……もはや、間違いようもなく。


「い……いいい、いちごミルクのキャンディ!」


 誰かが落としたにしてはあまりにも綺麗きれいなそれを素早くつかみ、両膝りょうひざをついて天に祈りをささぐ若いシスター。


「ありがとうございます、御使みつかい様……! きっと、いつも頑張がんばってる私へのご褒美ほうびね! えへへ……あ、あれ?」


 手の平におさまる丸いそれを軽く転がしながら、ニンマリと笑う若いシスターだったが……またしても、その目には驚きの光景がうつり込む。

 備品室の前から距離としては数歩程度。そこには、たった今拾ったばかりのキャンディが通路の中央という全く同じシチュエーションで落ちていたのだ。


「ラッキー!」


 あれこれ思考しこうをするよりもまずは行動、しかも相手はいとしいいとしいいちごミルクのキャンディ。

 若いシスターはしゃがんだままかえるのように体を動かしては、二つに増えたそれを嬉しそうにながめる。


「んふふ……ふ…………ん、んん?」


 しかし、驚きはそれだけにとどまらなかった。

 少し先……またその少し先……よくよく目をらせば、一定の間隔かんかくを開けつつも通路には同じようにいくつものキャンディが落ちているではないか。

 普通、この時点で明らかな人為じんいをそれらから感じ取りそうなものではあるのだが、そこは若いシスター……


「もしかして……私って、自分が思ってる以上に頑張がんばってる? ……そっかそっか。もしそうなら、御使みつかい様からのご褒美ほうびが一個や二個じゃ終わらないっていうのもうなづけるよね~?」


 自分にたずね、自分で答え。何故なぜだか一人納得しては、体勢を変える事無く通路の奥へ奥へといざなわれるようにしてキャンディを拾い、集めていく。


 ぴょん、ぴょん、ぴょん。

 ぴょん、ぴょん、ぴょん。


 通路の先……丁度ちょうど曲がり角に差し掛かった場所にて転がるキャンディに対し、若いシスターが華麗かれいなる飛び付きを決めた時だった。


〈バサッ!〉


 突如とつじょとして不明瞭ふめいりょうに変わる目の前の視界。

 顔の周囲のみならず、頭全体におおかぶさってきた薄手うすでの何か。


「ひゃっ!? なっ、なになに……!?」

「へへっ、やりぃ! 今だっ、姉ちゃんをつかまえろーっ!」


 すぐ近くから聞こえたその言葉を皮切かわきりに、´わあわあ´´きゃあきゃあ´とどこからともなく複数の小さな足音が集まってくる。


「う、うわわ……!?」


 前からは抱き付かれ、後ろからはかられ……四方しほうから取っ替え引っ替えのみくちゃとなりながらも若いシスターがやっとの思いで顔を上げた先では、こちらの頭にすっぽりと虫取りあみかぶせたやんちゃそうな少年がアハハと笑う。


「ほらな、言った通りだろ? 姉ちゃんをつかまえる時には……やっぱり、コレが一番だぜっ!」


 そう言ってポケットの中をゴソゴソとまさぐり、したり顔と共に見せつけたのは……若いシスターの手に集まる、例のキャンディであった。


「こっ……こら~っ!! 食べ物でイタズラしちゃ……だ、駄目だめなんだから〜!!」

「わあっ……!」

「おこったおこったー!」

「みんなにげろー!」


 流石さすがことを理解し、自身が取った行動への気恥ずかしさを隠すように大きな声で立ち上がる若いシスターに合わせ、周囲にいた少年と子供達はみな楽しげな様子で通路の奥へと走り出す。


「もう……。でも、まあ……もうけもうけ!」


 かぶさったままの虫取りあみを頭から外しつつ、逃げていく小さな後ろ姿の数々かずかずまゆを八の字としていた若いシスターではあったが……それはそれ、これはこれ。

 手の平であふれる白と赤とのあわ色彩しきさいによって、その顔はすぐさまニンマリである。


 ではでは、さっそく。

 キャンディの一つを手に、包み紙の両端りょうたんを左右に向けて優しく引っ張れば……指の間でクルリと可憐かれんに回る、魅惑みわく的なふくらみ。

 いっぺんに? それとも少しずつ?

 包み紙をゆっくりと開きながら、残りのキャンディの事を思うだけでも胸にはふつふつとした喜びがこみ上げてくる。

 ……そこに。投げ掛けるようにして、通路の奥から声を響かせたのが先程さきほどのやんちゃそうな少年だ。


「おーい! 姉ちゃーん! しょうがないからさあ! それ……全部、姉ちゃんにプレゼントするよ!」

「私が拾ったんだから〜! 当然でしょ~! (言われなくても返さないもんね〜……っと)」


 同様に言葉を投げ返し、少年の方を見遣みやる若いシスターが手元の確認をせずに´ぽこん´とキャンディを頬張ほおばると……


「……うげっ! なにごれぇ……!」


 口いっぱいに広がる、も言われぬ´えぐみ´……

 如何いかんともしがたき、独特どくとくしぶさ……


 ぺっぺとき出すように口から出してみれば、手の平にはいちごミルクとはかけ離れた深い緑色の球体が。


「ちょ、ちょっとこれ……薬玉くすりだまじゃないっ!」


 薬玉くすりだまとは……所謂いわゆる薬用キャンディの総称であり、主にのどの炎症がひどい時などにその痛みをやわらげる目的で使用する物である。

 それらの特徴はなんと言っても、見た目通りな口当たりの悪さに他ならない。

 頓服とんぷく時における鼻から抜け出すような謎の青臭あおくささもあいまって、薬玉くすりだまは一つの例外も無く不味まずい……というのが、世間一般で浸透しんとうしているイメージだ。


 しかし、存在しているということは需要じゅようがあるということでもある。

 ぞくに言うお爺ちゃんお婆ちゃん世代せだいの愛用が、生産全体のささえとなっているのは間違いないのだが……熱を出して寝込む愛孫あいそんに良かれと思った祖父母が薬玉くすりだまあたえ、逆に嫌われてしまうといった事案じあんが街では起きているとかいないとか。


「うげー、だって!」

「うげー! うげげーっ!」


 顔真似まねをしながらキャッキャと笑い合う子供達を後ろに、少年が口に手を当て再び言葉を投げ掛ける。


「おーい、何してるんだよー! エンリョなんかしないで、全部食べてくれよなーっ!」

「何よ、全部……って…………ま、まさか!」


 ……いやな考えが頭をよぎる。

 そうであって欲しくないというせつなる願いのもと、ふるえる指先で残りのキャンディを開いていくも……緑、緑、緑! 包み紙の中から顔を出すのは、どれもこれもにくたらしい深緑ふかみどりばかり!

 若いシスターがいつも夢見る、乳白にゅうはく色にかがや素敵すてきな´あの子´はどこにも居なかった。


「そ、そんなぁ……私の……いちご……」


 一時いっときかれ具合はどこへやら。

 まるで糸の切れたあやつり人形がごとひざからくずれ落ちる若いシスターに、最初のうちはそれですらも茶化ちゃかしにかかっていた少年と子供達だったが……

 床に両手両膝りょうひざをつき、がっくりと項垂うなだれたまま微動びどうだにしないその姿に若干じゃっかんの罪悪感を感じ始めたのか、少年の後ろにいた子供達の何人かが申し訳無さそうな顔をして歩み寄っていく。


「だ、大丈夫?」

「ごめんなさい……」

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